根津の涙
「栄養失調? チーフが?」
あり得ない。あり得るはずがない。
ここは日本だぞ?
しかも学生バイトとはいえ、チーフとしてあれだけ出勤している彼が、食事に困るほど給与が安いはずがない。
弟弟子を問い詰めてやりたいところだが、今のアイツには負担はかけられない。
「先程、病院に同行した安永君から連絡があってな。それで極度に消耗していたところに、インフルエンザだそうだ。今は点滴を受けていて、まだ意識は戻ってないらしい……。」
「インフルエンザか……それはしばらくは復帰は無理だな。」
ただでさえ栄養失調という有り得ない状況だ。
しっかりと休んで体力を回復させないと、カウンターに立たせる訳にはいかない。
「二週間は見た方がいいな……。その間ここは閉めさせる、か。」
「横山さん、そのことなんだが……。チーフは、最後まで店を頼む、と百瀬くんに話していたそうでな。何か、知恵はないだろうか? 私に、協力できることは……。」
「……あんのっ、バカ野郎!!」
目に浮かぶようだ。
あの、馬鹿は――いつだって自分のことは二の次、三の次だ。
どうしようもなくなってから、初めて手を伸ばす――手遅れになってから。
助けを求める声を上げることを教えなかったのは……弟弟子の、教育不足だ。
「わかりましたよ、根津さん。私がなんとかしますわ。Yから人を送る。店の心配は要らない、安心してください。」
「すまないな、負担を掛ける……くそっ!!」
「心配しなさんなって。これも、弟弟子の尻拭いだ。」
「そうじゃないんだよ、横山さん!」
俯き、膝の前で手を組む彼の表情は見えない。
コンクリートの床に、小さな雫が落ちたのは見なかったことにした。
「私は……チーフが気に入ってね。いっぱしの常連ヅラして、それなりの頻度で通わせてもらっているつもりだった……。」
床に落ちる水滴が数を増やす。声は、震えていた。
「なのにな、チーフがこんな状況になっているなんて、想像だにしなかった。こんなになる前に、できることが、あったんじゃないか、そう思うと、」
根津さんの言葉は……そのまま私の胸を締め付ける。
「私は、何も見えていなかった……。彼を助ける機会は、必ずあったはずなのに!」
「根津さん。起きてしまったことは、もう変えられないんですわ。とりあえず、今はチーフの復帰を待ちましょうや。なに、私が付いてる、心配しないでください。あの馬鹿が戻って来るまで、この店は私が責任を持つ。」
「すまないね……。私にできることがあればなんでも言ってくれ、必ず力になる。」
「なぁに、言ったでしょう? 弟弟子の尻拭いだ、これは私の仕事だよ。どうしてもってんなら、全部終わった後に、みんなを連れてうまいもんでも食いに連れてってくださいよ!」




