22話 壁を超える。そしてステーキを食べる㊥ 2
警備所を包囲した群衆は怒りと不満に燃え立っていた。
アリの抜け出る隙間もなく、総勢でも200人足らずの警備隊では数千人を止めるのは不可能。四面楚歌。八方塞がりの状況にあって、隊長はロドリゲス市長に生き残る術を提案する。
「市民の怒りの矛先の大半はクズダス様です。これまで傍若無人に振る舞って来ましたから、分かりやすい悪役ですよ。だから大丈夫。市長が外に出て、ホープ少年を解放して、市民を説得すれば事態は収まるでしょう」
「隊長、貴様!」
「クズダス様。しっ!」
外へと至る通路を歩く3人。隊長の言葉に激昂するクズダスをロドリゲス市長が制止して、皮肉たっぷりの話は続く。
「横領、脱税、談合、賄賂の強要に、犯罪組織への情報漏洩。言葉で並べれば大犯罪者、けれど一つ一つは小さなもので、男爵様と遠戚関係にある市長を逮捕するほどでもない。利口な貴方は特権で許容されるスレスレを見極めて、クズダス様を矢面に立たせる事で隠れ蓑に使い、これまで上手くやって来た」
「そうだ。だからなんだと言うのだ」
「毒にも薬にもならない、身内採用の市長。それが大多数の市民の印象あり、貴方の裏の顔を知る者は少ない」
「良い事だ。私が常々心掛けている在るべき政治家の姿だ。現場で泥水を啜る隊長には分かるまい」
「そうですね。分かりたくもありませんが。だからこそ市長に怒れる市民達を説得して欲しいのです。世渡りの上手い貴方だ、クズダス様に罪を押し付ければ簡単でしょう? 屑のクズダス様を差し出して、自分はホープ少年を庇って守っていたと言えばいい。それで暴動は収まり、市長の椅子は変わらず市長の物。クズダス様は今度こそ勘当されるでしょう。面倒なDQNを追い出して、ボンレス男爵領は平和になり万事解決です」
生き残りたければクズダスを切り捨てろ。隊長の言葉はクズダスをさらに激昂させ、反対にロドリゲス市長の心をくすぐり思案させた。
「ロドリゲス市長、俺様を裏切るつもりか、今まで市長に言われるままやって来たんだぞ! 父上や母上、兄達に軽蔑されても市長の語る未来を信じてやって来た! 仲間だろう、共犯だろう、俺様を裏切るなんて許さない。全部バラすぞ!」
クズダスは市長の肩を掴んで目を血走らせている。裏切るなら一蓮托生だと詰め寄る。しかし市長は涼しい顔だ。やや面倒だと思い、バラされて困るほどクズダスに手の内を明かしていないと溜め息をつく。
「ご安心下さいクズダス様。私達は仲間。良きビジネスパートナーではありませんか。裏切りなどあり得ない。信じて下さい」
「本当だな? 絶対だな?」
「もちろんです。良い未来を掴みましょう」
ロドリゲス市長の言葉には具体性がなく、その場しのぎにクズダスを宥めるものであり、少し頭を働かせれば分かる言い回しだった。
けれどこれまでクズダスは、躾も高度教育も施されてこなかった。自尊心と淋しさを埋めようと、悪い遊び仲間の喜ぶ事を繰り返して、貴族の息子と言う砂上の砦に籠っていただけ。悪意ある嘘を見抜く力を持たず、甘い言葉にすぐに惑わされる愚か者。そんな道化がクズダスなのだ。
「ではロドリゲス市長。よろしくお願い致します」
隊長は正面扉に手をかけた。これを開いて一歩外へ出れば、そこは一触即発の修羅場。市長とクズダスを守れる戦力は何処にもない。
「私達にもしもの事があれば、隊長も家族もただではすまさんぞ」
「分かっております。市長が説得に失敗した時は、私は命を差し出して冥界までお供する所存」
「ふん。そんな言葉はいらん。私は扉の前からは動かんからな。もしその時が来たら、すぐ警備所に飛び込んで、扉を閉めて籠城するぞ」
「それが最善でしょう」
「そうだ。絶対に守れ」
(自分の欲から芽の出た危機だ。自分で何とかしてみろ)
隊長は市長とクズダスの味方ではない。貴族特権で警備隊が手を出せないのなら、この機会に別の力で裁いてもらおう。そう考えて扉を開らく。
先ほどまで壁を隔てて聞こえていた群衆の怒声。今は全て、ロドリゲス市長とクズダスの耳をつんざき体を叩く。数千の人々の非難の視線が一気に2人を襲う。
市長は肝が冷えた。たった1人の少年。聖女ゲレタと厄災ベラの庇護下にあるとは言え、元は卑しい浮浪民。ここまで肩入れする理由があるだろうか。たった1ヶ月と少しの付き合いである。それだけの時間でどれほどの情が移ったと言うのだろう。
おかしい。明らかにおかしい。
ロドリゲス市長は考える。
この熱狂は不自然だ。誰かが先導しているのではないか。
それならば、先導者を説得すれば事足りる。上手く会話を運んで買収すれば、若返りの秘薬を諦めずとも済むかもしれない。
(そうだ。私ならやれる。天から舞い降りた一億ポリ(100億円)の好機。逃してなるものか)
ロドリゲス市長は大きく息を吸い込むと、群衆に対して両手を上げて静粛を求めた。
「皆さん落ち着いて下さい! ここは警備所ですよ! これではまるで暴動だ、皆さんが罪に問われてしまう! 冷静に話し合いましょう!」
一応は政治家である。演説はお手の物であり、良く通る声で正論を唱える。すると方方から。
「ホープを解放しろ!」
「馬鹿三男の横暴にはこれ以上耐えられない!」
「市民の権利は法で保護されている!」
一度着いた火は安々とは収まらない。
「誤解があるのです! 皆さんは大きな誤解をしている! それを説明させて頂きたい! 代表者の方、出て来て下さい!」
するとマーガレットが前に出る。ゲレタもベラも、少し後ろにミリアも、何故かポピーも市長とクズダスの前に歩み出た。
「まずはホープの無事を確かめさせてくれ。生きているんだろうな?」
「マーガレットさん。もちろん少年は生きています。私がちゃぁ〜んと保護していますよ」
「保護だとぅ〜う!」
ロドリゲス市長とマーガレットの間に見えない火花が飛び散った。
「まず言わせて欲しい。あなた方はホープ少年を善良で働き者の良い少年だと思っている。その前提で解放を要求している。だが!」
ロドリゲス市長は大仰に腕を広げて群衆を見渡した。
「彼は盗っ人です! 他領の貴族家から貴重なアイテムを盗んでスタットの街に逃亡して来た犯罪者です!」
「なんだとぅ〜〜〜う!!!」
マーガレットの体から闘気が可視化して吹き出した。
ゲレタもベラも、静かに殺気を放っている。
今にも飛び出しそうなミリアをポピーが押さえて止めている。
「臭っ! 汚い! 離してポピーさん!」
「ぶりゅがんぼうどめいだぅよ〜!」
「私はさる貴族家から指名手配の少年の情報を聞かされていました。これはごく一部の信頼の置ける者にだけ教えていた事です。そして今日、副ギルドマスターのレンズーから、盗まれた若返りの秘薬をホープ少年が冒険者ギルドに持ち込んだと報告を受けたのですよ!」
「嘘だ!」「騙されないぞ!」「いつもの冤罪だ!」
人々の反論を身振り手振りで遮って、ロドリゲス市長は続ける。
「良く考えて下さい。虹色宝箱は国全体で年に一つ出るか出ないかの確率だ。そしてこれまで出現した虹色宝箱は全て中級ダンジョン以上からのみ! 初級ダンジョンのスタットから出現するはずがない!」
一瞬場が静まる。半数近い人々が「それは確かに」と考えてしまった。ロドリゲス市長は手応えを感じてほくそ笑む。
「デタラメを言うなロドリゲス!」
「つっ!」
ベラが否定を叫んだ。幼女の如きミルキーボイスで、100メートル先まで届く大声で過去の実例を上げる。
「俺が産まれる少し前、リュカオーン王国内の初級ダンジョンから虹色宝箱が出現している。70年前にも隣の国で、40年前にも遥か南方の国で。虹色宝箱はどのダンジョンでも出現する可能性がある! エルフの知識を舐めるな!」
「うぐぐっ」
ロドリゲス市長が言葉に詰まる。するとゲレタも声を上げる。
「よろしいかしら市長さん」
「ゲ、ゲレタ様」
「貴方はホープさんが盗っ人と仰るけれど、それは何処の貴族家から盗んだの? 私、貴族の方々とは少しお付き合いがあるの。問い合わせたいから教えて下さる?」
「そ、それは出来ません。守秘義務がありますので」
「そう? ならお付き合いのある全ての貴族家に問い合わせて調べて頂きます。調査結果が出るまで市長さんの身柄は預からせて貰いますけど、よろしいですわね?」
「いや、それは駄目です! ゲレタ様にそんな権限はないはずだ!」
「あら? 何故かしら?」
首を傾げて少女のように微笑むゲレタ。とても品があり、美しく、雪のように柔らかで冷たい。ロドリゲス市長が相手をするのに役者の格が違い過ぎたようだ。
だが場の気温低下を理解できないクズダスは。
「黙れクソババア! お前のような汚いババアが貴族と繋がりがあるわけない! 俺様はボンレス男爵の息子だぞ! 俺様がそうだと言えばそうなんだ!」
「……汚いババア?」
その暴言にゲレタの目が細くなる。顔から笑みが消えて、体の奥にドラゴン級の殺意が育っていく。
「俺様は貴族だぞ! 平民に意見される謂れはない! お前等は黙って俺様に従えばいいんだ!」
マーガレットがゲレタから半歩遠ざかる。
ベラも離れる。
ポピーはミリアを抱きかかえて群衆の中に避難した。
「あなた。クズダスさん?」
「おぁぁっ! バババア!」
「あなたは貴族貴族と言うけれど、あなたは正確には貴族に準ずる者ですよ?」
「うるせぇー白髪ババア!」
「あなたのお兄様が家督を継がれたら、身分は貴族の親類を持つ平民になるのですよ?」
「黙れ、黙れ、黙れ! 爵位なんぞ俺様の力で手に入れてやる! そのために金が必要なんだ! 邪魔するな!」
「そんなに貴族がお好きなら、貴族としてお話しましょうか」
「あんっ?」
ゲレタはマーガレットに目配せして。
「もう良いでしょうマーガレットさん」
と、頷いてみせる。
「はぁ〜。分かりました。やりますよ、本当に良いんですね」
「お願いします」
マーガレットはゲレタの隣に立つと溜め息を一つ。
ハゲを擦って深呼吸を一つ。
それから住民のほとんどが知らない驚愕の事実を告げた。
「控えろ、控えおろう! こちらにおわす御方は先代国王陛下より、聖女の称号と爵位を授かった、れっきとした貴族。ゲレタ・リーフフィールド名誉伯爵閣下にあらせられるぞ! 一同頭が高い、控えおろう〜!」
ババーン! と効果音が流れた気がした。
し〜んと静まり返り、言葉の意味を理解するのに時間がかかる。たぶん1分くらい。
「「「えぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜!!!!!!」」」
夜のスタットの街全体に轟く驚きの大合唱。
「は、伯爵? 名誉伯爵?」
クズダスが震える。脳の処理が追いついていないのだ。
地方の小領地ボンレスに、父親の男爵位を超える伯爵ババアがいた。知らない。聞いた事がない。あり得ないと混乱する。
「名誉伯爵は領地を持たない1代限りの爵位。知られて気を遣われても居づらいし、静かに暮らしたかったのよ。皆さん、今まで黙っていてごめんなさいね」
おちゃめな感じのゲレタ。
本来の目的を忘れそうになってざわめく群衆。
クズダスは答えを求めてロドリゲス市長を目で探す。
「いない! ロドリゲス! どこに行ったロドリゲス!」
ロドリゲス市長は消えた。隊長すら気付かないうちに消えていた。見事な逃亡である。
「隊長さん」
「はっ! ゲレタ閣下!」
「ゲレタ・リーフフィールド名誉伯爵として命じます。ロドリゲス市長とクズダスを逮捕して、ホープさんを救出して下さいな」
「了解致しました!」
ヘナヘナと項垂れるクズダス。その肩に隊長が手を置く。
門番ゲオを筆頭に、警備隊員達が取り囲む。その時。
「ちょっと待って貰おうか」
警備所の入り口から「待った」の声が響いた。
ゲレタが見る。
ベラが見る。
マーガレットもミリアもポピーも全ての人々が見る。
「まあ! ホープさん!」
「ご心配をお掛けしましたゲレタさん。助けに来てくれてありがとございます」
気弱君とビアンゴに付き添われたホープが立っていた。
「あらあら、まあまあ。なんて酷い恰好。でも無事なのねホープさん」
ゲレタはホープの下へ走ろうとした。けれど老女は走れない。痛む膝が、もたつく脚が憎らしい。そんなゲレタの横を駆け抜ける一陣の風。
「子犬! 子犬! 子犬〜!」
「ぶぁ! ベラ! こら!」
ちゅ♡ ちゅ♡ ちゅ♡ ちゅ♡ ちゅ♡ ちゅ♡
ホープに抱き着いて、首筋やほっぺにちゅう♡の嵐。
「やめろ汚い! お前は今日何を食った! 腐ったパンを食べていないだろうな!」
「うるさい子犬ちゅ♡ 黙れ子犬ちゅ♡ 子犬大好きちゅ♡」
「うわぁ〜! バイ菌が伝染る〜!」
どっちが子犬なのか。激しいスキンシップにドン引きする周囲。それが一段落すると、ホープは拘束されてしゃがんでいるクズダスを見下ろした。
「皆さん聞いて下さい」
ホープの声は落ち着いている。
「俺はクズダスにリンチされていません」
「「「!!!」」」
まさかの被害否定。マーガレットは「馬鹿な」とホープに近付く。
「こいつとは、秘薬の権利を掛けて素手の勝負をしていたんです。市長の横やりが入って中断した戦いの続きをさせて下さい」
「何を言ってやがるホープ。どこをどう見たってお前」
「マーガレットさん。このままじゃ、俺の気持ちが収まらない。それに」
「なんだ?」
「クズダスの事情は、このビアンゴから聞きました。
こいつは父親から構ってもらえず、誰からも期待されず、淋しくて、認めて貰いたくて、弱い心の隙をゴキブリ共に貪り食われて悪事に手を染めた。被害者は許せないだろうけど、俺はこいつの気持ちが少し分かる」
「ホープ、お前ぇ」
クズダスが顔を上げてホープを睨む。怒り、憎しみ、嫉妬の混ざり合った複雑な目の色で。
「チャンスをやるよクズダス。ステゴロだ。お前が勝ったら若返りの秘薬をやる。被害届も出さない。無罪放免、秘薬を持って何処へでも消えろ」
「が、ガキがぁ〜」
「俺が勝ったらお前は俺の子分だ。これから一生な。どうだ? やるか?」
クズダスが立ち上がる。狂犬の様な顔で、心には憎しみだけが宿っていた。誰に対して、何に対しての憎しみなのか。ホープには無関係で理不尽な憎しみ。
しかしホープは全てを受け止める。自分の壁を超えるために。
「やってやる。ボコボコにしてやる。秘薬を手に入れて、俺様を馬鹿にした連中、全員見返してやる」
「こっちのセリフだ。ヤラれた分、倍にして返してやる」
スタットの街に男の戦いが始まろうとしていた。




