第15話:独立宣言:王都のスカイライン
「……システム、切断完了。全プロセス、独立実行に移行」
『真理の書庫』のメインモニターに、無機質な文字が浮かび上がる。健太の渾身のデバッグにより、この世界は「管理サーバー」からの強制リセットを免れた。
しかし、代償はあまりにも大きかった。
「……光が。私の杖から、光が消えていく……」
セレスティアが愕然と呟く。彼女の手にある白木の杖、その先端のクリスタルから神聖な輝きが失われ、ただの灰色の石へと変わっていく。
それは彼女だけではなかった。王都中の魔導具が沈黙し、浮遊していた装飾は地面に落ち、魔法によって保たれていた均衡が音を立てて崩れ去った。
「健太、これって……」
「ああ。システムを切り離したことで、外部から供給されていた『管理用マナ』が完全に遮断されたんだ」
健太は、震える手でコンソールを離れた。
魔法という奇跡の供給源が絶たれた世界。それは、この世界の住人にとって「明日への希望」が消えたも同然の事態だった。
翌朝、王都を包んだのは静寂と絶望だった。
街灯は灯らず、井戸の汲み上げ魔法は動かず、空を飛んでいた飛空艇はただの鉄の棺桶と化して地上に並んでいる。
「賢者様! どうにかしてください! 魔法が使えないなら、私たちはどうやって生きていけばいいのですか!」
「主は見捨てられたのか! 聖女様、お答えください!」
王宮の前に集まった市民たちが、悲痛な叫びを上げる。
その中心に、健太は立った。隣には、魔力を失いながらも背筋を伸ばしたセレスティア、そして不安げなエルナと、不敵な笑みを浮かべるアイリスがいる。
「みんな、聞いてくれ!」
健太の声が、拡声器なしで広場に響く。
「魔法は消えた。だが、それは神に見捨てられたからじゃない。俺たちが、誰にも管理されない『自分たちの人生』を手に入れた証拠だ!」
健太は、背後の大型スクリーン(急造したプロジェクター)に、一枚の青写真(設計図)を映し出した。
「これまでは魔法という『ブラックボックス』に頼ってきた。だが、今日からは違う。自分たちでエネルギーを作り、自分たちで仕組みを理解し、自分たちで修理する。……これを、**『真の産業革命』**と呼ぶ!」
健太が合図を送ると、アイリスが巨大なスイッチを入れた。
ドォォォォォン!!
王都の外縁部に建設されていた、これまでで最大級の「蒸気タービン発電所」が咆哮を上げた。
魔法の光ではない。石炭と熱、そして計算された蒸気の圧力が生み出す、荒々しくも確実なエネルギー。
パッ、パパパッ……!
広場を囲む街灯に、一斉に明かりが灯る。
それは、魔法の淡い光よりもずっと鋭く、闇を切り裂く**『エジソン・ランプ』**の輝きだった。
「……明るい。魔法じゃないのに、こんなに明るいなんて」
一人の老人が、震える手で電灯の柱に触れた。
「健太。……私は、祈ることしか知りませんでした」
セレスティアが、自身の灰色の杖を見つめて言う。
「でも、魔法が消えても、人々の不安を拭うのが私の役目なら……。その、あなたの言う『科学』というものを、私に教えていただけませんか?」
「セレスティア……。ああ、大歓迎だ。聖女様が宣伝してくれるなら、これ以上の広報はない」
数時間後。そこには、白銀の法衣の袖を捲り上げ、アイリスから教わった通りにボルトを締め直すセレスティアの姿があった。
「あー! 聖女様、そこは締めすぎよ! トルク管理がなってないわね!」
「申し訳ありませんアイリスさん、加減というものが難しくて……」
「……ふふ、賑やかになりましたね、健太様」
エルナが健太の隣で、そっと微笑んだ。
数日が過ぎ、王都の景色は一変した。
かつての尖塔には避雷針とアンテナが立ち、空には煙突から白い蒸気がたなびく。
「魔法が使えなくなった」という絶望は、「自分たちでも世界を動かせる」という高揚感へと変わりつつあった。
しかし、健太は一人、夜の王都を見下ろしながらスマートフォンの画面を見つめていた。
管理サーバーから切り離されたはずの画面に、新たなログが刻まれている。
『LOCAL_SERVER_STATUS: STABLE』
『WARNING: UNAUTHORIZED_ACCESS_DETECTED_FROM_EXTERNAL_NET』
「……サーバーを切り離しても、まだ覗き見してる奴がいるのか」
健太の戦いは、もはや「異世界の中」だけでは収まらなくなっていた。
元の世界の『Project: GAIA』の運営側が、独立したこの世界を「異常データ」として、外部から強制的にデリートしようと画策し始めている。
「アイリス、セレスティア。……次は、この世界の『外』に向けて、防壁を築くぞ」
王都のスカイラインに、新たな巨大建造物の影が落ちる。
それは、空へ届くための塔――**『軌道エレベーター(未完成)』**の基礎工事の始まりだった。




