第17話:星を継ぐもの:衛星軌道上の決戦
「高度100キロ突破! これより大気圏を脱し、衛星軌道に進入するわ!」
アイリスの叫びとともに、昇降機『アセンダー号』の窓の外から「空」が消えた。そこにあるのは、底知れぬ漆黒と、網膜を焼くほどに鋭い星々の光。
「見て……健太様、私たちの世界が、あんなに小さく……」
エルナが窓に手を触れる。足元には、雲海に縁取られた青い大地。魔法という名のシステムから解き放たれ、自立し始めた「一つの惑星」がそこにあった。
だが、感動に浸る時間はなかった。アセンダー号の警告アラートが赤く点滅し、船体を激しい衝撃が襲う。
「敵影確認! 運営側の最終防衛ライン――キラー衛星『ゲシュタルト』よ!」
前方に浮かぶのは、幾何学的な形状をした巨大な金属塊。かつて王都を襲った「キューブ」の親玉ともいえる、運営側の実力行使の象徴だ。
「セレスティア、アース(接地)を頼む! アイリス、アセンダーを機動形態に切り替えろ!」
「承知いたしました! 宇宙の静寂に、不変の理を!」
セレスティアが艦内の制御盤に触れる。魔力を失っても、彼女の身体に刻まれた「高密度定数」は、船体と宇宙空間の摩擦を最小限に抑え、物理的な安定をもたらす「錨」となる。
「死なせないわよ! 『古代式・重力偏向噴射』、全開!」
アイリスがレバーを引くと、アセンダー号の側面から青白いプラズマが噴射された。重力のない空間で、鈍重な昇降機が戦闘機のような鋭い旋回を見せる。
敵衛星から放たれるのは、データの消去を物理的な熱量に変換した「デリート・レーザー」。
「左へ30度! 誘い込め、アイリス! 奴の射撃アルゴリズムには『予測の癖』がある!」
健太は元の世界でのデバッグ経験をフル回転させた。プログラムが「効率的」であればあるほど、その行動パターンは読みやすい。
その頃、元の世界のデータセンター。
「……見つけた。健太、これを使って!」
三上遥は、血走った目でモニターを睨みながら、会社のメインフレームに最後のハッキングを仕掛けていた。彼女は、健太たちのいる異世界の座標を特定し、そこへ一つの「パッチ」を送信する。
「敵の衛星は、会社のサーバーからリアルタイムで制御されている。……でも、私の書いたこのウイルスなら、一時的に同期を外せるはず!」
異世界の宇宙空間。健太のスマートフォンが激しく振動した。
『DATA RECEIVED: FROM_HARUKA_M』
画面に映し出されたのは、敵衛星の「緊急停止コード」。
「……遥か! 助かる!」
健太はデバイスをアセンダー号の主砲――魔鋼カーボンのレールガンに接続した。
「アイリス、セレスティア! 遥が作ってくれた隙に、あいつの『核』をぶち抜くぞ!」
「チャージ120%! 構造安定定数、固定完了!」
「狙いなさい、健太! この一撃が、私たちの『卒業論文』よ!」
アイリスとセレスティアの叫びが重なる。
アセンダー号の先端に、凄まじい電磁エネルギーが集束していく。エルナが健太の肩に手を置き、その「存在」のすべてを込めて祈った。
「行って……健太様!」
ドォォォォォン!!
反動で船体が軋む。放たれた超高速の魔鋼弾は、遥が仕掛けたハッキングによって一瞬停止したキラー衛星の中央を、寸分違わず貫いた。
漆黒の宇宙に、音のない巨大な光の華が咲く。
運営側の干渉を司っていた「目」が、粉々に砕け散った。
「……やったの? 私たち、勝ったのね?」
アイリスが力が抜けたように床に座り込む。
モニターから警告灯が消え、静かな「独立完了」のログが流れる。外部からのデリート・パルスは完全に消失した。
「ああ。これでこの世界は、誰の管理も受けない、本当の『自由』を手に入れたんだ」
健太は窓の外を見た。
そこには、遥か遠くに輝く、自分の「元の世界」の光も見える気がした。
だが、キラー衛星の残骸の中から、一つの小さなカプセルが弾き出され、アセンダー号に吸着した。
中から聞こえてきたのは、執行者でも部長でもない、遥の……三上遥の震える声だった。
『……健太、聞こえる? 私はもう、ここ(会社)にはいられない。……あなたの作ったその世界へ、私の意識を「転送」したわ。……私も、そっちに行ってもいいかな?』
「……遥……」
異世界に、新たな「現代の知恵」が加わろうとしていた。
だが、それは同時に、元の世界との繋がりが完全に「一方向」になることを意味していた。
「――おいで、遥。ここが、俺たちの新しい現実だ」
健太の言葉とともに、アセンダー号はゆっくりと、自分たちの愛する青い星へと下降を始めた。




