いつか憧れのマティーニを
流れるような注文。何を言ってるかわからない、細やかな指示。
日本語と思えなかった。なのに、チーフには通じているようだった。
オレと同じグラスに注がれた、鮮やかな黄金のカクテルで乾杯した後、味わうようにグラスを傾ける。
カウンターに座る客たちと談笑しながらも、こちらのグラスの空き具合を、一瞬の視界で確認するチーフの視線。
どことなく、長瀬に任せているかのような……。
長瀬は、大学時代学費を稼ぐためにバーテンダーをやっていたことがある。
そこで酒の面白さにドップリとハマって、時間を見つけては色々なバーを巡っているのは聞いていた。
こないだ行ったバーがな、なんて自慢話を聞くたびに、オレもこんなふうに飲みたい……なんて、陰ながら憧れたものだった。
地元の、この小さな店なら盲点だろうと、意気込んでこの店を選んだというのに。まさか長瀬もここに通っていたなんて!
しかもなんだ、ギブソンって、ギターかよ! パールオニオン? 玉ねぎ?
日本人なら日本語で喋れ!
ちくしょう、オレもあんなふうにカッコいいオーダーしてみたい……!
その時、チーフがカクテルグラスを手にやって来た。長瀬のグラスが空くタイミングを正確に見てたんだな……。
てか、なんかグラスの中に、真っ白な粒が三つ刺された、だんご三兄弟みたいなのあるけど……。
「ギブソンでございます。」
そう言って、長瀬のグラスと引き換えにコースターに置く。
「どうしたんですか?工藤様。元気ないみたいですけど……酔ってきちゃいましたかね?」
チーフがそう言いながらオレに声を掛ける。
「いや……まだ、大丈夫なんだけどさ……長瀬に、負けた……。」
「何がだよ、いきなり人の名前出しやがって。」
グラスを手に、長瀬が毒づく。
小さく片頬を上げているのが、勝利を確信しているように見えた。
「工藤様。私たちバーテンダーからしたら、酒に詳しいとか詳しくないとか。酒に強い、弱いとかより、無理のない範囲で、美味しくお酒を楽しんでくださるお客様の方が、よっぽどありがたいお客様ですよ?」
そう言って慰めてくれるのがわかるけど……つったって、オレだってコイツみたいに、通な注文とかしたいんだよ! ずっとそういうのに憧れてたんだから!
「オレだってさぁ、いつかこう、カウンターでカッコよくマティーニとか飲んでみたいんだよ!」
「バーに憧れるガキかよ……そんなん言ってるうちは無理だろ。」
「あんだとこのクソ長瀬!」
「あぁ!?」
顔を突き合わせて立ち上がろうとした瞬間、チーフが手を叩く。
「そこまでにしましょうか、工藤様、長瀬様。いい大人が酒場で喧嘩だなんて、その方がよほど恥ずかしいですよ。」
口元を弛ませて、すっかり気に入ったその日本酒をチビチビと飲んでいた課長が、声を上げて笑う。
「まったくだな、工藤、長瀬。チーフさんの言う通りだ。チーフさんの方がよっぽど大人だな?」
チーフのが、大人……。なんだかバツが悪くなって、下を向いてしまう。
そして、係長がそこに禁句を投げ込む。
「え? でも、チーフさんって、コイツらとそんなに年変わんないんじゃ?」
「……私、そんなに老けてますかね……。まだ、二十一なんです……。どうしたら若く見られんだろう……。」
ハァ〜、と溜め息を吐き出して、チーフがトボトボとカウンターへ帰って行く。
ヤバいこと言った! と係長が慌てるが、こりゃチーフ、しばらく落ち込むな。
案の定、安永さんに笑われ、水を出しながらカップル?だかに慰められていた。
いいなぁ、オレもいつか可愛い彼女と、あんなふうにカウンターで飲みたい……!
この打ち上げの夜は――少し痩せたチーフが、それでもカウンターで笑いながら立ち続けている、いつもの夜だった。
この時、オレたちが追っていた事件。外国人を用いた、裏風俗業者。
その事件が、この店に巣食っていた悪魔と繋がっていたことを知ったのは――
この二ヶ月後。
チーフが、限界を迎えた後だった。




