第16話:空への階梯:軌道エレベーター建設
王都の空は、かつてないほど高く、青かった。
だが、その平穏な空の「外側」では、目に見えない脅威が着々と進行していた。
「健太、これを見て」
アイリスが青ざめた顔でモニターを指差す。そこには、大気圏外からこの世界に向けて照射される、正体不明の「デリート・パルス」の波形が映し出されていた。
「運営側の連中、サーバーを直接物理破壊できないと見て、外側からデータの書き換えを強行し始めたわね。このままだと、あと一ヶ月でこの世界は『空から』バラバラに解体される」
「……なら、デリートの手が届かない高度まで、こちらから防壁を押し上げるしかない」
健太が提示した計画は、誰もが耳を疑うものだった。
王都の中央に、天を貫く一本の塔――軌道エレベーターを建設する。
最大の課題は「素材」だった。
数万キロにおよぶケーブルを支えるには、現代のカーボンナノチューブ以上の強度が必要だ。だが、今のこの世界には魔法の加護がない。
「魔法が消えたなら、その『残りカス』を使えばいいのよ」
アイリスが持ってきたのは、魔力を失って石化したはずの『蒼氷石』の粉末と、健太が製鉄所で精製した高純度カーボンの混合物だった。
「セレスティア、あんたの出番よ。魔力はなくても、あんたの身体には聖女として蓄積された『高密度の生体定数』が残ってる。それをこの炉に流し込んで!」
「……わかりました。祈りではなく、この命の鼓動を『定数』として捧げます」
セレスティアが巨大な精錬炉に手をかざす。アイリスの古代技術が火花を散らし、健太の設計した分子結合プログラムが走り出す。
炉の中から現れたのは、漆黒の輝きを放ち、ダイヤモンドをも凌駕する硬度と柔軟性を持つ新素材――**『魔鋼カーボン』**だった。
建設が始まった。
王都の職人、元・魔導士、そしてかつて敵対した聖騎士たちまでもが、一つの目的のために汗を流す。
「いいか! これは神への挑戦じゃない! 俺たちの『家』に屋根を作るための作業だ!」
健太の指揮の下、蒸気クレーンが唸りを上げ、魔鋼カーボンのケーブルが少しずつ、だが確実に空へと伸びていく。
これまでは魔法一辺倒だった元・魔導士たちが、計算尺を手に構造計算を行い、聖騎士たちが重い資材を運び上げる。
「健太様……みんな、笑っています」
エルナが差し出したタオルで、健太の額の汗を拭った。
「ああ。魔法に頼っていた頃より、みんな自分の手で世界を変えている実感があるんだろうな」
その頃、健太の「元の世界」では、ある異変が起きていた。
『Project: GAIA』のメインサーバーが設置されたデータセンター。そこには、失踪したはずの佐々木健太の生存を確信し、密かにサーバーを監視し続ける女性がいた。
「佐々木……やっぱりあなた、そこにいるのね」
彼女の名は、三上遥。健太の同僚であり、システムの脆弱性を監視するセキュリティ・エンジニアだ。
彼女は、会社が「異常バグ」として処理しようとしているデータ群の中に、健太特有のコードの「癖」を見つけ出していた。
「会社はサーバーを強制シャットダウンしようとしている。……私が時間を稼ぐわ。だから、早く『出口』を見つけて!」
遥は会社の監視を潜り抜け、サーバーの防壁を内側から強化する。
異世界と現実世界。二つの場所で、健太の仲間たちが同時に戦っていた。
建設開始から数週間。ついに軌道エレベーターの第一区画が完成した。
健太、エルナ、アイリス、そしてセレスティアの四人は、試作機である昇降機『アセンダー号』に乗り込んだ。
「気圧調整よし、酸素供給システム作動。……アセンダー、発進!」
激しい加速Gが四人を襲う。
窓の外、王都の景色が遠ざかり、空の色が青から紺へ、そして漆黒へと変わっていく。
「見て……世界が、丸い」
エルナが息を呑んだ。
そこには、かつての創造主が語った「箱庭」ではなく、無限の星々を背景に輝く、青く美しい一つの「星」があった。
だが、漆黒の宇宙空間に辿り着いた彼らを待ち受けていたのは、運営側が送り込んだ最終防衛プログラム――衛星軌道上の自動迎撃システムだった。
「……歓迎ムードじゃないみたいだな。アイリス、セレスティア、準備はいいか?」
「任せなさい! 宇宙だろうがどこだろうが、私のスパナの餌食よ!」
「星の光を背に、真実の盾を掲げましょう」
健太は、目の前に浮かぶ巨大なレーザー衛星を見据えた。
本当の「世界の壁」との戦いが、今、宇宙で幕を開ける。




