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第2話:魔導貴族とアンチ魔法法案

「魔法を使わないだと? 賢者とやらは、ついに血迷ったか!」


王城の謁見の間。贅を尽くした装飾が施された石造りの広間に、肥え太った男の怒声が響き渡った。

彼の名はバルトロメウス伯爵。王都に流通する「魔石」の採掘権と流通の半分以上を握る、この国の重鎮だ。その指には、かつてなら数軒の家が買えたであろう最高級の魔導指輪がいくつも光っている――もっとも、その石の輝きはマナの枯渇により、今や消えかかった炭火のように濁っていたが。


俺、佐々木健太は、王女エルナの隣に立ち、冷ややかな目でその光景を眺めていた。

手には、昨晩「全知の設計図アーカイブ」を駆使して書き上げた、分厚い羊皮紙の束を抱えている。


「バルトロメウス伯爵、落ち着いてください。健太様は、この国の未来を思って提案されているのです」

エルナが凛とした声で諭すが、伯爵の怒りは収まらない。


「未来だと? 魔法こそが人類の栄華の証。それを捨て、河原の石車を回して明かりを灯すなど、退化以外の何物でもないわ! 我ら魔導貴族の誇りを踏みにじる無礼、万死に値する!」


俺は一歩前へ出た。

現代の企業社会で、無理難題を押し付ける役員や、既得権益にしがみつく老害クライアントを相手にしてきた経験が、俺の背中を押す。


「伯爵。誇りでお腹は膨れますか? 誇りで夜の闇は払えますか?」


「何だと……?」


「今、この国で流通している魔石の価格は、この3年で8倍に跳ね上がっている。一方で、その品質――つまり内包されているマナの純度は40%も低下した。違いますか?」


俺は羊皮紙の束から一枚のグラフを取り出した。もちろん、この世界の住人には「グラフ」という概念すらない。しかし、右肩下がりに急落する赤い線が何を意味するかは、本能的に理解できるはずだ。


「これは、魔石の『投資対効果(ROI)』の推移です。簡単に言えば、高い金を払って買った魔石が、すぐにゴミ屑になっているという現実を示しています。伯爵、あなたが誇る魔導文明は、今や莫大なコストをかけて『不発弾』を買い続けているようなものだ。これを世間では『倒産寸前』と呼びます」


「ぐっ……、それは、マナの揺らぎによる一時的なもので……」


「一時的? 違いますね。これは構造的な枯渇です。そこで、私から提案があります」


俺は別の羊皮紙を広げた。そこには、王都全体のエネルギー供給を魔法から「電気」へと転換する、大規模なプロジェクト案が記されている。


「『王都クリーンエネルギー移行計画:フェーズ1』。名付けて『アンチ魔法法案』の提出です」


法案の内容は過激だった。


王都内における娯楽目的の魔法使用の一時禁止。


魔石の流通に対する重課税。


水力および風力による「公共送電網」の構築。


「馬鹿な! 魔石に課税だと!? そんなことをすれば、経済が止まるぞ!」

「止まりませんよ。私が作った『水力発電ユニット』を、国営事業として無償で貸し出しますから。ただし、これまでの魔石利権を返上してもらうのが条件ですがね」


広間が騒然となる。これは単なる技術提案ではない。王都のエネルギー主導権を、貴族の手から「国家(あるいは俺)」へと移譲させるためのパワー・ゲームだ。


「健太様……、これでは貴族の方々を敵に回しすぎでは……」

エルナが不安げに耳打ちしてくる。


「いいんだ、エルナ様。改革には痛みが伴う。それに、俺には切り札がある」


俺は、懐から小さな、しかし異常に精巧な「魔導コンロ」を取り出した。それは貴族たちが朝食を作る際に、奴隷に魔力を込めさせて使う高級品だ。


「伯爵。あなたの家の料理人は、毎朝このコンロを動かすために、魔石を3個も消費しているそうですね。しかも火力が安定せず、最高級の肉が台無しになっているとか」


「それがどうした。それが貴族の嗜みというものだ」


「では、こちらを試してください」


俺はコンロの裏側に、昨晩急造した「電熱コイル」を取り付け、さらにそれを小型の蓄電池(先ほどの滝で充電したもの)に繋いだ。

スイッチを入れる。

数秒後、コイルは真っ赤に熱を帯び、凄まじい熱気を放ち始めた。


「な、なんだと……? 呪文も唱えず、魔石も嵌めていないのに、なぜこれほどの熱が……!」


「これが『抵抗熱』です。魔法のような気まぐれな力じゃない。数値で制御された確実なエネルギーだ。これを使えば、誰でも完璧な火加減で肉を焼ける。……伯爵、これ一台で、あなたの家が年間で支払っている魔石代の95%を削減できます」


「95パーセント……!?」


伯爵の目が、欲望にぎらりと光った。

どんなに「誇り」を叫ぶ人間でも、「コスト」の話には弱い。それが商売人の、そして既得権益者の本質だ。


「さらに、この技術のライセンス……つまり製造販売権の一部を、法案に賛成してくれた方に優先的に割り当てるという条項も検討しています」


「……ほう」


伯爵の表情が、怒りから「計算」へと変わった。

俺は心の中で小さくガッツポーズをする。

『全知の設計図』は、機械の作り方だけじゃない。どうすれば人間がその機械を欲しがるか、その「社会の設計図」も俺に見せてくれていた。


数日後。

王都の広場には、見たこともない巨大な木製の塔が立ち並んでいた。

健太の指揮のもと、突貫工事で進められた「風力発電機」の群れだ。


「いいか! 羽根の角度は俺が言った通りに固定しろ! ズレたら効率が落ちるぞ!」


俺は現場監督として、汗だくになりながら職人たちに指示を飛ばしていた。

IT企業時代、納期直前のデバッグ作業で連日徹夜したことに比べれば、この程度の肉体労働はマシな方だ。何より、自分の作ったものが形になり、世界を変えていく実感がある。


「健太様、お水です。……驚きました。あの頑固だった伯爵たちが、今や競ってこの『風車』の建設に資材を出しているなんて」


エルナが差し出してくれた水は、喉に染みた。


「彼らは未来を信じたわけじゃない。新しい利権に飛びついただけだ。でも、それでいい。動機はどうあれ、結果として魔法への依存が減れば、この空の『魔粉』も少しずつ晴れていくはずだ」


俺は、灰色の雲の切れ間から、ほんの一筋だけ差し込んだ太陽の光を見つけた。


「エルナ様。次は『教育』だ。魔法が使えない一般市民たちが、自分の手でこの機械を直し、維持できるようにする。特権階級だけのものだったエネルギーを、文字通り『民主化』するんだ」


だが、改革が順調に進む一方で、不穏な影も忍び寄っていた。


王都の地下、古びた礼拝堂。

そこには、マナの枯渇を逆手に取り、人々の不安を煽って信者を増やす「終末教団」が集っていた。


「……偽りの賢者が、神聖なる魔法を汚している」


フードを深く被った男が、赤く光る不気味な魔石を握りしめる。それは、地脈から無理やり引き抜かれた、禁忌の「汚染マナ」だった。


「光を消せ。機械という偽りの偶像を打ち砕け。世界は、一度滅びてこそ浄化されるのだ……」


健太の進める「SDGs」な改革は、知らず知らずのうちに、この世界の根底に眠る「負の感情」を呼び覚まそうとしていた。


現代知識による産業革命と、異世界の闇。

二つの潮流が激突する日は、そう遠くなかった。

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