表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/81

ライバル

「すごいじゃん! チーフは日本酒も詳しいんだね、さっすが!」


カウンターに戻ると、聞き耳を立てていた清楓様が笑いながら声を掛けてきた。


「実は、日本酒を用いたカクテルもあるんで、一時期色々試したんですよ。その時に調べたんですよね。」


日本酒を用いたカクテルは実在する。

試しに作ってみた時に、イメージ通りにならなくて調べて詳しくなった、というだけだった。

大した話ではない。


とりあえず、今はいただいたオーダーを仕上げなければ。

課長はもちろん、係長ともうお一方があの日本酒を非常にお気に召し、三人で飲むという。

後のお三方はそれぞれのカクテルをご注文いただいた。


お一人はジン・トニックだったので、これは百瀬くんでも出せるようになったカクテルだ。彼の練習にもなるし、対応してもらうことにする。

もうお一人はせっかくなら日本酒を使ったカクテルを、とのオーダーだった。


問題は工藤さんだ。

なんでも、今回の捜査のせいで、今年は海にも行けなかったから、海を感じるカクテルが飲みたい! という。

他の方に、どうせ一人で行くだけじゃねえかなんてツッコまれていたけど。


海を感じるカクテル、か……。

思い付いたのは、見た目にも楽しいあのカクテルだった。

本来は春をイメージしたカクテルらしいが、やはり海、と言われるとこのカクテルをイメージする。


よし。同じ作者の作品だし、これで行ってみようか。

コリンズグラスと、フルートタイプのシャンパングラスを取り出す。


まずは深めの、小さなポリ容器を二つ、キッチンに取りに行く。

一つには塩を3cmほど敷き詰めるのも忘れない。

そして、カウンターでもう一つのポリ容器にブルーキュラソーを注ぎ、2cm程度。

シャンパングラスの縁をブルーキュラソーの容器に沈めて濡らし、そのまま塩を敷いた容器に押し当てる。


取り出したら、中についた塩を綺麗なダスターで拭う。

コーラル・スタイルと言われる、珊瑚をイメージしたデコレーションだ。


シェーカーを二つ、ボディに氷を組む。

コリンズグラスにも氷を組む。シャンパングラスには一つだけ氷を落とす。


ビーフィーター・ドライ・ジンでキリッとさせよう。20ml。

メロンリキュールのミドリを20ml。グレープフルーツを搾って、20ml。ブルーキュラソーを1tsp。

シェーカーに注いだら、ストレーナーを被せ、キャップを嵌める。

左肩の前で構えて、息を吸って――止める。


有線が流していた、デクスター・ゴードンの吹く『Days of Wine and Roses』が遠くなっていく。

指先がシェーカーに溶けるように一つになって……ストロークを始める。氷が動く音がカウンターに響き始める。

リズムに乗って、気持ちハードに。

指先の体温が急速に奪われて……シェーカーの結露が指を滑らす前に、止める。


キャップを外して、シャンパングラスに。

一つだけ落とされていた氷を持ち上げながら、一段深く感じるグリーンがグラスに注がれていく。

最後の一滴を注いだら、汗をかき始めたシェーカーをシンクに戻す。


次は日本酒のカクテルだ。

そのまま、コリンズグラスを氷だけでステアして、溶け水を棄てる。

次はシェーカーの中の溶け水を棄てる。二滴の水がこぼれ落ちただけだった。


日本酒は……鳳凰美田をチョイス。値段も手頃だ。

純米酒という、日本酒本来の美味しさを追求する銘柄が増えてきたことは、日本酒にとって明るい未来だと感じている。


この鳳凰美田を50ml。コアントローを30ml、レモンを搾り、10ml。

ストレーナーを被せ、キャップを嵌め、左肩の前で構える。

意識をもう一度指先に集中し、世界から切り離していく。


指先がシェーカーと貼り付くように一体化したところで、ストロークを始める。

氷が動くたびに、鳳凰美田のキリッとした輪郭の中に、コアントローの柔らかな甘味と、レモンの酸味が静かに溶け合っていくのを感じる。

キレを殺さない、ギリギリのラインを見極めながら、シェーカーの温度を測り、フワリ、とストロークを止める。


カウンターの残響が消える前に、キャップを外してコリンズグラスに注ぐ。


トニックウォーターのボトルを取り出して、二つのグラスを満たしていく。

シャンパングラスの方は、コーラル・スタイルの一番下のラインに合わせることも忘れない。


最後に、バースプーンの背をコリンズグラスの内側に這わせるように当てて、ブルーキュラソーをゆっくりと沈めるように、1tsp。


完成した二つのグラスと、百瀬くんに頼んでいたジン・トニックをトレイに乗せ、テーブル席へ向かう。


「お待たせいたしました。こちらが、ジン・トニックでございます。」


確認するように声に出しながら、課長の隣に座ったお客様のコースターに乗せる。

そして、日本酒を使ったカクテル、というオーダーのお客様には。


「こちら、日本酒を使ったカクテル、ファンタスティック・レマンでございます。スイスのレマン湖をイメージしたカクテルですね。」


「じゃあ、それがオレの海のカクテル?」


待ち切れないのか、工藤さんが声を掛けてくる。……落ち着きましょうか、工藤さん。


「はい。シティ・コーラルでございます。珊瑚をイメージしたカクテルです。実は、こちらのファンタスティック・レマンと、シティ・コーラルは同じバーテンダーの作品でございまして。こんな趣向もアリかな、と選ばせていただきました。」


小さく頭を下げる。

その時、蝶番が控え目に軋んだ。


「悪い悪い、遅れた!」


「遅ぇよ! お前始末書書け!」


「なんで飲み会に遅れただけで始末書なんだよ! おかしいだろうが! お、なんだ工藤、お前一丁前にシティ・コーラルなんざ。ってことは、沢口のは……ファンタスティック・レマンか?おいおいチーフ、この二人に上田さんのカクテルなんざもったいないって! 水で十分だ水で!」


いらっしゃいませ、と声を掛けながら、上着をお預かりして百瀬くんに渡す。代わりに受け取ったおしぼりをお渡しする。


「チッ、相変わらず酒にはうるせえなぁお前は。って……あれ、なんでお前チーフ、って……。」


「あ、チーフ、オレ一杯目はエチュードね。その次はギブソンで、オレも今日は上田さんに倣ってビーフィーターのノイリーにしようかな。あ、いつも通りパールオニオンは3つね!」


うーん、さすが。

上田さんになぞらえてビーフィーターをご指定されるとは。

上田さんとは、銀座テンダーの名バーテンダー、上田和男さんのことだ。

ミスターハードシェイク、なんて呼ばれることもある、レジェンドの一人。


とりあえず、乾杯のエチュードか。急いでお持ちしよう。


「かしこまりました、長瀬様。すぐにお持ちいたします。」


笑ってカウンターに戻ろうとした時、工藤さんが引き留める。


「ちょ、ちょ、チーフ! え、長瀬のこと知ってんの?」


「えぇ、もちろんですよ。お忙しい中、時間を縫ってはいらしてくださって。他のお店のことにもお詳しくて、色々勉強させていただいております。」


プッ、と長瀬様が吹き出して工藤さんに声を掛ける。


「それより、早く飲めよ! せっかくのシティ・コーラルが薄くなるだろうが!」


「……嘘だろぉ! お前、一言も言わなかったじゃねえかよ!」


……この二人、仲悪いのか仲良いのか、よくわかんないな……。じゃれてるようにも見えるけど……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ