進学
そこから、家までどうやって帰ったのか、まったく覚えていない。
もう何も考えたくなかった。
呼吸の仕方を忘れたように、過呼吸を繰り返して、狂ったように泣いて。
もう、この世界の何処にも彼女は居ない。
そう考えたら、何処にもいたくなくて、死にたいって、その時思った。
死んだら、彼女に会えるって。
でも。
彼女を助けられなかったオレが。
間に合わなかったオレが。
――彼女に会う資格なんて無い。
そう思ったら、死ねなかった。
そんな時に思い出したのが、高校の美術の教科書に載っていたピエタだった。
死せるイエス・キリストを抱く聖母マリア像。
ルネサンスの巨人、ミケランジェロが刻んだその彫刻は――赦しと、再生。
そして、贖罪の象徴。
息子の死という痛ましい悲劇を受け容れ、穏やかな表情を浮かべるマリアが、記憶の中の彼女に重なって見えた。
何より、人の原罪を一身に背負って死んだキリストが、彼女を殺したオレの罪と、その対価としての罰に相応しいように思えた。
何枚も、何枚も。
取り憑かれたように模写をした。
小さな教科書の写真じゃ物足りなくなった。
写真集があることを知り、日雇いのバイトで得た金で買って、また模写をした。
夏休みが終わろうとしていた時、親父はまた進学についての話を持ち出してきた。
この男は、オレが何を思い、何故ピエタを描いているのかなんて、これっぽっちも興味がないようだった。
ただ、大学には行ってくれ、お願いだから、金は出すから……。
金、
金、
金。
由美子は、その金のために死んだというのに。
すべてが憎かった。
だから、コイツが縋る大学と金で、コイツに復讐してやりたいと思った。
だから言ってやったんだ。
大学なら何処でも良いんだな、って。
親父は、これでオレが大学に行ってくれるんだ、という深い安堵の息を漏らしていた。
同時に、暴力ではダメでも――金でならまだオレをコントロールできるんだ、とでも言うような軽蔑の眼差しも。
もう、そのどれもがオレにはどうでも良かった。
オレの頭の中には、
彼女への想いと、
彼女が生きた証を、
そしてオレの罪を。
ピエタという題材を通して描き切ることしか頭になかった。
そのためにはもっと圧倒的な技術が要る、カラヴァッジョの狂気が要る。
彼女と別れてから、机の引き出しに仕舞っていたネックレスを胸に、オレは美大への進学を決めた。
そして、その美大に通う中で――オレは、マスターと出会ったんだ。




