第11話 帰郷
三日後。
セリーヌは故郷ベルフォン村へ帰ってきた。
懐かしい石畳。
見慣れた家並み。
幼い頃、リュカやリリアと駆け回った広場。
三年という歳月が流れても、故郷の景色は何一つ変わっていなかった。
胸の鼓動が自然と速くなる。
足は迷うことなく、村外れへ向かっていた。
目指す場所は一つ。
魔剣流道場。
やがて、見慣れた門が見えてくる。
三年前、先生を見送った門。
そして十年前。
家族を失った自分が、新しい家族と出会った場所。
セリーヌは門の前で静かに立ち止まる。
深く息を吸い込み、震える手でゆっくりと門を開いた。
道場は静まり返っていた。
かつて賑わっていた道場に、門下生の姿はない。
聞こえるのは、風が木々を揺らす音だけ。
「……先生?」
小さく呼びかける。
返事はない。
その時だった。
裏庭から、乾いた音が聞こえてきた。
――パシッ。
――パシッ。
木剣が空を切る音。
その音を聞いた瞬間、胸が熱くなる。
聞き間違えるはずがない。
十年間、毎日のように聞いてきた音だった。
セリーヌは駆け出した。
裏庭では、一人の男が黙々と木剣を振っていた。
一の剣――崩剣。
何百万回と積み重ねられた、無駄のない一太刀。
変わらない背中。
変わらない剣。
その姿を見た瞬間。
幼い日に命を救われたこと。
親子のように育ててもらった十年間。
別れの日に交わした約束。
三年間、帰りを待ち続けた日々。
すべての想いが胸に溢れ、涙となって頬を伝う。
「……先生」
震える声だった。
木剣を振る手が止まる。
アデラーンはゆっくりと振り返った。
視線が重なる。
一瞬だけ目を見開き、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。
「セリーヌか」
その一言だけで。
三年間張り詰めていた心が、音を立ててほどけた。
セリーヌは駆け寄ると、深く頭を下げる。
「先生……!」
「ただいま帰りました!」
涙で声が震える。
三年間。
何度も心の中で言い続けた言葉だった。
アデラーンは静かに頷く。
「ああ」
「おかえり」
たった二文字。
それだけで十分だった。
先生は約束を守って帰ってきた。
自分も約束を守って帰ってきた。
ようやく、また同じ時間を歩き始められる。
セリーヌは涙を拭いながら笑う。
アデラーンは少し困ったように笑った。
「そんなに泣くことか」
その一言に、セリーヌは思わず吹き出す。
「はい」
「先生は……本当に何も変わっていませんね」
その笑顔は、王国でも数えるほどしか存在しない金ランク冒険者のものではなかった。
幼い日に命を救われた、一人の少女の笑顔だった。
こうして。
三年間止まっていた師弟の時間は、静かに、そして確かに動き始めた。




