兄弟子の苦悩
師匠の寂しそうなあの顔が、オレの胸を締め付ける。
だが、これは師匠の店を残すために必要なことのはずだ。
そして、あの馬鹿な弟弟子の負担を解放するためにも。
そう自分に言い聞かせる。
今は現実問題として、店の譲渡資金の調達だ。
Kの売却で手にした金は、オレの修行のための旅費と、色々な店で実際にその味を知るための、酒代に消えてしまっていた。
師匠の店を買い取るためには――とてもじゃないが足りない。
時間がない。
このままダラダラと時間を過ごす訳にはいかない。
師匠と話した翌日には、荒削りな事業計画書をまとめて、以前Kを開く時に、融資をしてくれた銀行に持ち込んだ。
しかし、一度店を畳んだことが影響して、まぁ、一応検討はしてみますがね、とつれない返事が返ってきただけだった。
この調子では他の銀行も似たようなものだろう。
もし融資が通るとしても、相応の時間が掛かることは目に見えていた。
急がなければならない。
時間との勝負だ。
銀行に断られたからと言って、諦めるという選択肢は今のオレにはなかった。
あの馬鹿は、その人生をも賭けたんだ。
兄弟子であるオレが、そんな弟弟子を守れないでどうするんだ。
オレは昔から直情的で、言葉よりも先に手が出ることも多くて。
師匠には怒られてばかりだった。
独立する時もそうだった。
腕は良い、センスもある。だがそれだけだ――そう言って、オレを認めようとしない師匠と、喧嘩別れするように店を辞めた。
それでも、店を開けた時には、誰よりも大きな胡蝶蘭を贈ってくれたのも師匠だった。
そして、あのカクテル勝負の時。
アイツのバージン・メアリを見て、師匠の言っていた意味がわかった気がした。
打ちのめされた。
どんなオリジナルカクテルを作ろうが、どんなコンペティションで優勝しようが。
コイツには――勝てない。
そう、思ってしまった。
だから、もう一度、お客様と向き合う姿勢を磨いて。
師匠に、認めてもらいたい。
自分に自信ができたら、その時こそ胸を張って、もう一度師匠に会いに行こう――
そんな呑気なことを考えていた時には、既に師匠は倒れ。
あの弟弟子は、人生を台無しにしてまで、師匠と、師匠が帰るための店を守ろうと、一人で戦っていた。
挙げ句に、そんな弟弟子を、オレは――殴った。
つくづく、自分の馬鹿さ加減に嫌気がさしていた。
殴り付けた拳が痛むのは、傷痕のせいだけではない。
悩んだ末にオレの頭に浮かんだのは、あのKでのカクテル勝負の時にもいらした、根津様だった。
あの時、根津様には情けない姿を見せた。
店を閉めるか悩んでいた時にも随分と弱音を吐いてしまった気がする。
呆れられていても仕方がない。
それでも、希望はここにしかない。
事業計画書と、一枚の紙を鞄に詰めて、根津様の元へ向かう。
考えることは決して得意じゃない。
根津様からしたら、こんな事業計画書なんて子供の落書きのようなものだろう。
だから、オレにできることは、このくらいだ。
何としてでも、説得してみせる。
オレの、誇らしい弟弟子がしたように、今度はオレが守る番だ。
――この命に代えても。




