第3.5話 勝率とあん巻き
1 ブルー
深夜。
地下秘密基地『ダンス・スタジオ』のモニターだけが、静かに青白い光を放っていた。誰もいない作戦室で、ブルー――怜は一人、端末に向かっていた。
カタカタカタ
無機質なキー入力音だけが響く。
モニターには無数の数式と戦闘記録が並んでいる。
・第1戦
・第2戦
・第3戦
・最新戦闘
すべてのデータが、淡々と積み上げられていた。
「……おかしい」
怜が呟く。
敵は倒している。
確かに苦戦はしている。
だが、負けてはいない。
ピンクのフリル技術は向上している。
博士も新兵器を完成させた。
グリーンも着実に経験を積んでいる。
そして何より――レッドは、誰よりも強くなっている。
なのに、モニターに表示された数字は、残酷だった。
・勝率
38% → 26% → 14% → 9% → 7%
戦うたびに、下がっている。
「何故だ……」
怜は眼鏡を押し上げた。
指先がわずかに震える。
再計算を行う。
・敵戦力
・帝国本隊
・無音結界
・新世界の扉
・未知の皇帝
すべてを加味する。
数秒後、新しい数字が表示された。
勝率――4.8%
怜はしばらく、その数字を見つめた。
「4.8%……」
笑ってしまいそうだった。
だが、笑えない。
絶望的な数字だ。
百回戦って九十五回負ける戦い。
「……勝てるわけがない」
誰に言うでもなく呟く。
モニターの光だけが冷たく瞬いていた。
怜は過去の戦闘記録を再生する。
・レッド
・ピンク
・グリーン
戦闘映像が流れる。
第1戦――レッド重傷
第2戦――フリル全損
第3戦――新型フリル破壊
毎回ギリギリ、毎回限界、毎回奇跡、怜は気付く。
勝因。
その欄に並ぶ言葉を見て、思わず頭を抱えた。
勝因――熱血レッド
勝因――熱血レッド
勝因――熱血レッド
「ふざけるな……」
AI解析の結果だ。
だが、否定できない。
敵の想定を超える要素。
・予測不能要素
・統計不能要素
そのほぼ全てが――烈火だった。
「本当に馬鹿だな、お前は」
怜は椅子から立ち上がる。
自然と足が医務室へ向かった。
扉を開ける。
そこには、机に突っ伏して眠る結衣がいた。
ミシンはまだ動いている。
途中まで縫われたフリル。
散乱した工具。
空になったエナジードリンク。
その隣に、ベッドで眠る烈火。
包帯だらけだった。
全身傷だらけ。
普通なら立てない。
いや、生きているだけでも不思議な状態だ。
「……」
怜は黙って見つめる。
その時――
烈火が小さく寝返りを打った。
「みんな……」
寝言だった。
「笑ってるか……」
怜は思わず吹き出しそうになる。
こんな状態で、そんな夢を見るのか。
「本当に馬鹿だ」
だが、少しだけ羨ましかった。
怜には理解できない。
理解できないが、嫌いではなかった。
医務室を出る。
作戦室へ戻る。
再びモニターを見る。
勝率――4.8%
その数字は変わらない。
変わらないはずだった。
2 グリーン
「まだ起きてるの?」
背後から声がした。
振り向くと、あん巻きを食べながら立つグリーン――瞬がいた。
「お前か」
「ボクだよ」
瞬は空いている椅子に座る。
もぐもぐ、とあん巻きを食べる。
自由だった。
本当に自由だった。
「何してるの?」
「戦況解析だ」
「へぇ」
興味があるのかないのか分からない返事。
怜は画面を見せた。
勝率――4.8%
瞬は数字を見て、またあん巻きを食べる。
「高いね」
「高くない」
「そう?」
「そうだ」
怜はため息を吐いた。
「百回戦って九十五回負ける」
「うん」
「絶望的だ」
「でも五回勝つんでしょ?」
「……」
怜は黙る。
「ゼロじゃないじゃん」
「そういう話ではない」
「そうかなぁ」
もぐもぐ。
瞬はあん巻きを食べ続ける。
怜は頭が痛くなってきた。
「瞬」
「なに?」
「怖くないのか」
瞬の手が止まる。
珍しく、少しだけ真面目な顔になる。
「怖いよ」
即答だった。
「怖い?」
「そりゃね。ボク、痛いの嫌いだし」
「なら」
「でもさ」
瞬は天井を見上げた。
「レッド、まだ立ってるじゃん」
怜は黙る。
「結衣っちもまだフリル縫ってる」
黙る。
「博士も何か作ってる」
黙る。
「怜も諦めてない」
怜は画面を見る。
勝率――4.8%
確かに、彼はまだ解析している。
まだ諦めていない。
「だから大丈夫じゃない?」
瞬が笑う。
気楽で、能天気で、だが不思議と安心する笑顔だった。
「根拠がない」
「あるよ」
「何だ」
瞬は最後のあん巻きを口に放り込む。
そして言った。
「みんな頑張ってる」
怜は額を押さえた。
論理性ゼロ
説得力ゼロ
数値化不能
解析不能
「非合理的だ」
「褒めてる?」
「褒めていない」
二人は少し笑った。
沈黙は、悪くなかった。
怜は再びモニターを見る
勝率――4.8%
その下に、新しい項目を追加する。
予測不能要素。
熱血レッド
スマイルピンク
スマイルグリーン
そして――
『仲間』
入力、保存。
画面を閉じる。
「帰るか」
「おっ、寝る?」
「ああ」
「健康大事」
「お前が言うな」
二人は並んで作戦室を出る。
消灯された廊下を歩きながら、怜は思う。
勝率は低い。
絶望的だ。
数字は嘘をつかない。
だが――数字では測れないものもあるのかもしれない。
「……全く」
「ん?」
「非合理的な連中だ」
瞬は笑う。
「スマイルダンサーだからね」
その言葉に、怜も少しだけ笑った。
そして二人は、静かな夜の奥へ消えていった。
部屋には、無造作に椅子へ掛けられた白衣だけが残る。
勝率――4.8%
それでも。
誰一人として、まだ負けたとは思っていなかった。
『爆音戦隊スマイルダンサー』
──次回、第4話「静寂の皇帝、その影」
戦え、スマイルダンサー!寝る前にちゃんと歯を磨こうね!!!




