23話 壁を超える。そしてステーキを食べる㊥ 3
「皆さんこんばんわ。初めての方は初めまして。私はお馴染み、お祭りで勝手に実況をするのが大好きな素人。アナ・ウンサです。ここは警備所前、今夜唐突に始まったスタットの街を揺るがす大事件。その決着の時が今まさに近付いております」
警備所前に集まった数千人の市民はいつの間にか輪になって、人の肉壁によるリングを自然と形成していた。
中心にいるのは薄汚れたホープと、世の中への身勝手な憎しみを燃やすクズダス。2人は向かい合い、互いに欲しい物を掛けて、ガチンコ勝負の火蓋を開けようとしている。
それを実況しようとする謎の男、アナ・ウンサが勝手に用意した長テーブルに座り、魔導マイクを手に口を動かす動かす。
「解説は定食屋の店主ポピーさんです。よろしくお願いします」
「ぶじょねんだがらんぼるやぶんだがや〜!」
「なるほど。ありがとうございます」
ホープのセコンドにはゲレタとミリア。
クズダスのセコンドは護衛のビアンゴ。
審判はマーガレットが務める。
ベラは群衆の間を駆け回って、何故か賭けの参加を大声で呼び掛けていた。
「どんどん賭けろ、早く賭けろ! もうすぐ締め切るぞ! オッズは6対4、クズダスがやや優勢だ! ほら賭けろ賭けろ! 俺の子犬に賭けろ!」
ベラはケチな上にお金を貯め込んでいると専らの噂だ。
Sランク冒険者の収入と素材の売却金と宿屋の利益。相当な金額になるはずだが本人の生活は至って質素であり、ゴミ屋敷で腐っパンを食べて日々を生きている。お金は使わずに貯め込むのが好きなロリショタだ。
ホープ対クズダスの賭けも速攻無許可で始めた。何から何まで手慣れたもので、この手の経験の豊富さが伺い知れる。伊達に112年生きてはいない。
「さてポピーさん。クズダスがやや優勢との事ですが、理由を教えて頂いても?」
「ぶらんだかざぼぉじゅたかぼん〜!」
「なるほど。クズダスは護衛に寄生してレベリングをおこないレベルが10。しかも弱者を殴るのが好きでスキル徒手空拳もレベル1あると。では成長値はどうですか?」
「でぃっ〜!」
「ほう。最低値ですね。手元の資料ではホープ少年の成長値もD。レベルは6で素手系の戦闘スキルは無しと。これは圧倒的な不利だ。オッズ的に8対2でも良いのでは?」
「ががらんばらっしゃっ〜!」
「そうですね。クズダスは絶対的な嫌われ者でした。このオッズはホープ少年への期待と同情も加味された結果です。それに勝負は時の運とも言いますし、私も個人的にホープ少年を応援しましょう」
解説が終わる頃に賭けも締め切ら切られる。
どちらが勝とうと胴元のベラは手数料で儲けるのだから笑顔が隠せない。ホープの下に走り、自分が子犬のようにじゃれつく。
「子犬頑張れ、負けるな子犬!」
「鬱陶しいな。離れろよ守銭奴」
「やだ! もう二度と子犬を離さない!」
「子犬じゃね〜し。ベラの方が子犬っぽいわ」
「黙れ生意気な子犬め。チュ〜しろ、チュ♡」
「唇が柔らかい!」
いちゃつく2人。ミリアが割って入ってベラを引き剥がす。
「大事な勝負の前なのよ! 離れなさいよ偽装ロリ!」
「むごっ!」
邪魔者ベラがブレイクされる。するとゲレタがホープに向かい合う。薬草では治りきらない顔の痣を、憂いを帯びた表情で優しく触れる。
「助けが遅れてごめんなさい。痛かったでしょう」
「ゲレタさん、ありがとうございます。正直、痛くて怖かったですけど、皆さんが助けに来てくれたので大丈夫です」
「ホープさんは強いのね」
ゲレタの瞳は先ほど「汚いババア」呼ばわりされた時と180°異なり、慈愛に満ちていた。
「強くないです。それよりも、俺のために街の人達が沢山立ち上がってくれて、本当に嬉しいです」
「ああ、それはね、クズダスが嫌われ者だからよ。親の権力を傘に着て、迷惑行為を繰り返せばいつかはこうなるの」
「そうですか。自業自得だけど、少し悲しいですね」
「悲しい?」
「寂しくて構ってもらいたい気持ちは分かりますから」
伏し目がちに肩を回し、準備運動しながら何処か訳あり感を漂わすホープ。
浮浪民の子供にしては礼儀正しく教養があり、人が嫌がる仕事も黙ってコツコツとこなす働き者。なかなか得難い人材であり、訳ありなのは間違いないのだが、ゲレタは言葉の意味をこの場で深く聞こうとは思わなかった。代わりに回復魔法で傷付いた体を全開に癒やそうと手をかざす。
「あ、待って下さい」
「どうなされたの?」
「回復は勝負の後でいいです。どうせ殴られてボロボロになるので」
「でも、このままではフェアとは言えないわ?」
「良いんです。今はゲレタさんの優しさだけ頂きます」
魔法発動が途中であったゲレタのしわがれた手を握って微笑むホープ。そして見つめ合う2人。ゲレタの頬が微妙に赤らんでいた。
対照的に数メートル離れた対戦者クズダスはといえば。
「一応護衛の義務だからセコンドに付くけどな、坊っちゃん」
「なんだビアンゴ!」
クズダスは終始イライラしている。(自分がどうして?こんな目に遭うのか)そんな気持ちが押さえられないのだ。
「あんたが勝っても負けても、俺はここで降りさせて貰うぜ」
「なんだと!」
「前々からよ、坊っちゃんが最後の一線を超えたら縁を切るつもりだったのさ。今回街の連中が助けに来なかったら結構ヤバかっただろう?」
「そんな事はない! あのガキが素直に秘薬を渡せばそれで済んだ話だ!」
「俺はそう思わない。ロドリゲス市長は秘薬のために小僧を殺る気だったし、坊っちゃんは自分が主導権を握っているつもりだろうが、実際は承認欲求を満たすために周囲から都合良く使われてる。市長が殺れと言ったら殺っただろう」
「黙れビアンゴ! 俺は市長の言いなりになどならない! あの野郎、伯爵の名が出た途端に逃げやがって、絶対に許さない」
姿を消したロドリゲス市長。警備隊が追っているが果たして捕まるかどうか。
「そういう関係だったのさ。坊っちゃんの取り巻きだって同じだ。甘い汁を吸えなくなったら簡単に見限るぞ」
「うるさい! うるさい! うるさい!」
「勝負に勝って秘薬を手に入れても、どうやって捌くんだ?」
「おぁっ?」
「伝も知識もないお坊ちゃんが、過ぎたお宝を持てば恰好の獲物だ。ホープの小僧がそうだったようにな」
「ふざけるな! 俺様は男爵の息子だぞ!」
「実家に頼るのか? 取り上げられて終わりだな。男爵家からすれば、労せずして秘薬が手に入って万々歳だ。ご苦労さん」
「ビアンゴてめぇ〜!」
ビアンゴの胸倉を掴むクズダス。力一杯怒気をぶつけてみるが彼はビクともしない。
「まあ頑張れよ」
クズダスの手を振り払い、背中を押して送り出した。
「くそう! どいつもこいつもぶっ殺してやる!」
準備は整った。マーガレットは手ぶりで両者を呼ぶ。
「この勝負の勝者は若返りの秘薬を得る! クズダスが負けた場合はホープの子分となる! 良いな!」
ホープは無言で頷き、クズダスはただ睨む。
「証人はギルドマスターのマーガレット。そして集まった市民達だ! ルールは2つ、素手である事。そして相手を殺さない事! 良いな!」
マーガレットのデカい声が街に響く。
「やってやる! 早く始めろ!」
「マーガレットさん。いいです」
2人は構えた。
クズダスは素人構え。
ホープは両拳を顔の高さに上げて顎を引く。左脚を前へ、体を半身にしたボクシングスタイル。留置場でビアンゴに指導を受けたのだ。
見守る人々の緊張と熱気が最高潮に達する。
マーガレットは天に向かって両手をクロスさせた。
「始め!」
「うおぉぉぉ〜! 死ねぇガキ〜!」
クズダスが拳を振り上げて飛び出す。分かりやすいテレフォンパンチだが、レベル差とスキルによってホープには速く映る。
ドン! とクズダスの拳がホープの左腕に当たる。
重い。構えを教わっていなければ蹌踉めいていただろう。ホープの顔が歪む。手応えを感じたクズダスは連続でパンチを打つ。どれも大振りなテレフォンパンチだ。なのに躱せない。
(落ち着け俺。クズダスを良く見るんだ。怖くない、怖くない)
ホープはガードをの上から何度も打たれた。
高レベルの者から見れば退屈な子供の喧嘩だが、本人達からすれば激闘である。反撃しないホープにクズダスは調子に乗り始めた。
「おら! どうだ! 分かったかガキ! これが俺様の力だ! 倒れろ! 死ね! 秘薬を渡せ!」
「ぐっ! がっ! おうっ! げはっ!」
ホープは裂傷を負った左手を強く握り込んだ。薬草で応急処置しただけの薄皮が破れ、再び血が溢れ出し、ゲレタは小さく悲鳴を上げる。
「ホープさん、もうやめて」
恋する女の声だ。惚れた男を案ずる女の顔だ。60歳を超え、夫を看取り、成人した息子までいる老女。今さら少年相手に恋なんてと、自分でも不思議に思うが想いは止められない。
(今すぐホープさんを助けたい。私ならクズダスなんて指先1つで冥界へ送れるのに、見守るしか出来ないなんてもどかしいわ)
胸の前で両手を組み、ひたすらホープの無事を祈る。
ベラもミリアも。マーガレットもポピーも。農家のアンダーソン一家も土建屋の親方達も。ホープに金を賭けた全ての人々が手に汗握り祈るのである。
「はぁ、はぁ、はぁ。頑丈な奴だ。いい加減で倒れろや!」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ。お前こそ、息が上がってるぞ」
「どぅぁぁっ〜! ふざけんな〜!」
殴られ蹴られ、それでもホープは構えを崩さない。もっと言えば、体がクズダスの正面を向いたままブレていない。ホープはこの時、ビアンゴから教わった喧嘩必勝法を愚直に実行していた。
『良いか小僧。どれだけ殴られても構えを崩すな。横を向くな、まして背中を向けたらそこで終わりだ。常に相手を自分の正面に捉えろ』
ホープは言われた通りにクズダスから目を逸らさない。拙いながらもクズダスを中心にして、円を描くように脚を運ぶ。戦闘の極意の1つ、円の動き。
『急所を打たれなければ人間は意外と丈夫だ。痛みは我慢しろ。痛みで動けないなんて甘えだ。動けないってのはな、筋肉が断たれて、呼吸が止まり、意識が刈り取られる事だ。だから急所を守れ。そうすれば倒れない。立っている限りチャンスは来る』
左手の流血は腕を伝って地面を濡らす。体はアザだらけに逆戻り。ドス! グチャ! と肉を叩く音が絶え間なく聞こえ、人々は凄惨な暴力に興奮が冷めていく。
『それとな、一番大事なことはだ。自分でルールを作らない事だ。戦いは与えられた条件の中でなんでもやっていい。これは駄目、あれは出来ない。それは自分で自分を縛っているだけだ。最低限のこれは許されない以外、何でもやれ。それは卑怯でも何でもない。殺し合いは綺麗事じゃ語れないんだからな』
殴り疲れたクズダスが肩で息を始める。大きく口を開けて腕も下がっている。ノーガード。ホープはこの瞬間を見逃さなかった。
(今だ! 喰らえクズダス、これが俺のやり方だ!)
ホープは血塗れの左手を開く。それからジャブの要領でクズダスの顔面目掛けて手を振った。
「わっ! ぐっぷっ! こいつ!」
左手はクズダスに届かない。しかしクズダスは目を閉じて顔を背けた。何故か? ホープが狙ったのは目潰しだからだ。自らの血を飛ばしてクズダスの視界を奪ったのだ。このためにゲレタの治療を断っていたのである。
『喧嘩ど素人の小僧が勝つために出来る事は少ない。いいか、チャンスが来たら相手の髪を全力で掴め。戸惑うな、遠慮なんてクソ喰らえ。勝たなきゃ自分が殺されるんだ。何でもやれ! 相手をハゲにするつもりで掴んで離すな!』
無事な右手で怯んだクズダスの金髪を掴む。腕に力を込めて、クズダスの頭を自分に引き寄せる。
「きゃぁぁ〜! 痛い! 痛い! 離せバカ! 卑怯だぞ!」
人間は髪を掴まれると弱い。本能的に痛みから逃れようとして、意識がそこに集中してしまう。余程の喧嘩自慢でない限り、有効な防御も反撃も出来なくなってしまう。故にルール無しの戦いが身近な人間は髪を短くするのだ。ただしマーガレットのハゲは本当のハゲ。
叫ぶクズダスを無視。血に塗れた左手も使って両手でクズダスの頭を抱え込む。そして。
『膝蹴りだ。顔面目掛けて膝蹴りを叩き込め。脚の力は腕の3倍あるんだ。小僧とクズダス程度のレベル差なら十分に通用する。止まるな、休むな、良心を捨てろ。相手が崩れ落ちるまで顔面を膝で打ちまくれ!』
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜!!!」
「ぶべっ! ごばっ! うごっ! べへっ! どおっ!」
ホープ最初で最大の反撃。
始めは膝蹴りを腕でガードしていたクズダスである。けれど、5発、6発、そして7発目で腕の力が抜ける。その隙間にホープの膝が鼻に直撃する。
「ぶべぇっ〜!」
「まだまだ〜〜〜!!!」
8発。「ぐごっ!」9発。「あべっ!」10発。「にゅるん!」11発。「とびっしゅっ!」12発。「じゅべしっ!」
「だぁぁぁぁっーーー!!!」
「ぶしょらんばらがらやっ〜〜〜!!!」
ホープの膝がクズダスの前歯を折った。口と鼻から血が飛び散り、クズダスの脚から完全に力が抜け、重力に従って崩れ落ちる。それでもホープは金髪を掴んだ手を離さない。意識を失ったクズダスの顔面目掛けてさらなる追撃を加えようとした。
「それまで〜! やめろホープ! お前の勝ちだ!」
マーガレットが割って入る。巨大な体で2人を引き離すと、クズダスは枯れ枝のように地面に横たわった。
「良くやったホープ。決着は着いた」
「はぁ、はぁ、はぁ〜」
酸欠寸前。ホープは言葉を発する事もできず、マーガレットの顔を見る。
「大した奴だ。俺の見込んだ通り、ホープの根性は本物だ」
「……マーガレットさん」
マーガレットはホープの右手を持ち上げて叫んだ。
「勝者ホープ! 若返りの秘薬の正当な所有者はホープ! そしてクズダスは一生涯ホープの子分だ〜!」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ〜〜〜!!!」」」
大歓声が巻き起こった。数年間の長きに渡り、ボンレス男爵領を悩ませて来たDQNクズダスが成敗された。その喜びに人々の抑圧された不満が解放されて、歓喜の歓声となって夜の街に轟き渡る。
「子犬〜! 信じていたぞ〜!」
ベラが体当たりしてキツく抱きついた。
「痛い! 離せ! 離せ!」
「流石は俺の子犬! チュ♡ チュ♡ チュ♡」
「ばい菌! ばい菌! 傷にばい菌が入る!」
ミリアもホープの肩をヤンキーホールド。顔が近い。
「やったわねホープ! これであなたは私の下僕よ!」
「な、なんで? 下僕は嫌です! 離れて下さい!」
「離さないわ! 私達はパーティーでしょ!」
「臨時、臨時! 解散予定!」
「なんでよ!」
騒がしい2人に遅れてゲレタは老女の足取り。ゆっくりと遠慮がちに、ホープの前に立った。
「ホープさん、お疲れ様でした。とても格好良かったわ」
「勝ちましたゲレタさん。これで秘薬を自由に出来ます」
「ええ、そうね。とても貴重な物だから、ホープさんは大金持ちよ」
「へへっ。それはどうですかね?」
「ホープさん?」
ホープは傷だらけなのも構わず、アイテムボックスから若返りの秘薬を取り出す。美しい小瓶に入った少量の液体。これを飲めば、天寿の迫った老人であろうとも、最も生命力溢れる年齢まで若返る。多くの老人が求め、狂わせる。罪作りな神秘のアイテム。
「これを貰って下さい。ゲレタさんにあげるって決めていたので」
「そんな! 駄目よホープさん!」
ゲレタは当然、遠慮した。売れば最大一億ポリ(百億円)の秘宝だ。簡単に貰える物ではない。ベラもミリアもマーガレットも。周囲の全ての人々が、突然の出来事を固唾を飲んで見守るしかできない。
「良いんです。何処の馬の骨とも分からない俺に、いつも良くしてくれるゲレタさんに貰って欲しいんです。使い方は問いませんから、どうか受け取って下さい」
ホープは血だらけの手でゲレタの手を取ると、そっと秘薬を握らせた。
「ホープさん酷い怪我。まずは治療しましょう」
「はい?」
ゲレタは手を握り返す。固く繋がれた手と手の温もり。それはゲレタの魂の奥深く、ずっと昔に枯れて消えたはずの女の欲を強く刺激して、ある決意をさせる。
「癒しの精霊よ。勇者を癒し給え《上級回復》」
ゲレタの魔力は手を伝わってホープに流れ、全身を温かく包み込むと劇的な変化が起こった。
「わ、わ、わ! 体が治っていく!」
「おほほ。おばあちゃんでも、これくらい出来るのよ?」
可愛らしく頭を傾げるゲレタ。回復魔法の力は薬草など足下にも及ばず、ホープの肉体を瞬時に完全回復させた。
「凄い。流石は聖女様だ。ありがとうございますゲレタさん」
「どういたしまして」
「では改めて。若返りの秘薬を受け取って下さい」
「本当に良いの?」
「ゲレタさんが貰ってくれないなら、この場で地面にぶち撒けて捨てますよ? 俺が持っていてもトラブルの元にしかなりませんし」
「まあ、一億ポリの秘薬を捨てるなんて勿体ない」
「でしょう? だからどうぞ」
「おほほ。仕方のないホープさん。では、頂きます」
若返りの秘薬を受け取ったゲレタ。それを周囲に分かるよう、天高く掲げて見せる。魔導灯の明かりを反射してキラキラと閃く秘薬。人々の注目が集まると、ゲレタはしわがれた声を精一杯張り上げた。
「若返りの秘薬という高価な贈り物をただ受け取る訳には参りません。私、ゲレタ・リーフフィールド名誉伯爵は見返りとして、正式にホープさんを庇護下に置くと宣言します!」
人々から「おおぉ〜〜〜」と声が上がる。次の瞬間、ゲレタは秘薬の蓋を開け、中の薬を一気に飲み下した。
「「「あっ!!!」」」
一瞬の事なので誰も止める暇もない。あまりに素早い動きにホープですら驚いてしまう。
「ゴクリ」ゲレタの喉が鳴り、最後の1滴まで消える。
「うふふ。飲んじゃった」
「は、はい。飲んじゃいましたね」
「これで若返るのかしら?」
「どうでしょう? 変化はどのくらいで起こるのか」
「あら?」
「え?」
「体がポカポカするわ」
「ゲ、ゲレタさん!」
秘薬による変化は観衆の前で急速に起こった。
ゲレタの顔や手、服で隠れていない部分の肌が目に見えてハリを取り戻していく。シワが消え、潤いを取り戻し、若さという輝きを放つ。ゲレタは自らの手の甲をしげしげと眺めて「ほぅ」と感嘆の溜め息を漏らした。
「関節痛が消えていくわ。肩も膝も痛くないのよホープさん」
「ゲレタさん、髪の毛も」
「あら?」
ゲレタは結い上げた長い髪を解くと、手に取って毛先を眺めた。
「白髪じゃないわ。若い頃の銀髪に戻っている」
「はい。凄く、とっても、言葉で表せない美しい銀髪です」
それに胸。萎んで垂れて、ブラで無理矢理支えていた胸が膨らみを取り戻していた。それは芸術的とも言える見事な双丘であり、推定Eカップ。
「ゲレタ」
「ベラ?」
ゲレタの変化をつぶさに観察したベラが声を掛ける。
「今のゲレタは17〜18歳の頃のゲレタだ。俺が面倒を見ていた頃のゲレタだ」
「まあ、本当に?」
「間違いない。俺が冒険者の何たるかを教え、パーティーを組んで暴れ回っていた頃のゲレタだ」
「そうなの? うふふ。そうなのね」
ゲレタは満面の笑みを浮かべてホープに対面する。再び両手を握り合い、瞳を合わせる。
「私、若返ってしまいました」
「はい。とてもお綺麗です。まるで美の女神だ」
ベラの美貌に勝るとも劣らないゲレタの美。美しさの方向性が違うだけで甲乙つけがたい。
「ホープさん。死んだ夫や息子になんて説明しましょう?」
「え? それは普通に言えば良いのでは?」
「いやよ恥ずかしい。ホープさんも一緒にお願いします」
「はぁ、それは構いませんけど」
「ホープさんが私を変えたのよ? 責任を取って下さる?」
「責任? 責任ですか? それは、出来る範囲で取らせて頂きます」
「本当ね? 約束よ?」
「約束します」
「おほほ。嬉しい」
ホープはゲレタの言葉の意味を理解していなかった。
いや、恋愛経験ゼロで童貞のホープに分かれと言う方が酷だろう。しかし意味を理解するベラとミリアは苦々しく歯軋りをする。マーガレットは苦笑いでハゲを擦り、農家の嫁ヤヤなどは、恋愛劇を鑑賞したかの如くドキドキしていた。
こうして若返りの秘薬を手に入れてからの騒動は一応決着した。
ホープは転生初日に誓ったイケメンDQNの討伐を達成し、副次的にボンレス男爵領に巣食っていたロドリゲス市長という小悪党の炙り出しも出来た。
今後のスタットの街とボンレス男爵領全体がどう変わるのか。それはホープの管轄外であり、関与すべき事柄でもない。難しいことは偉い人に任せて、取り敢えず今はお腹が空いているのだ。
「ゲレタさん、お腹がペコペコです」
「そうね。遅くなってしまったけれど、帰って夕飯にしましょう」
「今夜はどんなご馳走様ですか?」
「おほほ。今夜はね、槍牛のステーキなの」
「ステーキ! 食べたい!」
「たんと召し上がれ、ホープさん」
「はい! ガッツリと肉が食べたい気分です!」
ホープ、ゲレタ、ベラ、ミリアの4人は家へ帰る。
そう、家である。ホープにはスタットの街で帰るべき家が生まれていた。集まった人々に感謝して、手を振って家路につくのだ。
顔面血だらけで気絶するクズダスはマーガレットと警備隊にひとまず任せればいい。
ビアンゴの姿が見当たらないが気にしても仕方ない。
肉だ。疲れた体が肉を欲している。若返ったゲレタの胃も肉を欲している。ベラはいつでも食べ盛りだ。ミリアだって16歳、肉を食べて育てる双丘がある。ゲレタに負けてなるものか。
厚切りだ。厚いステーキに塩を振って、ジュージューと焼いてを食べるのだ。
4人の足取りは自然と軽くなっていた。




