~第3幕~
クリスタルエデン内にあるスタジオ。
真っ青な壁に包まれたセットに様々な小道具が置かれてゆく。
「おはよう。はやいねぇ」
「あ! おはようございます! 中下すずと申します! お願いします!」
まだ準備中のスタジオにいち早くもやってきたのはクリスタルエデンに所属となって間もない中下すず。その少し少し後にやってきたのは国民的女優と名高い蒼月しずく。
すずは人気ダンスユニット、CHILD―METALのボーカルで日米を股にかけた超有名アイドルだった。どちらかと言えば米国の人気が凄まじくあったものの、キャリアを重ねるごとに彼女の評価は落ちていく。とりわけ日本では彼女たちより若い新参がドンドン現れてきて彼女たちのことを忘れてしまうファンも数字上で目立ってしまっていた。さらに追い打ちのかけるようにSNSでは辛辣なコメントも目に余る。そんな彼女が心機一転で映画「M」の主演オーディションに応募。俳優としてキャリア0の彼女がその大役をモノにする。映画は大ヒットして日本アカデミーのオスカーも獲る。
このなかでその後のサポートの話も受けてクリスタルエデン入りを決意する。彼女の名が再び輝かしく世に知れ渡るのはこの少し後のオスカー受賞からということになるが、その間で個人のヨウチューブチャンネルを開設し、個人タレントとして活躍できる下地を作ってもいた。同社所属タレントは大多数が役者またはお笑い芸人といったジャンルの者ばかり。音楽畑からの参入はとても目覚ましいインパクトを放つ。
そんな彼女だが、大物俳優との共演というのはここが初めて。「M」で共演した役者たちは中堅で厳しく言えば無名の者ばかり。蒼月しずくとなるとオスカーを何度も獲ってきている名優で国民的タレントでもある。スタジオで顔を合わせた際は気さくに話しかけてくれたこともあり、多少は和らいだものの、緊張しないワケなどなかった。
続けて同社所属で未来屋たま役の鳴沢樹、千速香澄役の相葉雅美が入ってくる。かなり遅れて七海そら役の小平茉奈裳もやってきた。
「まなも、またも遅いぞー。また過食で遅刻かよー」
「違いますよ! 寝坊……寝坊ですよ!」
相葉が茉奈裳を叱る。それにスタジオ一同は大笑いする。
でも、すずは笑えなかった。この空気感というのが分からなかったのだ。
「あの……監督はいないのですか?」
「監督って伊達君のこと?」
「はい。映画のときはいつも後ろに立っていましたから」
「このドラマは助監督さんが監督の代行をやることが多くて。最近はたまちゃん……違った。鳴ちゃんや古本君がやっているのよ」
複数いるカメラマンと打ち合わせする鳴沢。それを見たすずは自分のイメージする現場でないことに戸惑いを隠せずにいた。
『焼きそばパン、買ってこいよぉ! 出席者全員分! もちろん、お前の金でぇ!』
1シーンの撮影が終わる。
「すいませんっ! 蒼月さん!! すごく生意気な感じでやっちゃいました!!!」
そのたびにすずは丁寧に勢いよく頭をさげる。
「あっはっは! 大丈夫! すずちゃんは真面目さんだね! ウチのめーちゃんも見習って欲しいよ!」
「いやでも、蒼月さん、さっきのすずさんのお芝居は凄かったですよ」
「うん、戸惑いがあるのに構わず物語のなかに入ってくる感じはある」
蒼月は目を細める。
「さすがアカデミーはよくみているね。私も貴女から色々勉強しようと思う」
「そんな……光栄です……」
この日は神泉組の面子との収録が主体だ。明日は賢太郎役の賢治もやってくる。連日の忙しい仕事になりそうだが、彼女はあるシーンのことが気になっていた。
『あらっ? イブちゃん、別人にイメチェンした?』
千速役の相葉がまさかのアドリブを入れてきたのだ。
『局長に気に入って貰うよう常に多様な進化を考えております』
撮影後すぐに「やるね。さすがオスカー」と相葉が労ってくれたものだったが、そんな意地悪な事をやってくる人間がいるのか? いや、こんな事が普通にある現場なのか? そもそも自分が返したパフォーマンスが正解だったのか?
「あー! 何を考えているんだ! 私は!」
ノートに殴り書きしたものを千切って、グシャグシャにしてゴミ箱に捨てる。そのまま彼女はベッドへ飛ぶようにして寝ることにした。
翌日からもドロップアウトの撮影に臨んでゆく。そのなかで第1章から第4章までのドラマを何度も巻き戻して観ることまでした。「M」でやっていた事と全く違う事をやっている。台本を読み返して練習するのとワケが違うのだ。その中で彼女はそもそもある不安を払拭しようとしていた。
山崎生吹が奥沢芽衣から中下すずに代わることに。
「すずちゃん、なにか飲み物でも買ってこようか?」
「えっ……そんな……申し訳ないですよ。相葉さん」
「いいの。いいの。何が好き?」
相葉雅美。同社所属の彼女は元柔道選手にして柔道オリンピアンでもある女優。柔道選手は20代半ばで引退。それからプロレスラーになるという異色の経歴を持つ。蔵馬彷徨と共に「ニッポン女子プロ地獄!」の興行を成功させていく側ら女優業にも進出。蔵馬とはずっと長いこと、ビジネスパートナーであり続ける。蔵馬がクリスタルエデンに入社し、本人も同社所属のタレントに。念願であった女優としてテレビに映るという夢を叶えるに至る。そしてドロップアウトの大役を掴むにあたって50代を迎える。女優としての活躍が目覚ましい彼女は現場で姉御肌をみせることが多い。
「お菓子、食べますか?」
「う、ちょっとだけなら」
「ウヘヘ~コレ、お薦め」
「うん。美味しい」
小平茉奈裳。人気アイドルグループ推しの子48の元メンバーだ。同グループを卒業したのは最近のことだが、この5章の撮影が始まる時に大変な肥満体型となっていた。ドロップアウトでは小池忍役を務める宝束女優である小平尚美の娘でもある。
神泉組として共演する女優は皆、どこか個性的で掴めない。
でも、なぜか結構温かい。
「もう何回か撮ろうか」
「リョ~カイ」
「えっ?」
テイクの撮り直しを現場で監督する鳴沢や古本また賢治でもない蒼月や相葉が何度も追及する。その光景もまた「M」の撮影ではなかったことだ。そのたびに「リョ~カイ」と力の抜けた返事をカメラマンをはじめとした周囲のスタッフ達が返す。
戸惑いがない訳がない。でも、この現場の空気にだんだん馴染めた時に彼女は自然と思えた。
楽しい。
「はじめまして。梅本ヴェラと言います。衿朱役で山田さんから交代の」
「はい。宜しくお願いします」
「あの、サイン貰っていいですか?」
「えっ?」
「わたし、チャイメタのファンでライブにも20回は行ったことがあって!」
「マジですか……嬉しいな……」
と、こんな驚きの場面も。
「お~い。せっかくの休憩ロングだから麻雀しようぜ」
「すずちゃんもやる?」
「えっ? いや……やったことがあまりなくて」
「相葉さんが趣味でやっているのよ。ときどきイカサマやってくるからさ、私も普段は遠慮しているのだけどね。すずちゃんがやるなら私もやる。教えてあげる」
「まぁ蒼月さんが参加するのなら……」
神泉組の女優陣は相葉を中心に麻雀をやることがみられた。
1人の勝者を除いたメンバー全員で芸能人のモノマネをやるというもので大体全員が相葉か蒼月がバラエティ番組に出ている時のモノマネをやるのだ。すずが初めて参加した時は彼女が知る由もなかったのだが、見事に蒼月の弄りをやってのけて蒼月以外全員の爆笑をとってみせた。
蒼月しずくは真剣な顔ですずを見つめる。すずがすかさず謝ると彼女は微笑む。
「研究熱心だね。感動して真面目に見入っちゃった」
「えっ……そんなに……」
「妹にしたいな」
「駄目だよ。すずちゃんは私の娘だぞ」
「違います。私のオネーチャンです」
「皆さん、センスないですね。すずさんは生き別れた私の腹違いの妹です」
この時から神泉組の役者陣の雰囲気が分かって来たと言う。
そして好きになったとも述懐する。
このメンバーとずっと頑張っていたらキャスト後続の不安もなくなるだろう。そう思っていた。そう信じようともしていた。
やがてドロップアウト第5章「みんなの神泉組」の1話が放送される。
ここで山崎生吹役に中下すずが抜擢されることが発表されるのだが……
『えー絶対にめーちゃんの山崎がよかった』
『新しい山崎に違和感がある』
『何で山崎の役を変える必要があったのよ』
すずの山崎生吹を絶賛する声が多かったのは多かったが、批判する声も少なくなかった――




