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第54話 黒曜鉄

 紹介状を受け取ったアデラーンとセリーヌは、王都郊外にある『白髭ドワーフ工房』を訪れていた。


 王国でも最高峰と名高い鍛冶工房。


 歴代の王国騎士団長や金ランク冒険者たちの武器も、数多くこの工房から送り出されている。


 工房を営むのは、ドワーフたち。


 ドワーフ。


 人の姿をしているが、人ではない。


 その正体は精霊である。


 本来、精霊とは魔素によって構成された存在であり、肉体を持たないため、人の目には映らない。


 しかし、人との共存を望んだ精霊たちの一部は、自ら肉体を得る道を選んだ。


 ドワーフ。


 エルフ。


 竜族。


 彼らは『有身精霊』と呼ばれ、人間より遥かに長い寿命を持っていた。


 工房へ入ると、腰まで届く白い髭を蓄えたドワーフが顔を上げる。


「紹介状の客か」


「俺はガンド」


「白髭ドワーフ工房の親方だ」


 アデラーンは紹介状を差し出した。


 しかしガンドは紹介状には目もくれず、アデラーンの腰に差された黒い剣へ視線を奪われる。


「……その剣」


「見せてもらってもいいか」


 アデラーンは頷き、黒曜鉄の剣を鞘ごと手渡した。


 ガンドは慎重に刀身を抜く。


「これは……!」


 作業台へ丁寧に置き、虫眼鏡を取り出す。


 刃文。


 鍛え肌。


 摩耗具合。


 細かな傷。


 柄。


 鍔。


 そして刀身に刻まれた紋章。


 一つひとつ、時間を掛けて確認していく。


「……年季が入ってやがる」


「よくここまで使い込んだもんだ」


 やがて紋章へ目を止めた。


「黒竜王国ノワール=ヴェルの紋章」


「間違いねぇ」


「黒竜族の鍛冶師が鍛えた名剣だ」


 そして静かに呟く。


「黒曜鉄……か」


 セリーヌは目を丸くした。


「見ただけで分かるんですか?」


「鍛冶師を何百年やってると思ってやがる」


 ガンドは苦笑する。


「もっとも、黒曜鉄の剣を見るのはこれが初めてだ」


「昔、一度だけ黒曜鉄の塊鉱を見たことがある」


「まるで黒曜石のように黒光りしていてな」


「思わず見惚れるほど美しい鉱石だった」


「だが、それを剣へ鍛え上げたものを見るのは、生まれて初めてだ」


 そこで初めて紹介状へ目を通す。


 読み進めるうち、小さく頷いた。


「なるほど」


「やはり黒曜鉄だったか」


「武器屋の親父が、ミスリル銀製の剣ですら破壊されたって書いてやがる」


 紹介状を机へ置き、再び黒曜鉄の剣へ視線を戻す。


「これなら、お前さんのミスリル銀の剣を破壊するほどの膨大な魔力にも耐えられることに納得できる」


「黒曜鉄は極めて優れた魔力伝導率と魔力親和性を持つ伝説の金属だ」


「硬度も申し分ねぇ」


「だが、鋼やミスリル銀と比べると靱性はやや劣る」


「鍛え方や扱い方を一つ間違えりゃ、すぐに刃こぼれを起こす」


「だから鍛冶師も剣士も選ぶ、玄人向けの素材なんだ」


 セリーヌは黒曜鉄の剣を見つめる。


「先生の剣……そんなに凄い剣だったんですね」


 ガンドは頷いた。


「それ以上に凄ぇのは持ち主だ」


「……それなのに、この剣には致命的な刃こぼれが一つもねぇ」


「傷は多い」


「だが、その一つ一つが実戦を潜り抜けた証だ」


「戦いが終わるたび、欠かさず手入れをしてきたんだろう」


「剣は持ち主に応える」


「この剣は最後まで、その期待に応え続けてきた名剣だ」


 しかし、その表情はやがて険しくなる。


「悪い知らせだ」


「この剣はもう寿命だ」


「あと数回振れるかどうかってところだな」


 セリーヌは静かに俯いた。


「……やっぱり」


「私の見立ては間違っていなかったんですね」


 アデラーンも静かに頷く。


「……そうか」


 ガンドは剣を丁寧に返した。


「黒曜鉄は、ミスリル銀なんぞ比較にもならねぇほど希少だ」


「その上、加工は極めて難しい」


「俺も知り合いで、黒曜鉄を扱ったことがあるっていう鍛冶師から聞いた話だがな」


「『二度と扱いたくねぇ』って漏らしてた」


「熟練のドワーフですら、そう言わせる代物なんだ」


 アデラーンは尋ねた。


「代わりになるものは?」


 ガンドは腕を組む。


「候補ならある」


「アダマンタイト」


「ヒヒイロカネ」


「黒曜鉄」


「アポイタカラ」


「オリハルコン」


「どれも伝説と呼ばれる金属だ」


 セリーヌは目を丸くする。


「そんなにあるんですか?」


「ああ」


「不思議なことに、どれも竜の国でしか産出されねぇ」


「しかも採れる量はごく僅か」


「一生に一度お目にかかれるかどうかって代物だ」


「アダマンタイトは、白竜皇が治めるアルカ=ヴェル竜皇国」


「ヒヒイロカネは、紅竜王が治めるフラム=ヴェル竜王国」


「黒曜鉄は、黒竜王が治めるノワール=ヴェル竜王国」


「アポイタカラは、碧竜王が治めるアズール=ヴェル竜王国」


「そしてオリハルコンは、翠竜王が治めるシルヴァ=ヴェル竜王国で、ごく稀に産出される」


 ガンドは苦笑した。


「もっとも……」


「仮に黒曜鉄が手に入ったとしても、恐らく俺には加工できねぇ」


「できたとしても、この黒竜族の鍛冶師が鍛えたこの剣と肩を並べるものは作れねぇよ」


「悔しいけどな」


 そして一本指を立てる。


「だから、黒曜鉄を除いて最も近ぇのは――」


「オリハルコンだ」


「金属とは思えねぇほど美しい翡翠色をしていてな」


「強度」


「靱性」


「魔力伝導率」


「どれを取っても最高峰だ」


「それでいて黒曜鉄ほど癖がねぇ」


「加工もしやすいと聞く」


「鍛冶師なら誰もが一度は打ってみてぇと憧れる金属だ」


 セリーヌは小さく希望を抱く。


「それなら……!」


 しかしガンドは首を横へ振った。


「だが……」


「あまりにも希少すぎる」


「俺ぁ数百年鍛冶師をやってるが、一度しか見たことがねぇ」


「諦めな」


 工房に静かな沈黙が流れた。


 黒曜鉄に代わる剣は、この世界にもほとんど存在しなかった。

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