第55話 翠竜王からの召喚
白髭ドワーフ工房を後にしてから、数日が過ぎた。
アデラーンとセリーヌは各地の武器屋や鍛冶師を訪ね歩いた。
しかし、結果は変わらなかった。
黒曜鉄に代わる剣は見つからない。
オリハルコンは伝説上の金属。
誰もが口を揃えて、
「諦めろ」
そう告げるばかりだった。
魔剣流道場にも、どこか重苦しい空気が流れていた。
そんなある日の午後。
一人の伝令が道場を訪れる。
「アデラーン殿はいらっしゃいますか」
「ああ」
伝令は恭しく一通の封書を差し出した。
封蝋には、翼を広げた翠竜の紋章。
セリーヌは思わず目を見開く。
「先生……この紋章は?」
アデラーンは静かに答えた。
「シルヴァ=ヴェル竜王国の紋章だ」
差出人には、
シルヴァ=ヴェル竜王国。
現翠竜王エメリオ・シルヴァ=ヴェル。
そう記されていた。
その名を見たアデラーンは小さく呟く。
「風の噂では聞いていた」
「数年前、先代翠竜王アルヴェイン陛下が崩御されたと」
「代替わりしていたのか」
アデラーンは静かに封を切る。
便箋には、美しい文字が綴られていた。
ローズフィールド王国。
魔剣流当主アデラーン殿。
先代翠竜王アルヴェインの遺品を整理していた折、一通の遺言が見つかりました。
アデラーンは続きを読み進める。
『ロラン殿へ礼を』
『叶わぬなら、その志を継ぐ者へ礼を尽くせ』
短い一文。
しかし、その言葉には深い想いが込められていた。
セリーヌは目を見開く。
「ロラン先生のお名前が……」
アデラーンは静かに便箋を畳んだ。
「師匠宛ての遺言か」
十五年前。
ロランとアデラーンは、一頭の魔物化した翠竜を討伐している。
その戦いが、この遺言と何か関係しているのだろうか。
アデラーンには見当もつかなかった。
ロランはすでにこの世にはいない。
今、その志を継ぐ者はただ一人。
アデラーンだけだった。
手紙の最後には、こう結ばれていた。
ぜひ一度、シルヴァ=ヴェル竜王国へお越しください。
現翠竜王エメリオ・シルヴァ=ヴェル。
しばらく沈黙が流れる。
やがてセリーヌが静かに口を開いた。
「先生」
「行きましょう」
「あのガンドさんも仰っていました」
「オリハルコンはシルヴァ=ヴェル竜王国でしか採れないと」
アデラーンは小さく頷く。
「ああ」
「それに、師匠への礼を無下にはできん」
セリーヌは笑顔で頷いた。
「では、旅支度を始めますね」
しかし、アデラーンはすぐには頷かなかった。
「……いや、待て」
「道場を空けるわけにはいかんな」
セリーヌは首を傾げる。
「道場ですか?」
「ああ」
「もし留守の間に、魔剣流の門を叩く者が現れたらどうする」
「師匠から受け継いだ道場だ」
「誰も迎える者がおらんというわけにはいかん」
セリーヌは小さく息を呑んだ。
「確かに……」
その時だった。
「先生!」
勢いよく道場の扉が開く。
飛び込んできたのは、リュカとリリアだった。
二人は真っ直ぐアデラーンを見つめる。
「その役目」
「私たちに任せてください!」
リュカが一歩前へ出る。
「先生が戻るまで」
「俺たちが道場を守ります」
リリアも力強く頷いた。
「もし魔剣流の門を叩く人が来たら」
「私たちが迎えます!」
アデラーンは二人を静かに見つめた。
かつて幼かった二人。
その二人が今、自ら師の道場を守ると申し出ている。
アデラーンは穏やかに笑った。
「ああ」
「頼んだぞ」
「はい!」
二人の返事が道場いっぱいに響く。
リュカはセリーヌへ向かって、悪戯っぽくウインクした。
リリアも優しく背中をぽんと叩く。
「セリーヌ」
「先生のこと、よろしくね」
「ちゃんと守ってあげるんだよ」
リュカはにやりと笑う。
「ついでに、既成事実の一つでも作ってきたら?」
「り、リュカさん!」
セリーヌの顔が一瞬で真っ赤になる。
「な、何言ってるんですか!」
リリアもくすりと笑った。
「応援してるから」
「帰ってきたら、お話聞かせてね」
アデラーンは首を傾げる。
「……既成事実とは何の話だ?」
「な、何でもありません!!」
慌てて否定するセリーヌ。
その反応に、リュカとリリアは顔を見合わせて笑い出した。
和やかな笑い声が、道場いっぱいに響き渡る。
こうしてアデラーンとセリーヌは、翠竜たちが暮らす国――シルヴァ=ヴェル竜王国へ向かうことを決める。
この旅が、十五年前の真実、そして新たな相棒との運命的な出会いへと繋がることを、まだ二人は知らなかった。




