第53話 規格外
翌日。
アデラーンとセリーヌは、王都でも指折りの武器屋を訪れていた。
王国騎士団御用達。
数々の名工が鍛えた剣を扱う老舗である。
「先生」
「ここなら大丈夫だと思います」
セリーヌは腰のミスリル銀製の剣を軽く叩いた。
「実は、私の剣もこのお店で鍛えていただいたものなんです」
「金ランクになってから、ずっと愛用しています」
アデラーンは静かに頷く。
「なら期待できそうだな」
店主は二人を迎え、深く一礼した。
「ようこそお越しくださいました」
「当店は王国騎士団御用達」
「最高品質の剣のみを取り扱っております」
「必ずや、お客様のお気に召す一振りが見つかることでしょう」
店主は玉鋼の剣を差し出した。
「最高品質の玉鋼のみを使用し、熟練の鍛冶師が幾度も鍛え上げた逸品でございます」
アデラーンは剣を握り、軽く振るう。
型。
套路。
重心。
しなり。
柄の握り心地。
一つ一つを丁寧に確かめる。
「……いい剣だ」
「よく鍛えられている」
店主は嬉しそうに頷いた。
アデラーンは静かに刀身へ手を添える。
「暗黒」
漆黒の魔力が流れ込む。
パキッ。
刀身に亀裂が走る。
そして――
バリン!!
玉鋼の剣は粉々に砕け散った。
店主は息を呑む。
しかしすぐに頭を下げた。
「失礼いたしました」
「どうやら、お客様は私の存じ上げない種類の魔法剣をお使いになるようですね」
「こちらをお試しください」
次に運ばれてきたのは魔鋼鉄の剣だった。
「最高品質の玉鋼が長い年月をかけて魔素を蓄えた希少金属です」
「強度、魔力伝導率ともに玉鋼とは比較になりません」
アデラーンは頷く。
「……これも見事だ」
「暗黒剣」
漆黒の刃が完成する。
店主は目を見開いた。
「耐えた……!」
しかし。
ミシ……
バリン!!
魔鋼鉄の剣も砕け散った。
店主の額に冷や汗が浮かぶ。
「……最後の一本です」
ガラスケースから、美しい銀色の剣を取り出した。
「こちらはミスリル銀製の剣にございます」
「銀とは全く異なる金属で、鋼を遥かに凌ぐ靱性、硬度、魔力伝導率を誇ります」
「王国騎士団正式採用の当店最高傑作です」
アデラーンは剣を受け取る。
軽く振るう。
型。
套路。
刀身は腕の一部になったかのように吸い付いてきた。
思わず口元が緩む。
「……素晴らしい」
「こんなに手に馴染む剣は初めてだ」
まるで新しいおもちゃを手にした子供のように、夢中で剣を振る。
店主は胸を撫で下ろす。
(気に入っていただけた……)
アデラーンは静かに構えた。
「暗黒剣」
漆黒の刃が完成する。
ミスリル銀は耐えた。
店主は思わず笑みを浮かべる。
「よし……!」
しかし。
「暗黒魔剣」
さらに膨大な魔力が流れ込む。
ミシ……
パリンッ!!
当店最高傑作のミスリル銀製の剣は、硝子のように砕け散った。
店主は肩を落とした。
「……参りました」
その時、店主の視線がアデラーンの腰の黒い剣に止まる。
「こ、これは……」
「不思議な金属ですね」
アデラーンは静かに剣を抜き、両手で店主へ差し出した。
「見てみるか」
「よろしいのですか!?」
店主は恐る恐る受け取る。
机の上へ置き、虫眼鏡を取り出した。
刀身を隅々まで観察する。
刃文。
地肌。
鍛接の跡。
摩耗具合。
何度も角度を変えながら、時間を忘れて見入った。
「……素晴らしい」
「かなり使い込まれております」
「それなのに、この状態を維持しているとは……」
「丁寧に手入れされ、大切に扱われてきたことがよく分かります」
店主はゆっくり顔を上げた。
「失礼ですが、この金属のお名前を伺っても?」
「黒曜鉄だ」
「黒曜鉄……!」
店主は目を見開く。
「も、もしや……あの伝説の黒曜鉄でしょうか」
再び刀身へ目を落とす。
「なるほど……」
「これなら、お客様の膨大な魔力にも耐えられることに納得できます」
「黒曜鉄は極めて優れた魔力伝導率と魔力親和性を持つ伝説の金属」
「硬度も非常に高い」
「ですが、その反面、靱性は鋼やミスリル銀にやや劣るため、扱いの難しい玄人向けの素材と聞いております」
店主は優しく刀身を撫でた。
「それでも、この剣はここまで使い込まれながら、これほど良い状態を保っている」
「剣も素晴らしいですが、それ以上に持ち主が素晴らしい」
「この剣は幸せ者ですね」
紹介状を書こうとした、その時だった。
「そういえば……」
セリーヌがふと首を傾げた。
「先生は普段、木剣で稽古されていますよね?」
「木剣は壊れませんでした」
「どうしてなんでしょう?」
店主は少し考え、静かに頷く。
「おそらくですが、木剣は普通の剣に比べて密度が低く、力が逃げやすいからでしょう」
アデラーンも静かに耳を傾ける。
「木材は衝撃を内部へ溜め込まず、全体へ分散させる性質があります」
「さらに魔力伝導率も極めて低い」
「そのため、お客様ほど膨大な魔力を流し込んでも、内部から破壊されにくいのでしょう」
セリーヌは感心したように頷く。
「なるほど……」
「木だから力を受け流せるんですね」
「ええ」
店主も頷いた。
「逆に玉鋼や魔鋼鉄、ミスリル銀は魔力伝導率が非常に優れております」
「だからこそ、お客様ほどの魔力が一瞬で刀身全体へ巡り、金属そのものが耐え切れず砕けてしまうのです」
「木剣は鍛錬用として、実によく考えられた道具なのですよ」
店主は丁寧に黒曜鉄の剣を返し、一通の紹介状を書き始めた。
「ここなら、お力になれるかもしれません」
「『白髭ドワーフ工房』です」
「王国一の鍛冶師でも難しい仕事ですが、あの方なら何か知恵を貸してくださるでしょう」
アデラーンは砕けてしまった三振りの剣の代金を支払う。
「迷惑を掛けた」
店主は首を横に振った。
「いえ」
「これほど貴重な剣を拝見できただけで、十分すぎるほど勉強になりました」
紹介状を受け取った二人は武器屋を後にし、ドワーフの工房へ向かうのだった。




