第50話 守りたいもの
王国騎士団剣術指南役に就いてから、しばらくが過ぎた。
アデラーンも騎士たちへの指導に慣れ、今日は実戦を想定した稽古が行われていた。
そのため、普段の木剣ではなく、長年使い続けてきた黒曜鉄の剣を携えている。
黒曜石のような漆黒の刀身。
鉄にも匹敵する硬度を持ちながら、魔力の通りに優れた、魔剣流で代々受け継がれてきた剣だった。
「今日は集中力を鍛える」
アデラーンが静かに告げる。
騎士たちは嫌な予感しかしなかった。
「全員、真剣を抜け」
一瞬で訓練場が静まり返る。
「……先生」
「真剣ですか?」
「ああ」
アデラーンは当然のように頷く。
「今日は寸止めだ」
「相手の首筋へ刃を止めろ」
「極限まで集中力を高めろ」
「恐怖の中でも平常心を失うな」
「それが実戦だ」
騎士たちは一斉に青ざめた。
「む、無理です!」
「先生!」
「怖すぎます!」
アデラーンは手にした黒曜鉄の剣を静かに見つめた。
(師匠とも、毎日のようにやったな……)
(懐かしい)
(死ぬかと思った)
(少しでも寸止めを誤れば、師匠の剣が飛んできた)
(容赦は一切なかった)
(あの頃は、本当に毎日が実戦だったな……)
その独り言を聞き、騎士たちはさらに顔色を失う。
(先生でも死ぬかと思った修行!?)
(寸止めを失敗したら反撃されるの!?)
(無理無理無理!!)
(そんな修行、生きて帰れる気がしない!!)
アデラーンは、そんな騎士たちを見渡し、小さく笑った。
「これでも優しい方だ」
「え……?」
騎士たちは耳を疑う。
アデラーンは黒曜鉄の剣を静かに鞘へ納めた。
「昔、師匠は俺と兄弟子を連れて、ベルフォン村近くの山へ入った」
「月明かりしかない真夜中だ」
「そこで真剣による寸止めの斬り合いを、毎日のようにやらされた」
騎士たちは言葉を失う。
「この程度なら、遥かに優しい」
アデラーンは遠くを見るように目を細めた。
「師匠も」
「兄弟子も」
「弱かった俺を守るため」
「村を守るため」
「国を守るため」
「命を懸けて散っていった」
訓練場が静まり返る。
先ほどまで怯えていた騎士たちの表情も、いつしか真剣なものへ変わっていた。
アデラーンは一人ひとりの顔を見渡す。
「弱ければ何も守れない」
「守りたいものがある者は」
「強くなれ」
一拍置いて、力強く告げる。
「それが、魔剣流だ」
「はい!!」
騎士たちの返事が、訓練場いっぱいに響き渡った。




