第四話
神一が出兵するまではあっという間だった。
あのときのことを思い出すと、玄関先に近所の人たちが集まってみんなで万歳をしたことや、出兵する若者たちですし詰め状態の汽車に神一が乗り込み、その後姿が完全に見えなくなるまで久美子と並んで手を振っていたことが、私の脳裏に走馬灯の如く流れるが、 それはあくまで記憶の断片でしかない。実際に私が体験したことなのか、小説に読んだ世界の想像物なのかが今の私にはわからないし、その線引きをちゃんとする自信が今も私にはない。それくらいあの頃は混沌とした時代で、そこに生きる私たちもまた正気を失いつつあったのだから、その頃の記憶が本物である確信を持つことはとても難しかった。
ただそんな中で神一と久美子が二人で一緒にいるのを見た日のことはよく覚えていた。 それが召集令状が送られてきて間もないときだったのか、それとも出兵する直前のことだったかまでは覚えていないが、二人が神一の部屋の窓際で向かい合い、夕日に照らされながら久美子が神一に魂振を渡していた光景だけは、出兵する日の記憶とほぼ同等に私の記憶に残っていた。
久美子は華奢な両手で大事そうに魂振を包み込み、その両手を神一の繊細な手がさらに包み込む。言葉を交わしている様子はなく、お互いの視線がまるで言葉以上の何かを投げかけ合ってでもいるみたいに繋がっていて、扉の隙間から覗き見ていた私にはその光景がただただ神々しく、まるで美しい絵画でも見せられているような気がした。それこそ神々と巫女の戯れを直接この目で見てしまったかのように。
あのとき偶然とはいえ、見てはならないものを覗き見てしまったのだと思い、私は足早にその場を立ち去った。だから私の存在に二人が気付いたかどうかは定かではないし、神一が出兵したその後も久美子にその話を私からすることもなかった。真実を知ることより、余計なことを口にして彼女との関係を壊したくなかったのだ。自分だっていつ招集されるかわからない以上、その残された時間を大事にしたかった。それがたとえ叶わぬ思いでも。
そしてほどなくして私も出兵した。神一のように魂振を受け取ることはなかったが、それでも久美子がかけてくれた言葉は私にとって同じだけの意味があったし、あの言葉を支えに私はどうにか戦争という地獄を潜り抜け、この土地に再び帰還することができたのだと思っている。




