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第20話 新しい暮らし

 その日の夕方。


 契約を終えた二人は宿を引き払い、新しい道場へ荷物を運び込んでいた。


 衣類。


 生活用品。


 木剣。


 必要最低限の荷物だけだったため、引っ越しは日が暮れる前には終わった。


「これで終わりですね」


 セリーヌは額の汗を拭いながら微笑む。


「ああ」


 アデラーンは静かに頷いた。


「さて、部屋を決めるか」


 二人は居住区へ入る。


 食堂。


 台所。


 居間。


 どれも丁寧に掃除されていた。


 そして廊下の奥には、寝室が二部屋並んでいる。


 その光景を見た瞬間。


 セリーヌの鼓動が高鳴った。


(寝室が二部屋……。)


(でも……。)


(昔は先生と一緒のお布団で寝てたんだよね……。)


 幼い頃は怖い夢を見るたびに、アデラーンの布団へ潜り込んでいた。


 先生も何も言わず、頭を優しく撫でてくれた。


 あの頃は、それが当たり前だった。


(でも今は違う。)


(私はもう子どもじゃない……。)


(先生も、少しくらい意識したり……。)


 一人で頬を赤くしていると、


 アデラーンは迷うことなく一つの部屋を指差した。


「セリーヌ」


「お前の部屋はこっちだ」


「日当たりもいいし、朝も起きやすいだろう」


「……はい」


 即答だった。


(そ、そうですよね。)


(当たり前ですよね。)


(何を期待してるの、私……。)


 少しだけ肩を落とす。


 そんな弟子の複雑な心境など露ほども知らず、アデラーンは隣の部屋へ荷物を運び始めた。


 やがて荷ほどきも終わり、二人は食堂で向かい合う。


 簡単な夕食だった。


 それでも、誰かと囲む食卓は温かい。


「いただきます」


「いただきます」


 穏やかな時間が流れる。


 アデラーンがふと口を開いた。


「昔、お前は野菜が苦手だったな」


 セリーヌは思わず吹き出す。


「先生、それ何年前のお話ですか」


「引き取った頃だ」


「もう食べられますよ」


「そうか」


「成長したな」


 その一言が妙に嬉しくて、セリーヌは少し照れ笑いを浮かべた。


 それから二人は昔話に花を咲かせる。


 初めて木剣を握った日。


 リュカとリリアと競い合った稽古。


 師ロランに何度も叱られた思い出。


 笑い声は夜遅くまで絶えることがなかった。


 食後。


 湯呑みを片付けながら、セリーヌは静かに思う。


(やっぱり……。)


(先生と一緒にいる時間が、一番落ち着く。)


 向かいではアデラーンが湯呑みを手に穏やかに笑っている。


 魔王との戦いを終え、ようやく始まった新しい暮らし。


 それは師弟にとって、何よりも穏やかで、かけがえのない日常の始まりだった。

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