第58話 真実
王国騎士団隊長グランに案内され、アデラーンとセリーヌは王城の謁見の間へ通された。
翡翠色の柱が立ち並ぶ壮麗な謁見の間。
その最奥の玉座には、現翠竜王エメリオ・シルヴァ=ヴェル。
そして、その隣には、その妻である翠竜王妃リシェル・シルヴァ=ヴェルが静かに座っていた。
二人は玉座の前まで進み、片膝をつく。
アデラーンは静かに息を吐く。
招待状には、
『ロラン殿へ礼を』
『叶わぬなら、その志を継ぐ者へ礼を尽くせ』
そう記されていた。
しかし。
相手は、十五年前に討ったレオニス第一王子の実弟。
礼を尽くすと書かれていても、実際は兄を討った自分を糾弾するために呼ばれたのではないか。
そんな覚悟もしていた。
しかし――。
エメリオはゆっくりと玉座から立ち上がる。
そして深く頭を下げた。
「兄を安らかに眠らせてくださり、ありがとうございました」
予想もしなかった言葉だった。
アデラーンは思わず目を見開く。
リシェルもまた、静かに頭を下げる。
「ようやく、この御礼をお伝えすることができました」
エメリオはゆっくりと顔を上げた。
「まずは、先ほどの青年の非礼をお詫び申し上げます」
「兄の死を、今なお受け入れられない民が多いのです」
「兄は、本当に思いやりに溢れた人でした」
「兄が次代の竜王になることを、微塵も疑う者は一人としておりませんでした」
「それほどまでに、民から深く敬愛されていた王子だったのです」
静かな空気が流れる。
やがてエメリオは、ゆっくりと語り始めた。
「約千年前」
「魔王ニコラスが誕生しました」
「無限に溢れ出す魔素は、世界を千年もの間苦しめ続けました」
「苦しんだのは人間だけではありません」
「獣も」
「精霊も」
「そして竜族も」
「竜族には古くから絶対の掟があります」
『人間には不可侵・不干渉』
「人の争いへ介入してはならない」
「それが竜族の掟でした」
「しかし兄、レオニスだけは違いました」
エメリオは兄を思い浮かべるように微笑む。
「兄は申しました」
『見て見ぬふりなどできない』
『人も、獣も、精霊も、竜も』
『同じ命なのだから』
「兄は、たった一人で魔王ニコラス討伐へ向かったのです」
「ですが……」
「超高濃度の魔素に侵され、自ら魔物となってしまいました」
謁見の間が静まり返る。
「兄は魔物となり、ローズフィールド王国を襲撃しました」
「兄を止めてくださったのが、ロラン殿とアデラーン殿だったのです」
エメリオは静かに続けた。
「実は、あの戦いの時」
「数人の翠竜が、兄の身を案じて密かに偵察を行っておりました」
「彼らは戦いの一部始終を見届けています」
「そして、その後」
「ロラン殿とアデラーン殿の身元についても調査しておりました」
「その全ての記録は、王家へ届けられたのです」
アデラーンは静かに息を呑む。
「つまり我々は知っていたのです」
「あなた方が兄を討ったのは、憎しみからではない」
「世界を、人々を救うための苦渋の決断だったことを」
エメリオは静かに目を閉じた。
「父……先代翠竜王アルヴェインも、その記録を読みました」
「ですが父は、兄の死を受け入れることができませんでした」
「兄を失ってから父は心を病み、長く正気を失っていたのです」
リシェルが穏やかな声で言葉を添える。
「レオニス様は、先王陛下にとっても、民にとっても、かけがえのない存在でした」
エメリオは小さく頷いた。
「しかし晩年、父はようやく現実を受け止めました」
「そして私へ、一つの願いを託したのです」
机の上へ、一枚の古びた羊皮紙が置かれる。
そこには力強い筆跡で、こう記されていた。
『ロラン殿へ礼を』
『叶わぬなら、その志を継ぐ者へ礼を尽くせ』
アデラーンは静かに羊皮紙を見つめた。
師ロランへ宛てられた、先王最期の願い。
そして今、その想いは自分へ託されていた。
エメリオは再び深く頭を下げる。
「そしてアデラーン殿」
「魔王ニコラスを討ち」
「兄が果たせなかった悲願を成し遂げ」
「兄の無念を晴らしてくださいました」
「竜族を代表し、心より感謝申し上げます」
言葉を終えた瞬間。
エメリオの瞳から、一筋の涙が頬を伝った。
「……ありがとうございました」
隣にいたリシェルは何も言わず、そっとエメリオの手に自分の手を重ねる。
その温もりに支えられるように、エメリオは静かに微笑んだ。
謁見の間は、深い静寂に包まれていた。




