第8話 魔王討伐
――それから十年。
世界ではなお、魔王軍との戦いが続いていた。
それでもベルフォン村は魔物の襲撃による傷跡を乗り越え、少しずつ活気を取り戻していた。
村外れに建つ魔剣流道場もまた、かつてないほどの賑わいを見せている。
「えぇぇいっ!」
「やあああっ!」
二十名を超える門下生たちが、一の剣から五の剣までを繰り返し振り続ける。
道場には木剣の音と気合いが絶え間なく響いていた。
その中心に立つ三人の剣士。
セリーヌ。
リュカ。
リリア。
三人は魔剣流三段・師範代となり、奥義『暗黒』と『暗黒剣』を修得。
誰もが認める一人前の魔剣流剣士へと成長していた。
「そこまで」
アデラーンの声が響く。
三人は同時に木剣を納め、一礼する。
「見事だ」
「皆、よくここまで強くなった」
その言葉に三人は嬉しそうに笑った。
しかし、魔剣流にはなお一つ。
生命力までも魔力へ変換する奥伝――『暗黒魔剣』が残されている。
その危険性を誰より知るアデラーンは、まだ誰にも伝授するつもりはなかった。
穏やかな時間が流れる。
その時だった。
一頭の軍馬が道場へ駆け込んできた。
馬上には王国騎士。
「魔剣流宗家、アデラーン殿」
アデラーンは静かに前へ出る。
「俺だ」
騎士は馬を降りると、一通の封書を差し出した。
封蝋には、ローズフィールド王国の紋章。
アデラーンは静かに封を開く。
書かれていたのは、魔王討伐隊への参加要請だった。
世界各国から選び抜かれた英雄だけで編成される、少数精鋭の討伐隊。
その任務はただ一つ。
魔王ニコラス討伐。
最終決戦では、超魔素濃度に覆われた魔王城最深部へ進める者は、わずか五人だけ。
残る討伐隊は外周で魔王軍を食い止め、その五人へ道を切り開く。
アデラーンは静かに召集状を閉じた。
「承知した」
短い返事だった。
騎士は深く一礼する。
「十日後、王都にて討伐隊を編成いたします」
「どうか、ご武運を」
騎士が去ると、道場は静まり返る。
セリーヌがゆっくりと口を開いた。
「先生……」
「行くんですね」
「ああ」
アデラーンは静かに頷く。
「魔王を倒さなければ、この戦乱は終わらん」
その日の夕方。
門下生全員が道場へ集められた。
アデラーンは道場の中央へ立つ。
「皆に話がある」
門下生たちは真剣な表情で耳を傾ける。
「俺は魔王討伐へ向かう」
「その間、この道場は閉める」
ざわめきが広がる。
それでも誰も口を挟まない。
「お前たちは、それぞれの人生を歩め」
「騎士になりたい者は騎士を目指せ」
「冒険者になりたい者は冒険者になれ」
「家を継ぐ者は家族を守れ」
一人ひとりの顔を見渡し、静かに続ける。
「だが、魔剣流を学んだことだけは忘れるな」
「この剣は」
「弱き者が強き者を打ち倒すための剣だ」
「そして」
「弱き者を守るための剣でもある」
門下生たちは深く頭を下げた。
翌朝。
門下生たちは道場の門前へ並んでいた。
旅支度を終えたアデラーンが静かに歩き出す。
セリーヌが涙をこらえながら前へ出た。
「先生」
「絶対に帰ってきてください」
アデラーンは穏やかに微笑む。
「ああ」
「必ず帰ってくる」
リュカは拳を胸へ当てる。
「先生」
「もっと強くなって待っています」
リリアも深く一礼した。
「どうか、ご無事で」
アデラーンは弟子たちを見渡す。
幼かった子どもたちは、立派な魔剣流剣士へと成長していた。
もう自分がいなくても、それぞれの道を歩いていける。
「皆、元気でな」
そう言い残し、アデラーンは歩き始める。
朝日に照らされた背中を、弟子たちはいつまでも見送っていた。
この日を境に、魔剣流道場は静かに門を閉ざす。
アデラーンは世界を救う戦いへ。
セリーヌは王都ローズガーデンで冒険者となり、師との約束を胸に剣を磨く。
リュカとリリアは王立士官学校へ進学し、さらなる高みを目指す。
そして他の門下生たちもまた、それぞれの夢を胸に歩み始めた。
いつの日か、再び魔剣流道場へ帰ることを信じながら。




