第26話 逆上
魔剣流道場を開門してから、一か月ほどが過ぎていた。
門下生こそ増えないものの、道場破りだけは毎日のように訪れる。
その日も、一人の男が乱暴に門を開け放った。
「頼もう!」
入ってきたのは三十代半ばほどの男だった。
無精髭を生やし、腰には一本の剣を提げている。
歩き方も態度も荒々しく、礼をする気配はまるでない。
男は道場を見渡すと、不敵な笑みを浮かべた。
「最近できた道場が調子に乗ってるみたいだな」
「俺が本当の剣ってやつを教えてやるよ」
セリーヌは静かに木剣を手に取り、一礼する。
「……お相手します」
二人は向かい合い、木剣を構えた。
「始め!」
男は雄叫びを上げながら力任せに斬り込んだ。
しかし、その大振りの一撃をセリーヌは冷静に見切る。
一の剣――崩剣。
二の剣――返月。
基本二型。
ただ、それだけだった。
男の木剣は大きく弾かれ、次の瞬間には木剣の切っ先が喉元へぴたりと止まる。
「勝負ありです」
セリーヌは静かに木剣を下ろした。
本来なら、ここで礼を交わし勝負は終わる。
しかし男は敗北を認めなかった。
「ふざけるなぁ!」
怒号が道場へ響く。
「そんな剣が実戦で通用するか!」
「所詮、寸止めしかできねぇんだろ!」
「実戦経験もねぇくせに調子に乗りやがって!」
セリーヌは静かに答える。
「勝負は終わりました」
「どうかお引き取りください」
男はセリーヌを睨みつけると、縁側で見守っていたアデラーンへ視線を向けた。
「おい、宗家」
「女を前に立たせて恥ずかしくねぇのか!」
「先生を侮辱するな!」
セリーヌが一歩踏み出す。
その瞬間。
男は懐から銀色の短剣を抜き放った。
「だったら実戦ってやつを教えてやる!」
「死ねぇ!」
一直線にセリーヌへ襲い掛かる。
「先生!」
迎え撃とうとした、その前へ。
「下がっていろ」
静かな声が響いた。
アデラーンは一歩だけ踏み込む。
その一歩だけで、男の懐へ入り込んでいた。
「なっ――!」
短剣を握る手首を制する。
重心を崩す。
身体を入れ替え、そのまま畳へ叩きつける。
魔剣流柔術。
まるで流水のように淀みのない動きだった。
「武器を離せ」
「うるせぇ!」
男はなおも抵抗し、短剣を握り締めたまま暴れようとする。
次の瞬間。
ゴキッ――。
鈍い音が道場へ響いた。
「ぎゃああああっ!」
男の悲鳴が響き渡る。
短剣が畳へ転がった。
アデラーンは静かに腕を離す。
「抵抗するからだ」
男は折れた腕を押さえながら立ち上がる。
「覚えてやがれ!」
「傷害だ!」
「騎士団へ訴えてやる!」
捨て台詞を残し、道場を飛び出していった。
その日の夕方。
男は王国騎士団へ被害を訴え出る。
事件性があると判断した騎士団は、アデラーンとセリーヌを事情聴取のため連行した。
正当防衛の可能性は高かったものの、正式な調査が終わるまでの間、二人は勾留されることとなる。
勾留場。
鉄格子越しに静かな時間が流れていた。
セリーヌは申し訳なさそうに俯く。
「先生……」
「私のせいで、ご迷惑をおかけしてしまいました……」
アデラーンは穏やかに首を横へ振る。
「気にするな」
「お前なら勝てた」
「だが」
「勝てることと、危険に遭わせることは別だ」
その一言が、セリーヌの胸へ深く染み渡る。
先生は、自分の実力を信じてくれている。
それでも、自分を危険な目に遭わせたくなかった。
ただ、それだけの理由で前へ出てくれたのだ。
胸がじんわりと熱くなる。
(やっぱり先生は……)
(優しすぎます)
(そんな先生だから……)
(私は先生が好きなんですね)
セリーヌは改めて、自分の恋心を胸に刻むのだった。




