プロローグ 英雄の帰還
数ある作品の中から『暗黒騎士アデラーンの憂鬱』をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。
本作は、魔王討伐を果たした一人の英雄が、故郷へ帰り、師から受け継いだ流派を未来へ繋いでいく物語です。
華やかな勇者の物語ではありません。
世界を救った後、一人の剣士がどのように生きるのか。
弟子たちと笑い合い、時には新たな脅威へ立ち向かいながら、「人を護る剣」とは何かを問い続ける、そんな王道ファンタジーを書きたいと思い、この作品を執筆しました。
物語の軸となるのは、魔剣流の理念です。
「弱き者が強き者を打ち倒すために。」
「弱き者を護るために。」
この想いを胸に、主人公アデラーンは剣を振るい続けます。
戦いだけでなく、師弟の絆や仲間との日常、少しだけ恋愛(……と言っても、主人公はとても鈍感ですが)も楽しんでいただければ幸いです。
この作品が、皆様に少しでも楽しんでいただける物語になれば嬉しく思います。
どうぞ最後まで、『暗黒騎士アデラーンの憂鬱』をよろしくお願いいたします。
魔王討伐から三年。
世界は長き戦乱を乗り越え、ようやく平和を取り戻していた。
焼け落ちた街には新たな家々が建ち並び、荒れ果てた畑には再び豊かな実りが戻る。
人々は笑顔を取り戻し、子どもたちは戦火を知らぬまま元気に駆け回っていた。
誰もが願い続けた平穏な日々。
それがようやく、この世界へ訪れたのである。
かつて魔王討伐隊として戦った英雄たちも、それぞれ新たな人生を歩み始めていた。
大聖女ミュゲはルミエール大聖堂で人々を導き、
聖騎士アーサーはローズフィールド王国騎士団長となる。
学者クロエはヴァイスラント帝国宮廷筆頭魔導士。
エルフの大魔術師サンセリテは故郷エルシオンへ帰郷した。
世界を救った英雄たちは、それぞれの場所で人々の未来を支えていた。
一方――。
暗黒騎士アデラーンは故郷ベルフォン村へ戻っていた。
目的は一つ。
魔王討伐のため、一時閉鎖していた魔剣流道場を再建することである。
村外れに建つ木造の道場。
扉を開けると、懐かしい木の香りが漂った。
磨き込まれた床。
壁に掛けられた木剣。
柱に刻まれた無数の傷跡。
どれも幼い頃から見慣れた景色だった。
「……ただいま、師匠」
誰もいない道場へ、小さく呟く。
返事はない。
それでもアデラーンは一本の木剣を手に取る。
ゆっくりと構え、静かに息を整える。
そして踏み込んだ。
魔剣流――一の剣。
崩剣。
鋭い一太刀が静寂を切り裂く。
何百万回と振り続けてきた、魔剣流の原点。
師ロランから受け継ぎ、魔王との決戦でも最後まで己を支えた一太刀だった。
道場は再び開かれた。
しかし、門を叩く者は誰一人として現れない。
魔王は滅びた。
世界は平和になった。
命を懸けて剣を学ぶ必要も、
強さだけを求めて修行に明け暮れる時代も、
終わりを迎えていた。
それは、アデラーンたち英雄が命を懸けて勝ち取った平和の証でもあった。
静かな道場に響くのは、
木剣が風を切る音だけ。
それでもアデラーンは、一日も欠かさず剣を振り続ける。
師から受け継いだ魔剣流を絶やさぬために。
いつか、この剣を受け継ぐ者が現れると信じて。
これは――
世界を救った一人の英雄が、
一人の師範として歩む、
もう一つの英雄譚。
そして、魔剣流を未来へ受け継ぐための物語である。




