第3話 新しい家族
ベルフォン村。
山々に囲まれた自然豊かな小さな村である。
その村外れには、一軒の木造道場が建っていた。
看板には力強い文字で、
『魔剣流道場』
と記されている。
アデラーンは道場の戸を開けた。
「ただいま」
返事はない。
先代宗家ロランが亡くなって以来、この道場にはアデラーン一人しか住んでいなかった。
静かな道場へ、小さな足音が響く。
セリーヌはおそるおそる中へ入った。
磨き込まれた板張りの床。
壁には整然と並ぶ木剣や竹刀。
稽古を重ねた柱には無数の傷跡が刻まれている。
幼いセリーヌには、どれも初めて見る光景だった。
「今日からここがお前の家だ」
セリーヌは驚いたように顔を上げる。
「……お家?」
「ああ」
「遠慮はいらん」
「好きに過ごせ」
そう言うと、アデラーンは荷物を部屋へ運び始めた。
部屋は決して広くはない。
だが、きれいに掃除され、窓からは柔らかな陽射しが差し込んでいた。
「ここを使うといい」
「ありがとう……ございます」
まだ緊張が抜けない。
そんな様子を見て、アデラーンは小さく頷いた。
「腹が減っただろう」
「飯にする」
そう言って台所へ向かう。
慣れた手つきで野菜を刻み、鍋へ入れる。
パンを温め、手際よく食卓へ並べていく。
その様子を、セリーヌは不思議そうに見つめていた。
「先生、お料理できるの?」
「一人暮らしが長いからな」
「師匠に教わった」
やがて湯気の立つスープが食卓へ運ばれる。
「さあ、食べよう」
「いただきます」
セリーヌは小さく手を合わせ、一口運んだ。
その瞬間だった。
ぽろり、と涙が零れる。
「……どうした」
セリーヌは慌てて涙を拭った。
「違うの」
「おいしくて……」
「お母さんのご飯を思い出しちゃって……」
アデラーンは少しだけ視線を落とした。
それ以上は何も聞かない。
「たくさん泣いていい」
「その代わり、ちゃんと食べろ」
「生きるためにな」
その一言が胸に染みた。
セリーヌは泣きながら何度も頷き、温かな食事を口へ運び続けた。
夕食を終えると、アデラーンは部屋へ布団を敷く。
「今日は疲れただろう」
「ゆっくり休め」
「先生は?」
「隣の部屋だ」
そう言って立ち上がろうとした時だった。
小さな手が、そっと服の裾を掴む。
「……一人は、こわい」
震える声だった。
アデラーンはしばらく黙っていたが、やがて静かに座り直した。
「眠るまでここにいる」
その言葉を聞いた途端、セリーヌの表情が少しだけ和らぐ。
布団へ入ると、安心したように目を閉じた。
やがて、小さな寝息が聞こえ始める。
アデラーンはその寝顔を静かに見つめた。
幼い自分もまた、ロランに救われ、この道場で育った。
だからこそ分かる。
家族を失う悲しみも。
心細さも。
「もう大丈夫だ」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。
その声は、眠るセリーヌには届かなかった。
だが、その日から。
魔剣流道場には再び笑い声が響くようになる。
親子のようで。
師弟でもある。
不思議な二人の暮らしが、静かに始まったのであった。




