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第33話 武の極み

 修練場は静まり返っていた。


 アデラーンは静かに武器棚へ歩み寄る。


「ここから先は、それぞれの武器術を見てもらおう」


 そう言って最初に手に取ったのは一本の槍だった。


「槍術」


 静かに構える。


 次の瞬間――。


 槍先が風を裂いた。


 突き。


 払い。


 薙ぎ。


 返し突き。


 槍はまるで龍が天空を自在に翔けるように舞い、一瞬たりとも隙を見せない。


 鋭く。


 しなやかに。


 流れるような連撃が修練場を駆け抜けた。


「見えなかった……」


 若い騎士が思わず息を呑む。


 アデラーンは静かに槍を戻し、次の武器を手に取った。


「斧槍術」


 巨大な斧槍が軽々と振るわれる。


 重厚な武器とは思えないほど滑らかな動き。


 豪快さと繊細さ。


 その両方を兼ね備えた一撃は、まるで城門すら両断するかのような迫力を放っていた。


 続いて武器を持ち替える。


「短剣術」


 今度は動きが一変する。


 身体を低く沈め、一瞬で間合いを詰める。


 最小限の動き。


 最短距離。


 敵の懐へ潜り込み、急所を制する。


 実戦だけを追い求めた、無駄のない剣だった。


 次に巨大な大剣を手に取る。


「大剣術」


 巨大な刃が唸りを上げる。


 山を断つような豪快さ。


 しかし、その軌道は驚くほど繊細だった。


 重い武器を振り回しているのではない。


 まるで羽根を操るような滑らかさである。


 続いて一振りの鉄扇を開く。


「扇術」


 優雅だった。


 まるで舞姫が舞を舞っているような美しさ。


 しかし、その一振り一振りには鋭い殺気が宿る。


 美と殺。


 相反する二つが見事に調和していた。


 最後に弓を手に取る。


「弓術」


 静かに弦を引く。


 放たれた矢は風を裂き、遥か彼方の的の中心へ吸い込まれる。


 二射。


 三射。


 四射。


 五射。


 すべてが寸分違わず、最初の一本と同じ場所へ重なった。


「あり得ない……」


「全部、同じ場所だ……」


 最後に巨大な戦槌を肩へ担ぐ。


「戦槌術」


 大きく振り上げる。


 そして、一気に振り下ろした。


 轟音。


 修練場全体が震えた。


 地面へ鈍い衝撃が走り、石畳には細かな亀裂が広がる。


 騎士たちは思わず一歩後ずさった。


「全部扱えるのか……」


「まるで武そのものだ……」


 アデラーンは静かに武器を元の場所へ戻す。


 そして騎士たちを見渡した。


「戦場では、自分の得意な武器を選ばせてくれるとは限らない」


「剣を失えば槍を取る」


「槍が折れれば短剣を握る」


「それすら失えば拳で戦う」


「だから私は、一つでも多くの武を学び続けた」


 一呼吸置く。


「武器は違っても」


「武術の理は変わらない」


「理を知れば」


「武は、すべて繋がる」


 修練場は静まり返る。


 その言葉には、魔王討伐という幾多の死線を潜り抜けてきた英雄だけが持つ説得力があった。


 セリーヌはそんなアデラーンの背中を見つめ、胸の前でそっと拳を握る。


(先生……)


(やっぱり……)


(かっこいいです……!)


 頬をほんのり赤く染め、小さく微笑んだ。


 その時だった。


 アデラーンは再び木剣を手に取る。


「最後に、アルベール流を見てもらおう」


 その一言で修練場がざわついた。


「アルベール流……?」


「魔剣流じゃないのか?」


 アデラーンは静かに構える。


套路とうろとは」


「実戦を想定し、複数の型を連続して繋げた演武である」


「型が一つひとつの技を磨く修練ならば」


「套路は、その型をどう繋ぎ、どう戦うかを身体へ刻み込む修練だ」


「言うなれば」


「型は文字」


「套路は文章」


「どちらが欠けても武術は完成しない」


 静かに演武が始まる。


「蒼龍一路」


 龍が天空を翔けるような雄大な剣。


「猛虎二路」


 猛虎が獲物へ飛び掛かるような力強い連撃。


「飛鶴三路」


 鶴が舞うように流麗で美しい体捌き。


「迅雷四路」


 雷光の如き神速の剣。


「玄武五路」


 大地に根を張る玄武のような揺るぎない構え。


 五大套路は一度も途切れることなく流れ続け、一つの壮大な演武となって修練場を駆け抜けた。


 やがて最後の構えを終える。


 アデラーンは静かに木剣を納める。


 長時間に及ぶ五大套路。


 常人なら息を切らし、肩で呼吸をしていても不思議ではない。


 しかし――。


 アデラーンの呼吸は一切乱れていなかった。


 額には汗一つ浮かんでいない。


 その姿は、今の演武が準備運動に過ぎなかったかのようですらあった。


 修練場は、水を打ったような静寂に包まれる。


 最初に口を開いたのはエドガーだった。


「……完璧な演武だ」


 副団長ヴィクトルも深く頷く。


「間違いない」


「これぞアルベール流五大套路だ」


 近衛隊長が震える声で呟く。


「いや……」


「我々が修めてきた套路より、遥かに洗練されている……」


 六師団長も息を呑む。


「一つひとつの動きに無駄がない」


「理想の演武だ」


「しかも、あれほど長い套路を演じ切って……」


「息一つ乱れていない……」


「同じアルベール流とは思えん……」


 修練場は騒然となる。


「なぜ魔剣流宗家がアルベール流を……!」


「しかも我々より完成度が高いだと……!」


「何者なんだ、この人は……!」


 誰もが黒衣の剣士から目を離せなかった。


 その静寂を破るように、アーサーがゆっくりと一歩前へ歩み出た。

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