家出
オレは……オレの名前が大っ嫌いだった。
あのクソッタレの親父が、自分の願望の器となるようにと名付けた、このフミトという名前。
生まれた時から、親父の思い通りに生きることを強要された、その証にしか思えなかった。
中学二年の冬、夢中になっていたサッカーの練習中の怪我で、オレは裏切られた。
半年に渡るリハビリの末に、二度と走ることができないと言われて。
そして、オレは初めての挫折を知った。
大切なものを失う恐怖と一緒に。
高校は県内でも有数の進学校を選んだ。
ちょうどその頃には、オレは親父の身長を追い越していた。
そして、あの日。
高校から帰ったオレに、親父は一学期の期末テストで十位以内に入れなかったことを責め立てた。
こんな成績で恥ずかしくないのか。
せっかく金を払って、高校に通わせてやっているのに。
そして、オレは初めて反抗して。
殴ろうとしてきた親父を、オレは殴り返した。
あれ程恐怖の対象だった親父は呆気なく吹き飛んだ。
オレの、初めての暴力は、親父へのたった一発の拳。
虐げられ、暴力に支配され、ずっとああはなるまいと思っていたのに、感情に任せて親父と同じ暴力を振るってしまった。
その事に、底知れぬ恐怖を感じた。
間違いなくあのクソッタレと、同じ血が流れていることを否応なく認識させられたようだった。
だから、オレは……その日、初めての家出をした。
制服のまま、なんの計画性もなく家を出たオレに、行く当てなんてあるはずもない。
街中を彷徨い、コンビニの裏手で朝を待とうとしていた。
そして、彼女に出会ったんだ。
「何してるの?」
彼女の第一声は、そんな何気ない言葉だった。
顔を見上げた先には、スーツ姿の女性が目の前の車に乗り込もうとしてオレに気付いたようだった。
「すみません、何でもないです、ごめんなさい。」
ここはダメだ、もっと人のいないところに行こう。
そう思ってその場を立ち去ろうとした時。
「すみません、って。キミ、高校生? こんな時間に、何してるの?」
当たり前だろう、もうすぐ日付が変わる。
こんな時間に、こんなところに高校生がいて良いはずがない。
それでも、これ以上の面倒は嫌だと思って、オレは適当に言い繕って逃げようと思ってたんだ。
「いえ、本当に何でもないですから。すみません。」
早くこの場を離れないと。
それだけを思って、とにかく逃げるように立ち上がった時だった。
「もしかして、家出?」
ドキッとした。
思わず身体が竦んで、足を止めてしまった。
「当たりみたいだね。行くとこあるの?」
答えたらまずい。
警察を呼ばれたら、あの家に連れ戻される。
あの地獄に。
オレが、親父のコピーにされてしまう。
「大丈夫だよ、警察に言ったりしないから。ご飯は食べたの?」
そう言われれば、家に帰ってそのまま飛び出してきたから何も食べてない。
財布も持っていないし、持っていたとして小遣いなんて余計な金は渡されていなかったから、入っているのは数百円にも満たない。
オレは、小さく首を横に振った。
「ちょっと待ってなさい。」
そう言って、彼女はコンビニに駆けて行った。




