第1話:賢者、ソーラーパネルを掲げる
「いいか。魔法は、もう終わりだ」
空を埋め尽くす重苦しい灰色。かつて美しかったとされる王都の空は、いまや「魔粉」と呼ばれる魔法の燃えカスに覆われ、陽の光を遮っていた。
俺、佐々木健太は、数時間前まで都内のIT企業で「サステナビリティ推進部」なんていう、社内でも半分浮いた部署の課長をしていた。それがどういうわけか、魔法の使いすぎで環境破壊が進んだ異世界に、伝説の『救世の賢者』として召喚されたらしい。
目の前には、ボロボロのローブを纏った絶世の美女。この国の王女、エルナだ。
彼女は涙を浮かべ、震える手で枯れ果てた杖を握りしめている。
「賢者様、お願いです。どうかその強大な魔力で、この枯れ果てた大地に恵みの雨を……!」
「無理だな」
「えっ……?」
俺は断言した。足元に転がっている石ころを拾い上げる。そこには微かに、青白く光る筋が見える。この世界のエネルギー源である「マナ」の残滓だ。
「エルナ様、言ったはずだ。この世界の魔力は石油と同じ、有限の地下資源なんだ。君たちが『奇跡』と呼んで乱発してきた魔法は、世界の寿命を前借りしていたに過ぎない。これ以上魔法を使えば、世界は文字通り、塵になって消える」
「そんな……。では、私たちはどうやって生きていけば……。明日の煮炊きも、夜の灯りも、すべて魔法の石(魔石)がなければ不可能なのです」
王女の絶望は深い。この世界は、あまりにも魔法に依存しすぎた。魔法で火を起こし、魔法で水を浄化し、魔法で重い荷物を運ぶ。その「魔法文明」の末路が、この不毛の地だ。
俺はスーツのポケットから、予備として持っていたスマートフォンを取り出した。もちろん電波はないが、液晶のバックライトが淡く光る。
「魔法が使えないなら、魔法に頼らない『仕組み』を作ればいい。幸い、この世界の物理法則は、俺のいた世界とさほど変わらないようだ」
「ま、魔法に頼らない……? そんなこと、神を冒涜するような……」
「神がどう思うかは知らないが、俺のいた世界ではこれを『科学』と呼んでいた。エルナ様、この国で一番日当たりのいい場所を教えてくれ。あ、いや、この空じゃ無理か……。なら、風が強く吹く場所だ。あるいは、水の流れが急な川でもいい」
俺は、救世主としてのチート能力を確認した。
召喚された際に与えられたスキルは『全知の設計図』。
魔法を放つ力ではない。現代文明における、あらゆるインフラ、機械、エネルギー循環の構造を脳内から出力できるという、この世界において最も「地味」で「最強」の能力だ。
俺の脳内には、今、一つの図面が浮かんでいる。
――『小規模水力発電ユニット:モデルMK-1』。
「まずは、明かりを灯そう。魔石を使わずに、だ」
俺たちは王都の外れ、かつて魔法使いの修行場だったという滝へと向かった。
そこには、魔力を失い、ただの「水が落ちる場所」へと成り下がった寂しい景色が広がっていた。
「エルナ様、城の宝物庫から、銅の延べ棒と、強力な磁力を持つ『魔磁石』をありったけ持ってきてくれ」
「銅と……磁石? そんなもので、何ができるのですか?」
「『電気』を捕まえる。魔法が魔石に宿る力なら、電気は動きの中に宿る力だ」
数時間後。俺は召喚された際の「全知の設計図」に従い、城の鍛冶師たちを怒鳴りつけながら、奇妙な装置を作り上げた。
大きな水車。その軸には、大量の銅線を巻き付けたコイルと、強力な磁石。
鍛冶師たちは「賢者が狂った」と囁き合っていた。水車なんて、小麦を挽くための原始的な道具だ。それを後生大事に組み立てて何になる、と。
「いいか、よく見てろ」
俺は水車の固定を外した。
ゴゴゴ、と音を立てて巨大な木の輪が回り始める。
水流のエネルギーが回転運動に変わり、磁界の中で電子を弾き飛ばす。
「エルナ様、その手に持っている魔法のランプ(魔導具)の底を開けて、この線を繋いでみてくれ」
「これ……ですか? でも、このランプは魔力が空でもう……」
半信半疑のまま、エルナが銅線の端をランプの基盤に触れさせる。
その瞬間。
パッ。
淡い、しかし確かなオレンジ色の光が、エルナの顔を照らした。
「ひゃっ……!」
エルナが声を上げて尻餅をつく。鍛冶師たちも、持っていたハンマーを落とした。
魔石も、呪文も、祈りも捧げていない。ただ水が回っているだけで、魔法の道具が目覚めたのだ。
「……信じられません。魔力を消費せずに、光が……?」
「厳密にはエネルギーの変換だ。水の動きを、光に変えた。これなら、この川が流れている限り、永遠に光を灯し続けられる。魔粉も出ない。空を汚すこともない」
俺は、光り続けるランプを手に取った。
これは、この世界における「産業革命」の第一歩だ。
「エルナ様、これが俺の戦いだ。魔王を倒すことじゃない。この世界を、持続可能な(サステナブルな)形に作り変える。魔法を捨て、自分たちの足で立つ世界にするんだ」
エルナは、魔法の光とは違う、鋭くも温かいその明かりを、食い入るように見つめていた。
彼女の瞳に、少しだけ希望の光が戻ったように見えた。
「サステナ……ぶる。魔法のない、新しい世界……」
「ああ。まずは、その魔法中毒の貴族たちに、節電の重要性を叩き込むところから始めようか。俺のいた会社でも、意識の低い役員を説得するのが一番大変だったんだ」
俺は、灰色の空を見上げた。
まだ先は長い。だが、設計図は、もう俺の頭の中に完成している。




