発覚
閉店後の店内は、営業中の喧騒が嘘のように、洗い物とカウンターを拭く音だけが響く。
静かな店内に、今日のイレギュラーを乗り切った、という安堵が溢れる。
「百瀬……お前、すごいな。」
坂上が唸る。
百瀬は驚くほどの成長を見せていた。
シェイクの技術こそまだまだだが、ステアは中々のものだ。
何より、お客様への観察力は……正直、有り得ないほどのレベルに達していると言ってもいい。
この店の人気カクテル、ギムレットのオーダーが出る度に、坂上と木下に事細かにレシピを指定していた。
シェイクの強度、回数に至るまで。
それは、一人一人のお客様の好みと、酔い具合に合わせた――正に王のギムレットを受け継ぐものだった。
「いえ……全部、チーフのおかげっすよ……。いつも言われてるんです、もっと気を使え、って。もっと、お客様を観察しろ。見て、見て、見て、学べ。お客様の答えは、お客様の中にしか、ないんだ、って……。」
レジを閉めながら、わずかに鼻を啜る音がする。
百瀬め、泣き虫なのは成長してないな……。
「あれ?」
百瀬の声が、静かな店内に響き渡る。
「マスター……これ、何、ですか……?」
手にした封筒を。
百瀬は、震える手で差し出してくる。
国立がんセンター。
表紙の右端には、残酷な現実を告げる文字がハッキリと書かれていた。
宛名は、ここには居ない弟弟子の名前。
その封筒は――何故、ここにある?
言葉が出ない。嫌な予感がする。
奪うように封筒を受け取る。
封は開いている、中の書類を取り出す。
口座振り込みの請求書……。
あり得ない。
アイツは、外出できるはずがない。
先々月、最後の頼みの抗癌剤も――あとは、もう待つだけ、という状態だ、と。
極度の栄養失調。
あんなになるまで店を開けることに固執した、チーフの姿。
――点と、点。
それが、繋がってしまった気がする。
そこに記された金額が、病状の深刻さを物語っていた。
振込用紙はすでに切り取られ、そこにはもう……金額だけしか載っていない。
「ここのマスターって……だから、いつもいないんですか!?」
オレの表情を見て百瀬の目に涙が滲む。
全てを察したのだろう。
コイツも、何も聞いていないのか……!
百瀬が付けていた帳簿、その端から一枚の紙がはみ出している。
ここに、全ての答えがある気がした。
最悪の予想を、必死で抑えながら手を伸ばす。
あってはならないんだ……そんなこと!
抜き取ろうとした手が、大きく震える。
上手く挟むことができない。
ようやく摘んだその紙を、手に取る。
何かを計算したメモだった。
276,450
-243,500
32,950
ガザイ 25,000
¥7,950
……馬鹿、な……。
なんだ……これは……!
帳簿を広げて、他にメモがないか調べる――あった。
284,500
-252,200
ガザイ 25,000
¥7,300
273,950
-243,120
ガザイ 25,000
¥5,830
メモを見つける度、手の震えが大きくなる。メモに水滴が落ち、そこに記された文字が滲んでいく。
「百瀬よ……。アイツ、スゲェな……。スゲェ……大馬鹿野郎だ……。」
声が震える。
アイツが背負ってきたものの大きさに、心が押し潰されそうになる。
百瀬も、そのメモを見て息を呑む。
みるみる内に、顔を歪めて、頬を濡らす。
「なあ、百瀬よ……。お前、アイツの背中を、しっかり見とけよ。
アイツが――お前の師匠だ……。」
それだけを告げて、百瀬が力強く頷くのを見届けてから、メモをポケットに突っ込む。
ただならぬ様子に、坂上と木下が百瀬から事情を聞き、馬鹿か、ふざけんなと声を荒げる。
その声は、明らかに震えていた。
「少し外に出る。」
流れる涙を拭うこともしないまま、蝶番を大きく軋ませて、ドアを勢いよく開ける。
今だけはこの涙を拭いたくない。あの馬鹿の痛みを、少しでもオレが背負いたい。
取り出した携帯電話のメモリを操作して、あのすごい男の、兄弟子の番号をダイヤルする。
コールの音がもどかしい。
早く、出ろ……!
お前の師匠と弟弟子のピンチに、テメェは……何をしてる!
五回、鳴り響いた後に電話が繋がる。
「ケンジか。横山だ。お前、今どこにいる?」




