第12話 師弟の立ち合い
三年ぶりに先生と再会した翌朝。
裏庭では、アデラーンがいつものように木剣を振っていた。
一の剣――崩剣。
何十年と振り続けてきた基本の一太刀。
力みはなく、隙もない。
その姿を見つめながら、セリーヌは木剣を手に歩み寄る。
「先生」
アデラーンが振り返る。
「どうした」
セリーヌは深く一礼した。
「立ち合いをお願いします」
「この三年間で、私がどれだけ強くなったのか見ていただきたいんです」
アデラーンは静かに木剣を構えた。
「そうか」
「ならば、全力で来い」
二人は礼を交わす。
静寂が流れる。
次の瞬間。
「えぇぇいっ!」
セリーヌが地を蹴った。
一の剣――崩剣。
二の剣――返月。
三の剣――流風。
四の剣――横掃千軍。
五の剣――退歩蔵鋒。
魔剣流基本五型が流れるように繰り出される。
しかし。
アデラーンは半歩も退かない。
木剣一本で、すべてを受け流していく。
セリーヌはさらに踏み込んだ。
「暗黒!」
黒い魔力が全身を包み込む。
体内、そして周囲に存在する魔素を直接魔力へ変換し、その魔力で肉体を極限まで活性化させる。
魔法の才能を必要としない、魔剣流初伝。
だが、高濃度の魔素を取り込むその技は、心身へ大きな負担をかける。
力を得る代わりに、自らを削る。
まさに諸刃の剣だった。
「暗黒剣!」
活性化した魔力が木剣を包み込む。
黒い軌跡を描きながら、怒涛の連撃を放つ。
三年間。
王国でも数えるほどしか存在しない金ランク《ゴールド》冒険者となるまで積み重ねてきた、そのすべてをぶつけた。
それでも。
アデラーンは一切攻めない。
受け流し。
いなし。
かわす。
ただ、それだけ。
暗黒も使わない。
暗黒剣も使わない。
基本の木剣だけで、セリーヌの猛攻をすべて受け切っていた。
やがて。
セリーヌは勝負を決めようと大きく踏み込む。
「やああああっ!」
渾身の一撃。
その瞬間。
アデラーンは静かに懐へ入る。
コツン。
木剣の柄頭が、セリーヌの額へ軽く触れた。
「あっ……」
セリーヌの動きが止まる。
アデラーンは木剣を下ろした。
「勝負ありだ」
静かな風が裏庭を吹き抜ける。
セリーヌはゆっくり木剣を下ろした。
「……負けました」
唇を噛み締める。
三年間。
冒険者として数え切れないほどの戦いを経験し、王国でも数えるほどしか存在しない金ランクまで上り詰めた。
少しは先生へ近づけた。
そう思っていた。
だが現実は違う。
先生は最後まで一度も攻めることなく。
暗黒も。
暗黒剣も。
何一つ使わず、自分を圧倒した。
その背中は、三年前よりもさらに遠く感じられた。
「悔しいです……」
思わず本音が漏れる。
そんなセリーヌを見て、アデラーンは穏やかに微笑んだ。
「いや」
「本当に強くなった」
「三年前のお前なら、ここまで俺を攻めることはできなかった」
その言葉に、セリーヌは顔を上げる。
先生は、自分の努力をちゃんと見ていてくれた。
悔しさは消えない。
それでも、その一言が何より嬉しかった。
「ありがとうございます」
アデラーンは木剣を肩へ担ぎ、そのまま道場の中へ歩いていく。
セリーヌは、その大きな背中を静かに見つめた。
(やっぱり先生は強い)
(誰よりも強くて……)
(やっぱり格好いい)
胸の鼓動が少しだけ速くなる。
あの背中を追い掛けてきた十年間。
三年ぶりに立ち合って、改めて思い知らされた。
強さも。
優しさも。
その生き様も。
やっぱり、この人が好きだ。
セリーヌはそっと頬を緩める。
いつか。
先生の隣に胸を張って立てるような剣士に。
そして、一人の女性になれるように。
その想いを胸に、もう一度木剣を握り直した。




