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第27話 聖騎士アーサー

 王国騎士団本部。


 団長執務室。


 机の上には、決裁を待つ書類が山のように積まれていた。


 王国騎士団長アーサーは、一枚ずつ目を通しながら淡々と判を押していく。


 その中に、一枚の勾留者名簿が紛れていた。


 何気なく名前へ目を落とした、その瞬間だった。


 アデラーン・グランディス。


「……アデラーン?」


 思わず手が止まる。


 魔王討伐隊で共に戦った旧友。


 誰よりも寡黙で。


 誰よりも誠実で。


 誰よりも弱き者を守るために剣を振るう男。


 そんな男が傷害事件を起こしたというのか。


 アーサーは苦笑し、小さく首を振った。


「いや……まさかな」


「同姓同名だろう」


 そう自分に言い聞かせながら、もう一人の名前へ視線を移す。


 セリーヌ・ブランシュ。


「確か……元金ゴールドランク冒険者だったか」


「突然冒険者を辞めたと話題になっていたな……」


 数年前の出来事が脳裏によみがえる。


 魔王討伐後。


 ローズフィールド王国国王アレクサンダー陛下。


 そして王妃エレノア陛下。


 お二人の外遊護衛任務。


 王国騎士団と冒険者ギルドによる合同護衛隊が編成され、その任務で共に剣を並べた。


 若くしてゴールドランクへ到達した実力者。


 冷静沈着で礼儀正しく、仲間からの信頼も厚い冒険者だった。


 そこまで思い出した時、不意にもう一つの記憶が脳裏をよぎる。


 魔王討伐の旅。


 野営地で焚き火を囲み、酒を酌み交わした夜。


 アデラーンは旅の始まりから終わりまで、常に漆黒の甲冑を身にまとっていた。


 全身を覆う黒い甲冑。


 顔を隠す兜。


 素顔を知る者は、ごく限られた魔王討伐隊の仲間たちだけ。


 だから人々は、その姿だけを見て彼をこう呼んだ。


 『暗黒騎士』。


 普段は何を考えているのか分からないほど寡黙な男。


 しかし、野営で酒が入ると、決まって一人の少女の話を始めた。


『俺には自慢の娘がいる』


『名前はセリーヌっていうんだ』


『筋が良くてな』


『きっと、いつか俺を追い越す』


 その話をする時だけは、声が少しだけ柔らかくなる。


 仲間たちは皆、笑っていた。


「また始まったぞ」


「親バカだな」


 アーサーも、その輪の中で笑っていた一人だった。


 当時は、本当の娘のことだと思っていた。


 だが――。


 アーサーは再び名簿へ目を落とす。


 アデラーン・グランディス。


 セリーヌ・ブランシュ。


「……まさか」


「弟子のセリーヌか」


 点と点が、一つに繋がった。


「この二人が勾留だと……?」


「そんな馬鹿な」


「アデラーンが理由もなく人を傷つけるはずがない」


 アーサーは勢いよく立ち上がる。


「誰か!」


 部下の騎士が部屋へ駆け込んできた。


「はっ!」


「勾留場へ案内しろ!」


「今すぐだ!」


「はっ!」


 アーサーは部下を伴い、足早に騎士団本部を後にする。


 勾留場。


 鉄格子の向こうには、一人の男が静かに腰を下ろしていた。


 漆黒の甲冑こそ身にまとっていない。


 だが、その落ち着いた佇まいを見れば間違えようがない。


「……やはり、お前だったか」


 アデラーンはゆっくりと顔を上げ、小さく微笑んだ。


「久しぶりだな、アーサー」


 その隣では、セリーヌも立ち上がる。


「お久しぶりです、アーサー団長」


 アーサーは苦笑した。


「なるほど」


「お前が旅の途中で自慢していた『娘』とは、本当の娘ではなく、弟子のことだったのか」


 アデラーンは静かに頷く。


「ああ」


「俺の一番弟子だ」


 その一言だけで十分だった。


 アーサーは事件の経緯を聞き終えると、大きく頷く。


「やはり正当防衛だったか」


 部下へ向き直る。


「二人を釈放しろ」


「責任は私が持つ」


「はっ!」


 鉄格子の扉が開かれる。


 こうしてアデラーンとセリーヌは勾留場を後にした。


 帰り道。


 アーサーはアデラーンへ向き直る。


「頼みがある」


「王国騎士団へ剣術を教えてくれないか」


 突然の申し出に、セリーヌは目を丸くする。


 アデラーンは少しだけ考え、静かに頷いた。


「……分かった」


 こうして魔剣流と王国騎士団を結ぶ、新たな縁が生まれるのだった。

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