24話 壁を超える。そしてステーキを食べる㊦
5センチ厚のステーキ食べてみたい。
500グラムのステーキを独り占めしたい。
焼き加減はミディアムレアが良い。外はこんがり中は桜色。
肉汁は真夏の陸上部女子の汗みたいに止め処なく表面から吹き出して、ナイフで切ると熱々の鋳物ステーキ皿に肉汁が零れてジュワジュワと音を立てて飛び散る。
最初の一口はソースを付けずに。塩コショウのみで肉の味を楽しむ。カミカミカミカミカミカミカミカミカミカミカミカミ。
世の中では柔らかい牛肉が持て囃されている。
脂による『サシ』が入った霜降り肉だ。
口の中に入れた途端、甘い脂は口内の体温でとろける。
残された赤身の部分は非常に柔らかく、ほとんど噛む必要もなく喉の奥、それから胃へと堕ちていく。
世の美食家は言う。牛の霜降り肉こそ至高であると。
「モグモグ、モグモグ。美味い! 噛めば噛むほど旨味が出る。やっぱり霜降り肉より赤身だ!」
「ほほほ。気分の良い食べっぷりだこと」
ホープは槍牛という魔物牛の肉を堪能している。
野生の魔物牛である。生きる事=筋トレだ。なので肉質は脂が少なく赤身がほとんどであり、肉の磨き工程で筋は除去されているが、全体的に筋肉質で硬い。
「俺は霜降り肉より食べ応えのある赤身が好きなんです。肉の栄養は赤身の中に詰まっていますから」
「その通りね。脂の多いお肉は健康なお肉とは言えないわ」
最高級の霜降り牛肉とは、出産経験のない若い雌牛だ。
上質な牧草をふんだんに与え、運動は最小限にして、いわゆる若年肥満の状態に人為的に育てたのが至高の美食である霜降り肉だ。
牛肉には赤身にも脂肪にも良い栄養素が詰まっている。
鉄分、亜鉛、ビタミン、オレイン酸、その他。
柔らかい霜降り肉と噛み応えの赤身。どちらを取るかは好みである。どちらも美味なので、人それぞれ好きな方を食べれば良い。
ただし、タンパク質は脂には含まれていない。筋肉の元となり、育ち盛りの体を作るタンパク質。今日一日散々な目にあって、血の足りないホープの若い肉体がどちらを求めるのか。それは明白だ。
「ゲレタ! お代わりをくれ!」
「ベラ、あなたは遠慮を覚えなさい」
「遠慮はしてる。肉が美味いのだ!」
偽装ロリの男の娘ベラが500グラムのステーキを平らげて、もっと寄越せとゲレタに迫る。彼は見た目に反して健啖家である。そもそもハーフエルフの平均寿命は500年と言われていて、112歳のベラはエルフ界隈では少年と言える年齢であり、つまり食べ盛りなのだ。
「ゲレタさん、俺もお代わり良いですか?」
「あら、ホープさんもなの? そんなに食べてお腹は大丈夫?」
「とても美味しいから平気です。300グラムでお願いします」
「まあ。うふふ。分かりました」
ゲレタは自分の食事を中断してキッチンに立った。
10代の体は、とても軽くしなやかで痛みなど微塵もない。包丁を握り肉を切る手にも、鉄のフライパン握って肉を焼く手にも、朝とは違う確かな力が宿っている。
「ゲレタ様、私も手伝います」
「お願いね、ミリアさん」
ミリアは付け合わせの野菜を準備。茹でたニンジンとブロッコリーと素揚げしたジャガイモ。
「ふふふ。とても楽しいわ」
ゲレタは思う。
大勢で食べる食事はなんて楽しいのかと。
好意を持った男の為に作る料理はなんて楽しいのかと。
若返った肉体は青春を取り戻すだろう。
若返った肉体はゲレタの望む幸せを実現するだろう。
相手がいる事なので、100%思い通りには行かないだろう。
けれどこうなったからにはホープを逃がすつもりはない。本人も責任を取ると宣言した。
夫は他界、息子は独立して家庭を持ち孫までいる。自由で気ままなお一人様なのだ。第2の人生を謳歌するのに遠慮などあろう筈もない。
「ずっとニコニコですね。ゲレタ様」
「やだ、私ったら。でも楽しくて仕方ないの。うふふ」
フライパンに牛脂を溶かす。それから生のニンニクスライスを炒める。ニンニクがキツネ色になる頃、香りと芳ばしさが脂に溶け出した合図。ニンニクが焦げると台無しなので一旦取り出して、本命肉の投入である。
5センチ厚の肉は側面から焼く。そうすると旨味汁が逃げるのを防げる。次は面を焼く。強火で焼き色を素早くつける。大体1分前後。それから極弱火にして3〜5分。ひっくり返して同じ工程。
ちなみに、焼く時にフライ返しで肉を押す人がいる。ジュウジュウと脂が染み出して美味しい香りと共に跳ねるのを、良い事だと勘違いしている人達だ。実際は焼いている途中に肉を押してはいけない。せっかくの旨味が絞り出されてしまうからだ。肉の焼き加減はプロになれば、色と音と香りで分かる。その時が来れば、自ずと肉は「今だよ! 僕が美味しいのは今だ!」と教えてくれるのだ。だから無闇に肉を弄らず、目を見張り、耳を傾ければ良い。最高の焼き加減は肉の望むままに。
焼き上がったらフライパンから降ろして、ホオゥの葉と言うアルミホイルの代わりとなる大きな葉で包んで休ませる。ホオゥの葉は大きく分厚く内部に気泡があり、発泡スチロールのように断熱効果がある。さらには葉から分泌する化学物質によって抗菌と爽やかな臭い付けも同時におこなえる。簡単に取れて、捨てても環境に帰る。自然からの素晴らしい贈り物だ。
「さあ、焼けました。今度はオニオンソースを試してみたらどうかしら?」
「最高ですゲレタさん。自家製のオニオンソース、もちろん頂きます」
「俺にも! 早くくれ!」
「あらあら、はいはい」
その夜。ホープはステーキを800グラム平らげた。他にも付け合わせの野菜、マッシュポテト、米、パン。合計で1.5キロを胃袋に納めた。ベラは倍の量を胃袋に納め、ぽっこりと張ったお腹は妊婦を連想させた。
そして食後。
「もう夜中だわ。ホープさん、今夜は家に泊まっていって」
「え?」
食事のお茶を啜っているとゲレタがそうしろと言う。部屋は余っているから大丈夫。ベッドは清潔を保っているから大丈夫。ベラとミリアは帰らせるから大丈夫と言う。
「疲れたでしょう。是非そうして」
「でも、若くて綺麗な女性の家に男が1人で泊まるなんて」
ホープは悩む。
泊まりたい。もの凄く泊まりたい。今からベラと2人で安宿に帰っても、待っているのは汚いお古の毛布と冷たい部屋。それに比べてゲレタの家は清潔で居心地が良い。それに何より、若返ったゲレタの美しさは若い男の欲望を掻き立てるのだ。夜も遅いし、体も疲れているし(薬草茶を飲んで疲れていない)お腹も満たされて動くのが億劫。泊まるか? それが最善か? 悩んでいると隣のベラが騒ぎ出す。
「子犬が泊まるなら俺も泊まる! 飼い主だから当然だ!」
するとミリアも便乗。
「私も泊まりたいです! こんな夜中に若くて可愛い女の子が1人で街を歩いていたら危ないですから!」
ゲレタの家に部屋は3つ。夫婦の寝室と、独立した息子の部屋と、空き部屋だ。ホープとベラが男同士で一緒に寝れば泊まれない事もない。ベラの本性を知る前のホープなら間違いも起こっただろうが、今なら大丈夫。間違いは起こらない。
いける。泊まれる。ベラもミリアも半ば確信していた。
「2人とも、今夜は遠慮して下さる」
「「なんでっ!!」」
2人の声が被る。そして食い下がる。
「差別だ! 美少年ハーフエルフ差別だ! ロリショタ代表として断固として抗議する!」
「差別よ! 美少女差別だわ! ネジに対する冒涜だわ! パパに言い付けてやるんだから!」
ゲレタは2人の反論を黙ってニコニコと聞き流した。
およそ10分間、疲れた2人の言葉が途切れた瞬間を見計らってピシャリ。
「本日は本当にお疲れ様でした。ではお引き取り下さい。良い夜を。また明日」
「「あっ〜〜!!」」
ゲレタは無理矢理2人を家から押し出して、ガチャリと鍵を閉めた。
「あらあら、まあまあ、どうしましょうホープさん」
「な、何がですか?」
強引なゲレタに戸惑うホープ。
「2人がどうしても帰ると言って、私達だけになってしまいましたね」
「え? いや、いまゲレタさんが……」
「あの2人が気を利かせるなんて珍しい。何だか恥ずかしいわ」
「ゲレタさんが追い出して……」
「もう寝ましょうかホープさん?」
「……はい」
強引なゲレタである。何かを決意した女の態度である。何かを感じ取ったホープは戸惑いながら何かを期待せざるをえなかった。
「ホープさんここで寝ましょう」
「だ、駄目ですよ!」
案内されたのはゲレタの寝室。
清潔で整理整頓された室内。控えめだがセンスの良い家具にカーテン。ほんの少しだけ置かれた少女趣味の愛らしい小物類。そしてふかふかのダブルベッド。
かつて夫と共に使っていたであろうベッド。
そこで夫婦の愛が育まれていたであろうベッド。
若返った元人妻。若返った未亡人。若返った美女。
ゲレタはホープに1つのベッドで1つになろうと誘う。
「女の子に恥をかかせるのかしら?」
ホープがゴクリと唾を飲み込む。
女へと戻った妖艶なゲレタ。
限度を超えて美しいゲレタ。
お胸が立派に大きくて素晴らしいゲレタ。
老女の時から好感度がMAXだったゲレタ。
ゲレタが若返りの秘薬を飲んだ時から密かに期待していた展開である。予想を超えた早急な展開である。しかし人生最大のチャンスでもある。
「あの、実は俺、初めてなんです」
「そうなの。なら私が初めての相手ね」
「そうなります。だから、うまく出来るか不安です」
「あら、うふふ。それなら私も同じ。だって何十年ぶりなんですもの。やり方を忘れてしまったわ」
ゲレタが微笑む。心を許した相手だけに向ける女の顔で。
それを見てホープの理性は吹き飛んだ。戸惑いより本能が勝り、ゲレタを自分が独占したいと強く思う。すると思考より先に感情で手が出ていた。ゲレタを抱き寄せて胸に抱き、テント設営班が緊急最大出動で全力のテント設営を開始する。
「ゲレタさん。夢中になって乱暴になったらすいません。痛かったら言って下さい」
「大丈夫。私、体は丈夫なの。若返って十倍丈夫になったから、全部好きにして大丈夫よ」
「ゲレタさん!」
「ホープさん♡」
これ以上を書くことはルール的に許されていない。なので想像力を膨らませて欲しい。
心は大人。体は若者。そんな男女がベッドの中で何をするのか、目を閉じて瞼の裏に浮かべて欲しい。
とにかくこの日。ホープはイケメンDQNを倒して男の壁を1つ越えた。そしてステーキを食べた。
夜は夜で、別のステーキを余すことなく堪能して、これまた男の壁を1つか2つ越えた。
かつて実の母親に求めて与えられなかった愛情。
女性の温もりと包容力が男にとってどれ程大切なものなのか。ホープはそれを身を持って思い知った。
一度知ったらやめられない止まらない。
夜は短くて長かったのである。




