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第31話 暗黒騎士

 王国騎士団修練場。


 第三師団長エドガーの敗北から間もなく。


 修練場には、なお重苦しい静寂が漂っていた。


 地方流派。


 そう侮っていた魔剣流。


 その師範代が第三師団長を打ち破ったのである。


 しかし、その沈黙を破るように、一人の男がゆっくりと前へ歩み出た。


 王国騎士団副団長。


 ヴィクトル・レインハルト。


 長年アーサーを支え続ける、王国屈指の剣士である。


 ヴィクトルはアデラーンを真っ直ぐ見据えた。


「エドガーが敗れたのは偶然でしょう」


「師範代に多少の実力があることは認めます」


「ですが――」


 木剣を正眼に構える。


「アルベール流剣術五段」


「ローズフィールド王国騎士団副団長」


「ヴィクトル・レインハルト」


「参る」


 堂々たる名乗りが修練場へ響き渡る。


 アデラーンも静かに木剣を構え、一礼した。


「ベルフォン村伝承」


「魔剣流宗家」


「アデラーン・グランディス」


「よろしく頼む」


 互いに礼を交わす。


 アーサーが右手を上げる。


「始め」


 その瞬間。


 ヴィクトルが一気に間合いを詰めた。


 その背中を見つめながら、セリーヌは胸の前で小さく拳を握る。


(先生……)


(頑張ってください……!)


 ガンッ!


 鋭い袈裟斬り。


 だが、アデラーンは最小限の動きで受け流す。


 続けて逆袈裟。


 横薙ぎ。


 突き。


 切り返し。


 踏み込み。


 アルベール流の技が絶え間なく繰り出される。


 しかし――。


 ガンッ。


 ガンッ。


 ガンッ。


 アデラーンは一歩も退かない。


 身体をほんのわずかに動かすだけで、すべてを受け流していく。


 騎士たちがどよめいた。


「副団長の剣が……!」


「全部見切られている!」


「何だ、あの男は……!」


 ヴィクトルは攻め続ける。


 剣筋を変える。


 歩法を変える。


 攻撃の角度を変える。


 それでも届かない。


(何だ……)


(読まれているのか……?)


(いや……)


(遊ばれている……!)


 額に汗が滲む。


 アデラーンは相変わらず無表情だった。


 自然に立ち。


 自然に受け。


 自然に流す。


 ただ、それだけ。


 その姿は、まるで何十年も大地に根を張り続けた大樹のようだった。


 ヴィクトルは歯を食いしばる。


「ならば!」


 左手を木剣へ添える。


 淡い緑色の魔力が刀身を包み込んだ。


 修練場を一陣の風が吹き抜ける。


「風の魔法剣!」


 騎士たちが息を呑む。


 アーサーが静かに説明する。


「風の魔法剣」


「刀身へ風魔法を付与し、剣速と切断力を飛躍的に高める高等魔法剣だ」


 ヴィクトルが再び地を蹴る。


 先ほどとは比べものにならない速度。


 風を纏った木剣が唸りを上げる。


 風刃。


 幾重もの風の刃がアデラーンへ襲い掛かる。


 ガンッ!


 ガガンッ!


 ガンッ!


 アデラーンは木剣一本で風刃を受け流し、斬り払い、かわしていく。


 騎士たちは目を疑った。


「風刃まで防ぐのか!」


「あり得ない……!」


 ヴィクトルはなおも攻める。


 風の魔法剣。


 風刃。


 アルベール流剣術。


 持てる技のすべてを繰り出す。


 だが、一撃たりとも届かない。


 アデラーンは静かに息を吐いた。


「終わりか」


 その一言とともに、初めて半歩だけ身を引く。


 ヴィクトルの渾身の斬撃が空を切った。


 重心がわずかに前へ流れる。


 その一瞬を、アデラーンは逃さなかった。


「えぇいっ!」


 二のにのけん――返月へんげつ


 下方から鋭く切り上げられた木剣が、ヴィクトルの木剣を正確に捉える。


 ガンッ!!


 乾いた音が修練場へ響いた。


 ヴィクトルの木剣が高く宙を舞う。


 次の瞬間。


 アデラーンの木剣は、ヴィクトルの喉元へ寸分違わず突き付けられていた。


 勝負あり。


 修練場は水を打ったような静寂に包まれる。


 ヴィクトルはゆっくりと息を吐き、深く頭を下げた。


「……完敗です」


 アデラーンも静かに木剣を下ろし、一礼を返す。


「ありがとうございました」


 暗黒。


 暗黒剣。


 暗黒魔剣。


 そのどれ一つ使っていない。


 ただ魔剣流の基本だけで、王国騎士団副団長を完封したのである。


 騎士たちは、ようやく理解した。


 第三師団長を破ったセリーヌでさえ、この男にはまだ遠く及ばない。


 アーサーは旧友を見つめ、小さく微笑んだ。


「……これが」


「魔王討伐隊最強の前衛」


「暗黒騎士、アデラーン・グランディス」


 その異名の重みを、この場にいた誰もが初めて実感したのだった。


 その隣で、セリーヌはアデラーンの背中を見つめていた。


(やっぱり先生は強い……)


 胸が高鳴る。


 憧れ。


 尊敬。


 そして――。


(……やっぱり、大好きです)


 その想いは、もう隠しきれないほど大きくなっていた。

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