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第30話 決着

 新しい木剣が運ばれてくる。


 エドガーはそれを受け取ると、静かに左手を刀身へ添えた。


 次の瞬間、土色の魔力が木剣をゆっくりと包み込む。


 淡い褐色の光は徐々に濃さを増し、木剣はまるで鉄塊のような重厚感を帯び始めた。


 騎士たちが息を呑む。


「土の魔法剣か……」


 アーサーが静かに右手を上げる。


「第二戦――始め」


 合図と同時に、エドガーが一気に間合いを詰めた。


 ガンッ!!


 凄まじい衝撃がセリーヌの両腕を貫く。


「くっ……!」


 先ほどとは比較にならない重さだった。


 しかし、エドガーの攻撃は止まらない。


 ガンッ!


 ガガンッ!


 ガンッ!


 鋭く、重く、そして速い。


 アルベール流。


 王家御用達。


 王国騎士団正式剣術。


 一撃ごとに攻守一体。


 攻めがそのまま守りとなり、守りが次の攻めへと繋がる。


 軽やかな歩法で間合いを支配し、わずかな隙さえ見逃さず畳み掛ける。


 まさに理を極めた王道剣術だった。


 セリーヌは少しずつ押し込まれていく。


(重い……!)


(速い……!)


(これが……アルベール流……!)


(このままでは……!)


 その時だった。


 師の声が脳裏によみがえる。


 ――心を整えろ。


 焦るな。


 ――呼吸を整えろ。


 深く息を吸い、静かに吐く。


 乱れていた呼吸が落ち着いていく。


 ――自然に従え。


 肩の力を抜く。


 肘の力を抜く。


 立身中正。


 虚領頂勁。


 全身から力みが消えていく。


 足。


 腰。


 腹圧。


 胸椎。


 肩。


 前腕。


 手首。


 指先。


 全身が一本の剣となる。


 その瞬間。


 黒い魔力が静かに木剣を包み込んだ。


 修練場がどよめく。


「黒い魔力だ!」


「あれは何だ!」


「魔法剣じゃない!」


 エドガーも目を見開く。


「その力は……!」


 アーサーが静かに口を開いた。


「暗黒剣」


「魔法剣とは異なる、魔剣流の奥義だ」


「魔法剣が魔法を剣へ付与する技術であるのに対し、暗黒剣は魔素を直接魔力へ変換し、その魔力で肉体と武器を同時に強化する」


「魔剣流だけが受け継ぐ、独自の技術だ」


 騎士たちは息を呑んだ。


「魔素を直接魔力へ……」


「そんなことが可能なのか……」


 アデラーンは静かに弟子を見つめる。


「行け」


 その一言だけだった。


 セリーヌは深く頷く。


「はい!」


 ガンッ!!


 黒い魔力と土色の魔力が真正面から激突する。


 ガガンッ!!


 ガンッ!!


 ガンッ!!


 激しい打ち合いが続く。


 土の魔法剣と暗黒剣。


 二つの奥義が火花を散らす。


 エドガーは歯を食いしばった。


(押される……!)


(いや……違う!)


(威力だけじゃない!)


(全身の力が、一切逃げることなく剣へ伝わっている!)


 一方、セリーヌも余裕はない。


 暗黒剣は、魔素を直接魔力へ変換し、肉体と武器を同時に強化する奥義。


 絶大な力を得られる反面、その負荷は術者自身へ返ってくる。


 維持すればするほど魔力と体力は急速に消耗し、身体への負担も増していく。


 だからこそ魔剣流では、幼い頃から何百万回もの素振りを重ねる。


 身体を鍛え。


 心を鍛え。


 暗黒の力に耐え得る肉体と精神を育て上げる。


 その厳しい鍛錬があって初めて、暗黒剣を自在に扱えるのである。


(まだ……!)


(先生の教えは、こんなものじゃない!)


 セリーヌはさらに一歩踏み込む。


「えぇぇぇぇぇぇいっ!」


 一のいちのけん――崩剣ほうけん


 ドォォォォンッ――!!


 全身の力を一点へ集約した一撃が炸裂する。


 土の魔法剣で強化された木剣は耐え切れず砕け散り、エドガーは数メートル後方へ吹き飛ばされた。


 手から離れた木剣が宙を舞い、乾いた音を立てて地面へ転がる。


 勝負あり。


 修練場は水を打ったような静寂に包まれた。


 セリーヌはゆっくりと木剣を下ろす。


 黒い魔力が静かに霧散していく。


「はぁ……はぁ……」


 肩が小さく上下する。


 額には汗が滲んでいた。


 暗黒剣による消耗は決して小さくない。


 それでも最後まで姿勢を崩すことなく立ち続ける。


 アデラーンは静かに頷いた。


「よくやった」


 その一言だけだった。


 しかし、セリーヌの表情は満面の笑みに変わる。


「ありがとうございます、先生!」


 凛々しい師範代の姿は消え、そこにいたのは師に褒められて素直に喜ぶ、一人の少女だった。


 エドガーはゆっくりと立ち上がる。


 折れた木剣を拾い上げると、セリーヌへ深々と頭を下げた。


「……完敗だ」


 その言葉に異を唱える者はいなかった。


 地方流派と侮られていた魔剣流は、この日、その実力を王国騎士団へ深く刻み込んだのであった。

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