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第14話:執行者の正体:佐々木健太の過去

「――課長、そんなに根を詰めては体に毒ですよ」


『真理の書庫』の冷たい機械音の中に、場違いなほど穏やかな声が響いた。

暗闇から現れたのは、スーツを完璧に着こなし、銀縁の眼鏡を光らせる男。健太が元の世界で心から信頼し、そして共に『Project: GAIA』を作り上げていた直属の上司、佐藤部長の姿だった。


「部長……? なんであんたがここに……」

健太の喉が震える。


「健太様、知り合いなのですか!?」

エルナが不安げに健太の腕を掴む。実体を取り戻したばかりの彼女の温もりが、今の健太には唯一の現実味だった。


「いや、違う。アイリス、こいつのスキャンを……!」

「やってるわよ! でも……反応が出ない。エネルギー体でも魔法生物でもないわ。こいつ、この場所の『背景システム』そのものが喋ってるみたいなものよ!」


アイリスの声に、佐藤部長――を模した『執行者』は、静かに微笑んだ。



「佐々木くん、君は過労死寸前で倒れたあの日、何を願いましたか? 『もっと効率的な世界を』『誰もが最適に生きられるシステムを』。……Project: GAIAは、君のその願いを叶えるための実験場だったのですよ」


執行者が指を鳴らすと、書庫の壁面に健太の記憶が映し出された。

深夜のオフィス。モニターの明かりだけに照らされた健太が、狂ったようにコードを書き換えている姿。


「この世界は、君が夢見た『持続可能な社会』をシミュレートするためのクローズド・サーバーだ。マナの枯渇も、魔粉の汚染も、君が解くべき『課題』としてシステムが用意したシナリオに過ぎない」


「……課題だと? じゃあ、俺が出会った人たちは……エルナ様やアイリス、セレスティアはどうなるんだ!」


「高度な自己学習型AI……。君という『プレイヤー』を成長させるための、良質なNPCノン・プレイヤー・キャラクターです。君が創造主を倒し、産業革命を成功させたことで、このシミュレーションは完了した。だから今、サーバーは不要なデータを消去し、リセットに入っている」


執行者の言葉が、鋭いナイフのように健太の胸を突き刺す。



「NPC……? 冗談じゃないわよ!」

アイリスが叫び、巨大なスパナを執行者に投げつけた。しかし、スパナは彼の体を透過し、壁に当たって虚しい音を立てる。


「私は生きてるわ! 油の匂いも、悔しさも、あんたの作ったプログラムなんかじゃない! 健太が流し込んだ『絆』だって、本物だったわよ!」


「アイリス……」


セレスティアも一歩前へ出た。彼女の瞳には、神聖な怒りが宿っている。

「もし私たちが作られた存在だとしても、健太の差し出したココアの温かさは真実でした。私たちが流した涙を『データ』の一言で片付けるなら、あなたこそが最も不完全な知性です」


執行者は、感情の欠けた瞳で彼女たちを見据える。

「論理的ではありませんね。佐々木くん、君ならわかるはずだ。リセットボタンを押せば、君は元の世界の病院で目を覚ます。過労で倒れる前の、安定した日常に戻れる。……それとも、この消えゆく『虚構』と共に、データの藻屑となる道を選びますか?」



健太は、自分のスマートフォンを見つめた。

Project: GAIA。彼が人生を捧げて作ったシステム。

だが、彼がこの世界で手にしたものは、効率的なコードではなく、泥にまみれ、汗をかき、理不尽に抗う「生」の感触だった。


「……部長。あんたに一つだけ、教えてやるよ」


健太はゆっくりと、執行者に向かって歩き出した。


「エンジニアにとって最悪の失敗は、バグを見逃すことじゃない。……現場のユーザーを無視して、仕様書通りに動かすことだ」


健太はコンソールに手をかけ、全知の設計図アーカイブの全出力を解放した。


「この世界の人たちは、NPCなんかじゃない。俺のわがままに付き合って、一緒に未来を作ってくれた最高の『チームメイト』だ! チームを切り捨てるようなプロジェクトに、俺のサイン(権限)は渡さない!」



「権限を強制譲渡トランスファーしろ! アイリス、セレスティア! こいつの『論理』を上書きするぞ!」


「了解! 古代の無秩序カオスを見せてあげるわ!」

「聖なる祈りで、この無機質な法を縛りましょう!」


三人のエネルギーが健太のデバイスを介して、書庫のメインサーバーに流れ込む。

執行者の姿がノイズにまみれ、激しく歪み始めた。


「佐々木くん……君は、現実を捨てるというのですか……!」


「いいや。『ここ』を俺の現実に書き換えるんだ!」


健太がエンターキーを叩きつけた瞬間、書庫全体が真っ白な光に包まれた。

システムの強制終了を拒否し、異世界そのものを「独立した宇宙」として再定義する、健太の命を賭けた最終デバッグ。


光の中で、エルナが健太の手を強く握りしめた。


「健太様……どこまでも、ついていきます」

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