表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/98

第22話 力の伝達

 魔剣流道場を開門して数日。


 相変わらず門下生は一人も現れなかった。


 静かな道場には、アデラーンとセリーヌだけ。


 二人きりの稽古が今日も始まる。


 木剣を手にしたセリーヌは、ふと頬を緩めた。


(毎日一緒に稽古して……。)


(一緒にご飯を食べて……。)


(二人だけの道場……。)


(なんだか夫婦みたい……。)


 そんなことを考えた瞬間、自分で顔が熱くなる。


(ち、違う違う!)


(私は何を考えてるの!?)


「セリーヌ」


「は、はいっ!」


 慌てて姿勢を正す。


「型を見せてくれ」


「はい!」


 セリーヌは木剣を構え、深く息を吸う。


 一のいちのけん――崩剣ほうけん


 二のにのけん――返月へんげつ


 三のさんのけん――流風りゅうふう


 四のよんのけん――横掃千軍おうそうせんぐん


 五のごのけん――退歩蔵鋒たいほぞうほう


 一通り見終えたアデラーンは静かに頷いた。


「悪くない」


 その一言に、セリーヌの表情が明るくなる。


 しかし、その表情はすぐに引き締まった。


「姿勢が少し崩れている」


「肩にも力が入り過ぎだ」


 セリーヌは思わず肩へ手を当てた。


「魔剣流の基本は立身中正」


「身体の軸は常に真っ直ぐでなければならない」


「そうでなければ余計なところへ力が入り、力みが生じる」


 アデラーンはセリーヌの前へ立つ。


「そのまま全身の力を抜いてみろ」


 セリーヌはゆっくりと息を吐く。


「もっとだ」


「泥のように身体が溶けるイメージで」


「肩を抜く」


「肘を抜く」


 肩から力が抜け、腕が自然に下がっていく。


「その状態を虚領頂勁きょりょうちょうけいと言う」


「頭頂を天から一本の糸で吊られているように保ち、全身を自然に脱力した状態だ」


 アデラーンは肩へ軽く触れる。


「ここは力を入れない」


 腰へ手を添える。


「軸は崩さない」


 腹へ触れる。


「腹圧で全身を支える」


 さらに背中へ手を当てた。


「力は腕で生むものじゃない」


「下から順番に伝える」


「足」


「腰」


「腹圧」


「胸椎」


「肩」


「前腕」


「手首」


「そして指先」


「踏み込む推進力だけでは体重は乗らない」


「胸椎を鞭のようにしならせる」


「そして当たる瞬間、腰がわずかに落ちる」


「そのすべてを同時に剣へ伝える」


 説明を聞いているはずなのに、セリーヌの頭は真っ白だった。


(せ、先生……。)


(近いです……。)


(肩……。)


(お腹……。)


(こ、腰まで……。)


(む、無理です……。)


 顔は真っ赤。


 耳まで熱い。


 アデラーンは不思議そうに首を傾げた。


「セリーヌ」


「は、はいっ!」


「顔が赤いぞ」


「体調でも悪いのか?」


「い、いえ!」


「なんでもありません!」


「そうか」


 アデラーンは気にする様子もなく庭へ向かった。


「百の説明より、一度見た方が早い」


「来い」


 庭には丸木を何本も束ねた鍛錬具が据え付けられていた。


 魔剣流に代々伝わる打ち込み用の鍛錬具である。


 アデラーンは鍛錬具の前へ静かに立ち、木剣を正眼に構えた。


 ゆっくりと目を閉じる。


「まずは意識を整える」


 深く息を吸う。


 静かに吐く。


「意識が乱れれば、呼吸が乱れる」


「呼吸が乱れれば、身体は本来の力を発揮できない」


「だから最初に整えるのは、心だ」


 静寂が道場を包む。


 立身中正。


 虚領頂勁。


 全身から余計な力が消えていく。


 地を踏み締める。


 踏み込みの推進力。


 胸椎が鞭のようにしなる。


 腰が静かに落ちる。


 そのすべてが、一振りの木剣へ集約される。


「えぇぇぇぇぇぇいっ!!」


一のいちのけん――崩剣ほうけん


 パァンッ――!!


 乾いた炸裂音が庭中へ響き渡る。


 束ねられた丸木は、一太刀で真っ二つになった。


 セリーヌは思わず息を呑む。


「すごい……」


 アデラーンは木剣を静かに下ろした。


「俺が凄いのではない」


「お前も、自然に従えばいずれできるようになる」


「大切なのは、力を入れることじゃない」


「心を整え」


「呼吸を整え」


「身体を整える」


「そうすれば、力は零の状態から一瞬で百まで伝わる」


「武術における脱力とは、自然に従うことなんだ」


 セリーヌはその言葉を胸に刻む。


 先生が強い理由は、特別な才能ではない。


 武術の本質を理解し、それを誰よりも忠実に体現しているからだった。


 その背中を見つめながら、セリーヌはそっと微笑む。


(やっぱり先生は……。)


(世界一格好いい)


 静かな道場に、再び木剣の音が響き始めた。


 門下生はまだいない。


 それでも師弟二人の稽古は、未来へ受け継がれる魔剣流の礎となっていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ