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第36話 魔剣流の代償

 アーサーとの模範試合が終わった後も、王国騎士団修練場の熱気は冷めることがなかった。


「凄かった……」


「団長と互角だなんて」


「これが英雄……暗黒騎士」


 騎士たちは興奮した様子で口々に語り合っている。


 その時、一人の騎士がアデラーンへ歩み寄った。


「アデラーン先生」


「質問があります」


「ああ」


「暗黒剣だけでも、あれほど強力でした」


「もし魔法剣まで組み合わせれば、まさに最強ではありませんか」


「ぜひ我々にも魔剣流をご教授いただけませんか!」


 その一言をきっかけに、修練場中から声が上がる。


「お願いします!」


「私も学びたいです!」


「ぜひご指導を!」


 アデラーンは静かに木剣を拾い上げた。


「……いいだろう」


 歓声が止む。


 修練場が静寂に包まれた。


「まずは見せよう」


 木剣を正眼に構える。


「初伝――暗黒」


 次の瞬間。


 漆黒の魔力がアデラーンの全身を包み込む。


 身体能力が飛躍的に向上し、その場に立っているだけで空気が震えた。


「これが初伝だ」


 続けて木剣を掲げる。


「中伝――暗黒剣」


 漆黒の魔力が木剣へ流れ込み、剣身を黒い輝きが包み込む。


 軽く一振りしただけで鋭い風圧が走り、離れた場所に置かれていた藁人形が真っ二つになった。


「す……凄い……」


 騎士たちは思わず息を呑む。


 そして――。


 アデラーンはゆっくりと息を吸い込んだ。


「奥伝――暗黒魔剣」


 漆黒の魔力がさらに濃く身体へ巡る。


 その瞬間だった。


 アデラーンの全身から、血のように鮮やかな真紅の瘴気が噴き上がる。


 さらに、その真紅の瘴気は剣身へと流れ込み、漆黒の魔力と絡み合いながら妖しく揺らめいた。


 黒と紅。


 二つの異質な力が渦を巻き、修練場全体を包み込む。


 地面が微かに震え、空気が軋む。


 騎士たちは本能的な恐怖に襲われ、一歩、また一歩と後ずさった。


 その光景を見つめるセリーヌも、大きく目を見開く。


(これが……先生の奥義……)


 先生の強さは誰よりも知っている。


 だが、この力だけは初めて目にした。


 身体を包む漆黒の魔力。


 血のように揺らめく真紅の瘴気。


 まるで、人ではない何かを見ているような錯覚さえ覚える。


 思わず息を呑んだ。


(すごい……)


(でも……)


(こんな危険な力を、先生はずっと一人で背負ってきたんだ……)


「な……何だ、この瘴気は……」


「……まるで、魔物のようだ」


「あれが……本当に人の放つ力なのか……」


 その場にいた全員の背筋へ冷たいものが走る。


 アーサーですら険しい表情で見つめていた。


 やがてアデラーンは静かに魔力を解除する。


 漆黒の魔力も、真紅の瘴気も音もなく消え去った。


「以上だ」


 張り詰めていた空気がようやく緩む。


 しかし騎士たちの瞳には、先ほどまでの憧れだけではなく、畏怖の色が宿っていた。


「……教えていただけますか」


 一人の騎士が恐る恐る尋ねる。


 アデラーンは静かに頷く。


「では、初伝だけだ」


 呼吸法。


 魔素の巡らせ方。


 体内の魔素を魔力へ変換する感覚。


 口頭で手順を説明する。


 騎士たちは真剣な表情で実践を始めた。


 しばらくすると、一人の騎士の身体から薄く黒い魔力が立ち上った。


「で、できた!」


 周囲がどよめく。


「俺も!」


「少しだけですが……!」


 数名の騎士が初伝・暗黒の発動に成功する。


 アーサーも驚いたように目を細めた。


「思った以上だな……」


 しかし、その直後だった。


「ぐっ!」


 一人が膝をつく。


「うっ……!」


 別の騎士は全身から汗を噴き出し、その場へ座り込んだ。


 さらに一人は胸を押さえ、苦しそうに呼吸を繰り返す。


 暗黒は自然と解除された。


 修練場は静まり返る。


 アデラーンは落ち着いた口調で語り始めた。


「これが魔剣流だ」


「魔剣流とは、本来、魔法が使えなかった初代宗家が、自分より強き者へ立ち向かうために生み出した剣術」


「体内の魔素を、無理やり魔力へ変換する」


「常軌を逸した技術だ」


 誰も言葉を発しない。


「普通なら身体を壊す」


「無理を続ければ命を落とす」


 そして静かに続ける。


「最悪の場合――」


「魔素暴走を起こし、術者自身が魔物化する危険すらある」


 騎士たちの顔色が変わる。


「だから俺は、この流派を安易には勧めない」


「強いから」


「格好いいから」


「そんな理由で扱える剣ではない」


 木剣を肩へ担ぎ、静かに修練場を見渡す。


「命を懸けてでも護りたいものがある」


「その覚悟を持つ者だけが、この剣を振るう資格を持つ」


 修練場には重い沈黙だけが残った。


 誰もが理解した。


 魔剣流とは、力を得るための剣ではない。


 己の命を削り、大切な誰かを護るための剣。


 その重みを、王国騎士団はこの日初めて知るのであった。

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