表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

第三話

 丁稚奉公で大河家に来るまで私はまともに物語など読んだことも聞いたこともなかった。両親は家族の生活を維持することに躍起になっていたし、他の兄妹たちにしても幼い私の面倒は見てくれてはいたが、何か教えてくれたりするわけではなく、文字通りただ相手をしているだけだった。赤ん坊の頃の記憶はさすがにないが、物心ついた頃にはもう兄や姉たちは私の面倒さえ見てはくれず、そんな兄弟のあとをつけ回しては追い払われるを繰り返していたことは何となく覚えている。


 そんな血の繋がった家族と比べて、大河家の人たちは本当によく私の面倒を見てくれたし、神一や久美子は私のことを本当の弟のように接してくれた。私が生まれて初めて本を手にしたとき、神一は丁稚の子相手に「読みたいものがあれば好きなだけ読めばいい」と言ってくれただけでなく、私が読み書きもままならないと知ると、誰にお願いされるでもなく率先して私に読み書きを歌えてくれた。そのおかげもあって私は彼の部屋の壁一面に並ぶ本を読むことができるようになったし、気がつけば物語の虜になっていた。


 私はとにかく神一の部屋にあった物語を読み漁った。神一と久美子が何か議論を交わしていても、それに参加することなく物語を読んでいるときもあったし、そんな二人の話に耳を傾けながら神々と巫女の物語を勝手に想像したりもして、時にはその空想話を二人に話して聞かせることもあった。神一も久美子も私が話しだすとそれまで議論を交わしていたとしても中断し、聞き終えると今度は三人でその話について議論したりもした。


 その時間が私は堪らなく好きだった。巫女について二人が熱く語り合っているときは入ろうにも私は入れなかったが、私が想像した物語のこととなれば私もその議論に参加することができたからだ。それが神々と巫女の話であろうと、その話の出所が神一と久美子の会話からだとしても、その話が私の口から語られたものである限り、内容がどうであれそれは私の物語だった。二人はそんなこと気にもしていなかっただろうが、私にとってはとても重要なことだったし、神一や久美子にそんな私の物語を褒められると私自身が認められたような気がして嬉しかった。


 出兵する前日もそうだった。「甚八の物語がいつか巫女の文化をこの花町に取り戻すきっかけになるとわたしは信じてる」と久美子が言ってくれた言葉が、戦争という終わりの見えないトンネルに突然放り込まれた私に、微かな希望の光を見出してくれたのだ。


 花町に丁稚に来て間もない頃から戦争は長らく続いてはいたもの、この町で暮らす私には遠い国の出来事でしかなかった。相変わらず大河沿いのほとりでは巫女の聖地と呼ばれていただけあって、毎夜の如く巫女たちが月明かりの下で唄っては舞って神々をもてなしていたし、私たちの生活に戦争の影響は何もなく、大河家の食卓でも戦争の話が持ち上がることはほとんどなかった。


 しかし大河の上空に無数の戦闘機が姿を見せるようになったことで事態は一変した。まずは大河のほとりに神々が姿を見せなくなり、それに応じるように巫女たちも次々と故郷に戻っていくと、花町の日常は当然ながら激変し、その余波はこの町に住む私たち大河家の生活にも影響を与えた。


 巫女がいなければ仕事にならない職人たちは、巫女たちの後を追うように花町を離れていき、女中も久美子以外はみな故郷へ帰っていった。残されたのは神一の家族と久美子と私だけになり、あれだけ賑やかだった大河家の食卓は虫に食われたみたいに穴だらけで、 会話らしい会話もなくなってしまった。そこに追い打ちをかけるように神一に召集令状が送られてきて、もはや戦争の影から目を背けることはできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ