第13話 型
立ち合いを終えた二人は、道場の縁側に腰を下ろしていた。
心地よい風が庭を吹き抜ける。
セリーヌは手拭いで汗を拭いながら、小さく笑った。
「悔しいです」
「少しは先生に近づけたと思っていたんですが……」
アデラーンは湯呑みを口元へ運び、一口お茶を飲む。
そして静かに言った。
「セリーヌ」
「お前、冒険者をやっていたな」
突然の言葉に、セリーヌは目を丸くした。
「はい」
「どうして分かったんですか」
アデラーンは木剣を手に取る。
「動きに癖がある」
「癖……ですか」
「ああ」
「最後の踏み込みだ」
「あれは、人ではなく魔物を相手にする動きだった」
セリーヌは思わず息を呑んだ。
そこまで見抜かれていたとは思わなかった。
アデラーンは木剣を構えながら続ける。
「魔物は人間とは違う」
「牙もあれば爪もある」
「予備動作もなく襲い掛かってくる」
「だから冒険者は、生き残るために反射神経と反応速度を極限まで鍛える」
「それ自体は悪いことではない」
「むしろ正しい」
セリーヌは静かに頷く。
三年間、数え切れないほど魔物と剣を交えてきた。
その経験が、自分を強くしてくれたことに間違いはない。
しかし。
「その代わり」
「どうしても力みが生まれる」
「先に動こう」
「先に斬ろう」
「その焦りが、知らぬうちに身体へ染み付く」
アデラーンはゆっくりと木剣を振る。
一の剣――崩剣。
速くはない。
だが、一切の迷いも力みもない。
ただ、美しかった。
「魔剣流は違う」
「まず型を信じろ」
「相手との間合いを読め」
「呼吸を読め」
「そして相手を崩せ」
木剣を静かに下ろす。
「基本を極めた者だけが型を崩せる」
「基本が身についていない者が型を崩せば、それはただの癖だ」
「基本を極めた者が崩せば、それは技になる」
静かな教えだった。
だが、その一言一言がセリーヌの胸へ深く刻まれていく。
アデラーンはふと思い出したように尋ねる。
「そういえば」
「お前は今、何ランクなんだ」
セリーヌは少し照れくさそうに笑った。
「元金ランクです」
アデラーンは目を丸くする。
「金ランクか」
「それはすごいな」
そして、首を傾げた。
「……元?」
「はい」
セリーヌは笑顔で頷く。
「引退しました」
「先生を支えたいと思ったので」
一瞬、沈黙が流れる。
アデラーンは困ったように頭を掻いた。
「そうだったのか」
「俺のために、申し訳ないことをしたな」
セリーヌは慌てて首を横へ振る。
「いえいえ!」
「私が好きで決めたことです!」
「それに……」
「先生を支えることが、今の私の一番やりたいことですから」
その笑顔は、晴れやかだった。
アデラーンは穏やかに微笑む。
「そうか」
「なら、その覚悟に応えられる師匠でいよう」
その一言だけで、セリーヌの胸は温かく満たされる。
やっぱり、この人には敵わない。
強さだけではない。
人を見抜く目も。
人を導く言葉も。
弟子を思いやる優しさも。
すべてが、自分の憧れだった。
セリーヌは木剣を握り直す。
もっと強くなりたい。
もっと先生の力になりたい。
その想いは、立ち合いの前よりも、さらに強くなっていた。




