洗い物
夏も終わりが見え、少しずつ秋めいて来た外の空気。
まだ日中は暑い日もあるものの、夜の水道水は日に日に冷たさを増していた。
荒れた手が、冷たい水に触れるたびに電流のような痛みが走る。スポンジに伸ばした手が、その痛みの予感に怯えの色を隠して、止まる。
それでも、洗い物は進めなければいけない。このままではグラスが足りなくなる。
蛇口を捻り、水を出し、スポンジを握る。
――ッ!!
わかっていても、息が止まる。顔が歪みそうになる。歯を食いしばり、気持ちだけで抑え込む。
先日、痛みに負けて、一瞬シェーカーを落としそうになったことが脳裏に浮かんだ。
二度と、あんな失敗は許されない。今日もしっかりハンドクリームでケアしなきゃな。
いけない、ネガティブなことばかり考えてしまいそうになる。
軽く頭を振ってイヤな考えを振り払う。
他のことを考えながら洗おう。
そういえば、最近工藤さん来ないな。そろそろ着替えを持って行きたいから、連絡したかったんだけど……。後で電話してみようかな。
そんなことを考えていた時だった。
「すみませんチーフ、遅くなりました!」
百瀬さんだ。
ここ半月は百瀬さんが固定で来てくれるようになっていた。店としても、どこに何があるかとかをいちいち教える手間が減ってくれて、率直にありがたい。
「百瀬さん、ありがとうございます。遅くなんてないですよ、Yも人手が足りないだろうに。いつも本当にすみません。横山マスターにも、無理しないようにお伝えしてあるんですが。」
「いえ、ここ程人手が足りないわけじゃないですし。今日はパーティーが入っちゃってたのが、中々ハケなくて。あ、洗い物代わりますよ!」
「すみません、お願いします。」
助かった。
顔には出さずに済んだはずだけど、やっぱり指先が痺れを伴うような痛みで脈打っている。
どうしても手の動きが遅くなる。グラスまでは手が回っていなかったところだ。
気が付けば、カウンターは八割方埋まっていた。
百瀬さんが洗ってくれたグラスを拭きあげながら、ホルダーに並べて行く。
拭き上げるためのダスターが指先を責める。痛みには、もう慣れていた。
ふと、根津様が失礼、と携帯電話を手に席を外してドアの外に出て行く。蝶番の音を聞きながら、仕事の連絡でも入ったかな? と思いながら次のグラスを磨いていく。
飛び切りの悪戯が上手く行った時の、子供のような目をしながら、根津様はすぐにお戻りになった。
そんなに大きな問題でなかったのなら良かった、と独りごちながら、グラスをチェックしていく。
百瀬さんはいつもグラスを丁寧に洗ってくれる。彼の洗ったグラスは、いつだって一点の曇りもなく、向こう側を透かしてくれる。
少し不器用なところもあって、時間はかかるかも知れないけれど。
こういう方は、絶対にいいバーテンダーになる。
心の中だけに先輩風を吹かせながら、その夜の営業を回していった。




