25話 GETは早いもの勝ち
地平線から太陽が姿を現す。御来光である。
この世の全てがホープを祝福している。そう思えてしまうほど、今朝の目覚めは清々しく希望に満ちていた。今なら小悪党くらいは許してしまいそうだ。
全生涯を通して最高の目覚め。夏と冬の賞与が同時に来て、正月休みとゴールデンウィークと盆休みが同時に来て、なおかつ宝くじで1等を当てたのに匹敵する歓喜。
男になるとは、女性を愛し愛されるとは、かようにも男を幸福にするのだと知り、これまで幸福と無縁だった人生を神に呪う。
(おや? ゲレタがいない?)
ベッドの中はホープだけ。
(まさか夢か? あの素晴らし気持ち良い体験は夢だったのか?)
不安に襲われる。
(いや。温もりと香りが残っている。現実だ)
服を着て寝室を出る。すると一階のキッチンから料理をする音が聞こえる。胃を刺激する旨味の香りもする。ホープは流行る思いで階段を降りた。
「おはようゲレタ」
「起きたのねホープ。おはよう」
エプロン姿で包丁を握るEカップ美女ゲレタにホープは安堵した。朝日を浴びた若い肌は、神々しいまでの美貌を宿している。昨夜の激しい愛のプロレス。今までの人生でかつてないほど最大全力を注ぎ込んだ真剣勝負を思い出し、テント設営班が早朝出勤で仕事を始める。
(良かった。夢じゃない。あれは全て現実で、ゲレタは俺のものになったんだ)
「朝ご飯はもう少し掛かるの、顔を洗ったら椅子に座って待っていてね。お茶を出しますから」
「ありがとう。でも手伝うよ。こう見えて料理も後片付けも得意なんだ」
「うふふ。知っているわ。でも今は私に任せて下さいな」
これが恋する女性だ。つがいに対する愛情を献身で示すのが女性である。ホープはそれを心底嬉しく思い、ゲレタの唇に軽くキスをすると素直に従った。
朝食は手早く簡単なもので。今朝のメニューはオーク肉のベーコンとツーエッグの目玉焼き。軽くトーストしたバケットパンとアボカドっぽい果実のサラダ。
「ゲレタの作ってくれる食事は全部美味しい」
「おほほ。ホープったら急に変わりすぎよ。男の子の成長は嬉しいけれど、背伸びは駄目」
男女の仲は肌を重ねると、ネオジム鋼マグネットの如く着いて離れなくなる。(必ずではなのでご注意下さい)
ホープとゲレタも例に漏れず、朝からイチャラブするのだ。
「背伸びに見えるかな?」
「ちょっとだけね、不自然だわ」
「なら、呼び方をさん付けに戻そうか?」
「それは駄目。他人行儀はやめて」
「だよな、ゲレタ」
「ん。ホープ」
ちゅ♡
朝から甘々の稲妻。恵まれない者が目撃したらきっとぶっ殺す。絶対に潰す。ほら、噂をしなくてもすぐ側に。
ピンポーン! ピンポンピンポンピンポン! ピンポーン!
「開けろゲレタ! 子犬の飼い主様が来たぞ! 早く俺の子犬を解放しろ!」
「ゲレタ様鍵を開けて! お願いだから中に入れて下さい!」
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
ベラとミリアが朝一番で襲撃。近所迷惑なので仕方なく家へ入れる。
「うるさいわねベラ。ぶっ殺すわよ」
若返ったゲレタの口調は相手によってはキツかった。特にベラには遠慮がない。付け加えれば女の余裕がベラに対してマウントを取っている。
「はっ! なんか空気が違う。アレの匂いがする。ま、まさかゲレタ、俺の子犬と……」
「おほほ! ご想像のままに」
「うわぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!」
ベラは膝を付いて床を叩いた。ドンドンドン! 床が抜けるからやめろ。
「なに? なに? なんなのよ?」
不通女のミリアには理解不能。ただ昨夜に別れた時と違うホープとゲレタの雰囲気は何となく分かる。
(ホープが男らしいわ! ゲレタ様も色っぽいわ! 2人の間に入りづらいわ!)
本人の関知しない場所でミリアの女王様計画は終わった。
「せっかく来たのだから朝食を一緒にどうぞ。良いわよねホープ」
呼び捨てである。ホープも「良いよ」とタメ口である。ミリアは何やらモヤモヤとする。
ベラはゲレタを睨みながらヤケ食い。
(俺の子犬なのに。ゲレタがババアのままなら俺の子犬になったのに! 発情ババアが若返った途端に手を出しやがって! だから女は嫌いなんだ!)
胃袋がアイテムボックスかと疑うくらい食べる。あまりに遠慮がないのでゲレタは食費を請求する事を決めた。
そうしてちょっとだけ違和感のある食事を終えてお茶でまったりしていると、呼び鈴が鳴って来客が現れる。
ミリアが気を使って出迎えると、現れたのはマーガレットと警備隊長と態度の悪いクズダスである。
ミリアは不貞腐れたクズダスに警戒心を持った。昨日の今日だ、反省した様子もない。家に入れていいものか? 逡巡しているとホープとゲレタとベラが玄関まで足を運ぶ。
「おう、ホープ。昨日は散々だったな」
マーガレットはいつも通り。警備隊長はゲレタとベラに頭を下げて、クズダスはそっぽを向いていた。
「おはようございますマーガレットさん。昨夜はありがとございました」
「間に合って良かったぜ。あの後ロドリゲス市長の執務室を警備隊が徹夜でガサ入れしてな、そうしたら俺達が考えていた以上にヤバかった」
「へえ? なんです」
逃亡したロドリゲス市長。証拠隠滅を防ぐために執務室と自宅を捜索すると、市長と盗賊団の繋がりを示す証拠が発見されたと言う。
「あの盗賊団はもっとデカい盗賊団の分遣隊だった。ロドリゲスは奴らに男爵領の情報を流して見返りを得ていたんだ。警備隊が後を追っているが、何処に逃げたのやら」
クズダスを利用して領の敵意を彼に向けさせ、裏でコツコツと悪事を働いていたロドリゲス。それを知ったクズダスは憎しみを燃やし、さらに不貞腐れる。
「まあそっちは警備隊の仕事だ。俺の用事はこいつ、クズダスだ。ホープの子分になったからな、お前が面倒をみろ」
クズダスの背中を叩いて前に押し出すマーガレット。ホープは目を合わせないクズダスと向かい合った。
「おう、クズダス」
「……けっ!」
「治療はしてもらったな。なら早速仕事だ」
「あっ!」
顔を上げてホープを睨むクズダス。
「俺は勝負に勝った。だからお前はこれから一生子分だ」
「ふざけんな、俺様は男爵の息子だぞ! お前みたいな浮浪民のガキの言いなりになんてなるかよ!」
クズダスは納得していない。これまでがそうであった様に、これからも親の権力を持ち出せば我儘が通ると信じて疑わないのだ。ホープはそんなクズダスを悲しい想いで睨み返した。
(さて、どうやってクソガキを更生するか?)
前世のホープにはDQNを更生させた経験など皆無。食品製造会社で部下を持ってはいたが、働かない不良社員は無視すれば自然淘汰されるので、更生以前の話。結局は自分自身が社畜して、同じ社畜部下を回していればそれで良かったので、ある意味楽であった。
(勢いで子分にすると言ってしまったし、野放しには出来ないよな)
人を導くのは生半可な覚悟では無理。取り敢えず上手い言葉でも掛けるかと思案していると。
「ちょっと良いかしらホープ」
「ゲレタ?」
今までホープの後ろで沈黙を守っていたゲレタがクズダスに向かい合う。クズダスは気絶していたのでゲレタが若返ったのを知らない。彼からすれば、見知らぬ美女が突然現れた事になる。そして若い性欲でドキドキする。
「なんだお前。俺様に惚れっ」
バッシッーン!
「おげあっ〜!」
神速のビンタがクズダスを襲い、三回転半して玄関前の地面に倒れた。冬季オリンピックなら金メダル確実だ。
「うべぇぇ〜! 痛ぇ〜! 何なんだ女!」
喋れる程度には手加減している。本気なら頭が弾けて消えている。そうとも知らず、痛む頬を押さえてゲレタをに敵意を向け、上半身を起こすクズダス。
「私が誰か分からない?」
「し、知らない!」
「あらそう。私はあなたの言う所の汚い白髪ババアよ」
「えっ?」
見下ろしているのは長い銀髪でEカップの17〜8歳の美女。汚くないしババアでもない。むしろ大人の色香とエロスと魅力が迸っている。クズダスは混乱してしどろもどろ。
「秘薬の力で若返ったのよ。おほほ」
老女の時と異なり、手の甲で口を隠すお嬢様風の高笑い。
「そ、そんな馬鹿な……」
「馬鹿はあなたです。私はあなたが大好きな権力者、ゲレタ・リーフフィールド名誉伯爵。そしてホープは私の大切な人。逆らう事は許しません」
「ひぇっ!」
ゲレタの笑顔は昨夜と同じ。雪のように柔らかく冷たく殺気に満ちていた。クズダスは恐怖でパンツがちょびっと濡れてしまう。
「分かりましたか?」
「は、は、は、は、」
「分かったの?」
「ひい、ひい、ひい」
「もう一発いくか? え?」
「ひいっ〜! 分かりました〜!」
クズダスの心は折れた。目には目を。DQNには力を。これが正しいやり方である。
「さあホープ。後はお好きに」
「う、うん。ありがとうゲレタ」
ホープは母親から受けた虐待のトラウマで凶暴な女性が苦手である。ゲレタは凶暴ではないが底知れず怖い。ベッドの上ではあんなに魅力的だったのに、朝になったら違う人。
(俺は選択を間違えていないだろうか? もしかして、逃げられない底なし沼にハマってはいないだろうか?)
まあ気持ち良かったので、そんな後悔はさておき。
「クズダス。これから冒険者登録をしてもらうぞ」
「ぼ、冒険者?」
「冒険者になって街の雑用依頼を受けるんだ」
「な、なんで俺様が……」
「クズダスって名前も生意気だね。これからはお前はダストだよ」
「ダストって、なに?」
「俺の故郷の言葉でゴミを現す。罪の償いが終わるまでダストだ」
「え、嫌だ……」
「実家に帰る事も許さない。ベラの宿屋で自活しろ」
「ベラって、ベラリケスバスマチス?」
クズダスは腕を組んでロリロリしているベラを見る。外見はバチクソ可愛いが、中身は『厄災』である。流石に馬鹿のクズダス改めダストも知っている。
「子犬が言うなら泊めてやる。ただし、宿代の支払いが遅れたら雑巾の様に絞って殺す」
「ひいっ〜!」
比喩ではなく、ベラなら物理的に可能。ダストは絞られて死ぬか、黙って従うか。今まで自分が借り物の権力を振るってやって来た事の跳ね返りを受けた。
「行くぞダスト」
ほっぺたを赤く腫らして蹲るダスト。ホープは腕を掴んで無理やり立たせる。
「……ちくしょう、ちくしょう」
情けなく惨めな姿だった。権力者の息子、我儘放題、向かう所敵だらけ。我が世の春を謳歌していたはずなのに、たった一晩で悲壮感漂う転落人生のイケメン青年。それを見るミリアの体に奥に、何やら赤く燃える何かがあった。
(ダストを見てると無性に虐めたくなるわ。蹴っ飛ばして踏みつけて椅子代わりにして、私の奴隷としてコキ使いたい。あぁ、下腹の奥がジンジンする〜!)
この時ミリアは、ホープの身代わりとなる何かを見付けた。
「待ってホープ、私も行くわ」
「ミリアさんも雑用仕事ですか?」
「違うわよ。ダストの調教を手伝ってあげるのよ。有り難く思って感謝よね」
「はぁ? そうですか」
ミリアの気分は上向いた。ホープ的には大助かりであり、ダスト的には苦難と歓びの始まりとなるのだ。
「行ってくるよゲレタ」
「いってらしゃいホープ」
今夜もここに帰るのだ。もうベラの宿屋には帰らない。これからあの場所はダストの帰る場所になるのだから。
ホープはゲレタに軽くキスする。誰憚る事もない、むしろ見せ付けて2人の仲を街の公認にしてしまえば良い。ベラ以外はきっと祝福してくれるだろう。
「マーガレットさん、お願いがあるのだけど」
「はい。聖女さま」
ホープ達と一緒に冒険者ギルドに向おうとしたマーガレットを呼び止めるゲレタ。一通の手紙を渡す。
「これをボンレス男爵に大至急。お願い出来ます?」
リーフフィールドの印で蝋封された正式な手紙。つまり名誉伯爵から男爵への書簡だ。
「畏まりました。大至急かつ確実に届けさせます」
「頼みます」
数日後。ボンレス男爵は隠居を発表する。家督は長男が受け継ぐ事となり、これによってダストは貴族から平民へと落ちた。これでスタットの街もボンレス男爵領も平穏になるだろう。
次回最終話の予定です。
なろう連続投稿チャレンジの日程を勘違いしていたので投稿スケジュールが狂ってしまいました。かと言って、今更リワード欲しさに週一投稿してもアレなので、数日中に最終話を投稿致します。読者の皆様もう少しだけお付き合いお願いします。




