二人の医師
気を失うように眠りについたチーフを見届けてから、三人で揃って病室を出る。
安永さんは皆に目を覚ました事を伝えてくる、と言って病棟の通話エリアへ向かった。
村上先生は、悲しそうに呟く。
「まさかあの子が、な……。」
チーフが担ぎ込まれた時。
村上先生が彼を見て、驚きの声を上げた。面識があった事すら、私は知らずにいた。
その後、関係者として詳しい話を聞く事ができた。
真実は……何処までも残酷だった。
マスターが倒れたある夜……救急車に一緒に乗って来たのが彼と、安永さんだったらしい。
酷く慌てた様子で、泣きながらマスターを助けてくれ、と救急隊員に縋る彼は……普段私達が見ていたような、大人びた姿ではなかったそうだ。
年齢相応の、可哀想な子供にしか見えなかったという。
あの、いつも落ち着いて、大学生だなんて言われても疑ってしまう程に冷静なチーフが、だ。
どれだけマスターのことを信頼し、心配しているかが伝わるようだったという。
マスターは一命を取り留めた。
だが、診断は――進行性の膵臓癌。
既に癌細胞は増殖を繰り返していて、手術による治療は不可能なまでに育っていた。
この病院にも入院していたらしい。
毎日、チーフは見舞いに来ていて。その度に、何かできることはないのか、打つ手はないのかと、顔を合わせるたびに詰め寄られたという。
マスターは少しでも体調が良くなると、退院して店に出ようとしていた。
店に近過ぎる事が却って悪影響になるから、とがんセンターへの転院を勧めたのは、村上先生の方からだったらしい。
部屋の手続きのためにと呼んだ事務員が、突然泣き出した時には、村上先生と二人で慌ててしまった。
「あの時の……こんなに、やつれて……ッ!」
聞けば転院の日、マスターの入院代は……チーフが払っていたと、彼女は語っていた。
息子さん、泣いてましたよ、と涙を拭いながら。
それを聞いた時には、二人で言葉を失った。
彼が、栄養失調になるまで困窮した理由に、ようやく思い至ったから。
私は、この病院にいながら全く知らずに過ごしていたのだ。
チーフの苦しみも、悲しみも……困窮も。
張り裂けそうな胸の痛みが、私を打ちのめす。
「市川先生。あの子を、救えるのは。私じゃあない。あの子を知り、あの子を守りたい、と思う周囲の人々だ。その中には貴方も入っているんですよ。」
村上先生の声が、私の心に希望の火を灯す。
「頼みますよ、私の患者を。市川先生。」
力強く頷き、村上先生の手を握る。
「ありがとうございます、村上先生。必ず、私が助けてみせる……!」
「彼が回復したら、彼の店に連れてってくださいよ。市川先生の奢りでね。」
左手で私の肩を叩いて、ウインクしながら笑う。
「いやぁ、私も酒には目がなくてね? 噂に聞く、王のギムレットは一度飲んでみたいとは思っていたんだが、まさか彼が王とはね。よろしく頼みますよ。」
診断の神様、なんて言われていても、こんなふうに気さくな顔もできるんだな。
自然と、私の顔も笑顔の形になった。
でもきっとそれは――泣き笑いのようなものになっていたのかも知れない。




