第42話 先生は初心者
翌朝。
王都ローズガーデン。
師弟は初めての依頼へ向かう準備をしていた。
道場の武器掛けの前で、アデラーンは一本の剣を静かに手に取る。
漆黒の刀身。
黒曜石のような美しい輝きを放つその剣は、黒曜鉄と呼ばれる希少金属で鍛えられた一振りだった。
黒曜石のような鋭い切れ味。
鉄のような硬さ。
そして極めて優れた魔力伝導率。
しかし鋼ほどの靱性はなく、扱いを誤れば容易く刃を傷めてしまう。
使い手を選ぶ、玄人向けの剣である。
魔王討伐を終えたあとも、アデラーンが長年使い続けてきた愛剣だった。
木剣を手に取ろうとしていたセリーヌは首を傾げる。
「先生」
「今日は木剣じゃないんですか?」
「ああ」
「薬草採集とはいえ森には魔物が出る」
「木剣では危険だからな」
「なるほど」
セリーヌは黒曜鉄の剣を見つめ、小さく頷いた。
先生が長年大切に使い続けてきた相棒。
自然と背筋が伸びる。
二人は冒険者ギルドで受けた依頼票を手に、王都近郊の森へ向かった。
依頼は薬草採集。
青銅ランク向けの初心者依頼である。
「先生」
「薬草は葉脈が三本あります」
「茎は少し紫色です」
「似た植物も多いので気を付けてくださいね」
「なるほど」
アデラーンは真剣な表情で頷き、一株の草を摘み取った。
「これでいいのか?」
セリーヌは苦笑する。
「先生」
「それは雑草です」
「……違ったか」
素直に戻す。
「ならば、こっちか」
今度は立派なキノコを採ってきた。
セリーヌは慌てて駆け寄る。
「先生!」
「それは毒キノコです!」
「食べたら死ぬやつです!」
「……そうなのか」
危うく籠へ入れそうになっていたキノコを慌てて取り上げる。
「危なかったです」
「先生」
「こっちです」
薬草を指差す。
「葉脈が三本」
「茎が少し紫色」
「これが薬草です」
アデラーンはしゃがみ込み、じっと見比べる。
「なるほど」
「確かに違う」
慎重に薬草を摘み取る。
「これで合っているか?」
「はい!」
「大正解です!」
その笑顔はまるで幼い子どもを褒める母親のようだった。
セリーヌは思わず頬を緩める。
(先生……)
(雑草と薬草の違いも分からないなんて……)
(毒キノコまで採ってきちゃうなんて……)
(私がちゃんと見ていてあげないと駄目です……)
(私が先生のお世話をしてあげます……)
(先生は私が守ります……)
(ご飯も作って……)
(お洗濯もして……)
(毎日ちゃんと見ていてあげないと……)
(もう放っておけません……)
(かわいい……)
(先生、かわいすぎます……!)
完全に母性本能が暴走していた。
剣を握れば世界最強。
しかし薬草採集では、自分が付いていなければ何も分からない。
そんなギャップが愛おしくてたまらない。
その時だった。
ガサッ――。
背後の茂みが揺れる。
だが先生のことばかり考えていたセリーヌは気付かなかった。
飛び出してきたのは一体のゴブリン。
「ギギャアッ!」
棍棒を振り上げ、セリーヌへ襲い掛かる。
「――セリーヌ」
静かな声が響く。
次の瞬間。
漆黒の刃が陽光を受けて鈍く輝いた。
一閃。
ゴブリンは断末魔を上げる暇もなく、その場へ崩れ落ちた。
アデラーンは静かに黒曜鉄の剣を鞘へ納める。
「油断するな」
「戦場では気が緩んだ者から死ぬ」
セリーヌははっと我に返る。
「……はい」
先生に守られた。
また助けてもらった。
胸が熱くなる。
(やっぱり先生……)
(世界一かっこいいです……)
先ほどまで暴走していた母性本能は一瞬で吹き飛び、残ったのは尊敬と恋心だけだった。
こうして師弟は初めての依頼を無事に終え、冒険者として新たな一歩を踏み出したのだった。




