21話 壁を超える。そしてステーキを食べる㊥ 1
全3話にしようと思ったら、無理っぽいのでよろしくお付き合い下さい。
警備所に連れらされた直後。ホープは留置場でクズダスから殴る蹴るのリンチを繰り返されていた。
「とっとと秘薬を出せクズが! 俺様をイラつかせるんじゃない!」
「あぐっ! おぇっ! がはっ! ぶえっ!」
「平民のガキがアイテムボックス持ちなんて生意気なんだよ! くそ! 殺したら中のアイテムが消えちまう!」
アイテムボックスのスキルは本人の許可なく中のアイテムを取り出せない。死亡した場合は事前に譲渡設定をしていないと消えてしまう。なのでクズダスはホープを殺せず、ギリギリの線で責め続けるのだ。
「あの〜、いくらなんでも酷いですよ。やめて下さい」
気の弱そうな警備隊員が、勇気を出してクズダスに意見する。彼は今夜、運悪く留置場の監視当番であった。
「テメェ〜、俺様に気安く話しかけるな」
「あの、その、すいません」
「ムカつくんだよオラ!」
「ふぐぅぅっ!」
暴力が再開される。気弱な警備隊員は止める力を持たず、目を逸らして祈るのみ。
瀕死のホープを担いで、突然警備所に現れたクズダスとロドリゲス市長と屈強な護衛。警備隊員の制止も聞かず、留置場を占拠するとリンチを始めた。
少年が誰か。スタットの街の警備隊員なら誰もが知っている。最近街に現れて、真面目に雑用依頼をこなす新米冒険者のホープだ。
感じの良い少年だ。街の評判は上々。悪さをする人間には思えない。少し考えれば無実と分かる。
馬鹿三男のいつもの悪癖が始まったのだ。このまま放置すれば深刻な事態になりかねない。リンチが続く一方で、1人の警備隊員が帰宅した隊長を呼びに警備所を抜け出していた。
数十分後。クズダスはスタミナ切れを起こしてリンチの手を止めた。肩で息をして、金髪は汗でベタつき乱れている。
「はぁ、はぉ、はぁ。こいつはいったい何なんだ? これだけ痛めつけてるのに、何故秘薬を出さないんだ?」
床に体を丸めてうずくまるホープ。服はボロボロ、体はアザだらけ、血とゲロと。生きているのが不思議な状態。
「クズダス様、少し休憩なされては? 小僧も休ませないと死んでしまいます」
「ロドリゲス市長。そうだな」
殺してしまっては元も子もない。凄惨なリンチを無機質に眺めているロドリゲス市長の頭の中は秘薬の事だけ。
「だがその前に、試したい事を閃いた。誰かヤットコを持って来い!」
ヤットコとは、鍛冶仕事などで熱い物を掴むアレだ。
拷問に使う時は前歯などを摘んで引っこ抜いたり、爪を剥がしたりする。どんな道具も使い方次第で凶器(狂気)に変わる。
「いや〜、ヤットコは不味いですよ。と言うか、ヤットコはありません」
気弱な警備隊員が腰を引くく反論する。彼にできる精一杯の抵抗だ。
「ふざけんな! 貴族の注文だぞ!」
「ひいっ! 出前は受け付けておりません!」
「この野郎!」
クズダスがキレる。警備隊員に拳を振り上げる。その時。
「おやめ下さい! 何事ですか!」
大きな声でクズダスを制止する者が現れた。ナイスなミドル、警備隊隊長だ。
髪は洗いたてで乾いておらず、服はおっさん臭全開の家着。走って来たのだろう、全身がじっとりと汗で湿り、石鹸の香りと加齢臭が混ざり合ってスウィーティー。
「市長と言えど、勝手に留置場を使われては困ります。それに少年をリンチとは如何なる了見ですか。あなた方には逮捕権も捜査権もないんですよ。少年に対して、何の罪で逮捕監禁暴行をしているんです」
隊長は馬鹿三男を見ない。警備隊は警察と自衛隊を合わせた存在であり、最高指揮官は男爵、文民統制における現場トップは市長である。跡継ぎでもない馬鹿三男を優先する理由はない。
「まあまあ隊長、落ち着いて。実はこの少年、クズダス様に詐欺を働いた挙句、発覚すると暴力まで振るった極悪人なのですよ」
「そんな馬鹿な。その子はホープ君でしょう? 冒険者ギルドのマーガレット氏が目をかけている良い少年だ。証拠はあるのですか?」
警備隊も冒険者ギルドも暴力を司る組織である。先日の盗賊団討伐のように、協力共闘するのは日常茶飯事。隊長とマーガレットはトップ同士、それなりに友好な関係を結んでいる。盟友マーガレットが見込んだ少年が詐欺など鵜呑みにはできないし、告発者が馬鹿三男なら信じるに値しない。
「隊長。人は見掛けによらないものです。善良に見えても心の中は卑しい。よくある事ではないかね?」
特大のブーメラン。隊長はロドリゲス市長と馬鹿三男に軽蔑の眼差しを送る。
「一旦休憩にしようと考えていたのだよ。隊長とはお茶を飲みながらじっくりと話し合いたい。クズダス様もよろしいですか?」
ロドリゲス市長が提案する。隊長は申し出を受けた。
とにかく事情が分からない。そしてホープを休ませて治療する時間も稼がなくてはならない。市長を適当にあしらって、その隙にマーガレットに使いを出す。そう考えた。
「良いでしょう。おい、ホープ君を治療してやれ」
気弱な警備隊員に命じる。
「はっ! 了解であります!」
隊長が留置場を出る。それからクズダス、ロドリゲス市長の順番で留置場を出る。最後に残された護衛にクズダスはこう言った。
「お前は残れビアンゴ。ガキが逃げないように見張れ」
護衛の名はビアンゴ。歳は30少々。マーガレットに劣らない肉体であり、茶色の髪の毛は豊富で短く刈られている。
「承知しました坊っちゃん。ごゆっくり」
「坊っちゃんと呼ぶな! クズダス様と呼べ!」
「へ〜い。申し訳ございません〜」
ビアンゴにはクズダスに対する敬意は感じられない。
気だるそうなビアンゴに
「ちっ、カスが思い知らせてやる」
クズダスは悪態をついて去って行った。
3人の気配が消えると、気弱な警備隊員がホープを薬草で治療する。打ち身、捻挫、打撲。全身をくまなく覆っている。服を脱がしてパンイチにするしかない。
気弱君は弟にする様に、丁寧に優しく服を脱がして全身に薬草を貼っていった。
「う、うう、痛ぇ……」
「ごめんよホープ君。助けられなくて」
気弱君に罪はない。救助の気持ちがあるだけ有難いとホープは思う。
「気持ちがうれしいです。ありがとう」
「君は強いんだな。偉いよ。事情は知らないけど、隊長が来たからにはもう大丈夫。マーガレットさんと一緒に馬鹿三男を追い払ってくれるから」
「……はい」
薬草の効果で痛みはかなり引く。けれど元が重症なので完全回復には遠い。特にティーカップの破片で切った左手の裂傷は深く、薬草では表面に薄く皮が張る程度である。
ホープはズキズキと痛む上半身を起こし、アイテムボックスから薬草茶の入った水筒を取り出して喉に流し込んだ。
「アイテムボックスは便利だな〜。水筒の中身はなんだい?」
気弱君はアイテムボックスにも水筒にも興味があるらしい。ホープとコミュニケーションを取ろうとする。
「兄ちゃん、ちょっと退いてくれないか」
「うわっ!」
しかし治療を黙って見守っていたビアンゴが、気弱君を押し退けてホープの顔を覗き込む。鋭い眼光で威圧するのだ。
「お前は大した根性だ。だがな、このままだと本当に殺されるぞ。いま秘薬を出せば、俺がこっそりと逃がしてやる。金より命だろう。秘薬は諦めて生きろ」
落ち着いた声で真剣な顔だ。本気かもしれない。罠かもしれない。どちらと判断するのか。ホープは「ふっ」と鼻で笑った。
「徹底的に痛めつけて、別の奴が優しくする。古典的な拷問の手口だな。信じるわけねぇだろ。お?」
「擦れた小僧だ。増々気に入ったぜ」
ビアンゴは床にドカリと胡座を組んで座った。
ホープも「よいしょ」と対面して胡座をかく。
気弱君は不安な面持ちで2人を見守るのみ。
「命張ってまで秘薬を守る理由はなんだ? もしかして殺されないと思っているのか?」
「いや。マジ死にそう。馬鹿三男は短絡的に、市長は計画的に人を殺すタイプだろう?」
「くふふ。そうだぜ。分かってんなら秘薬を出せよ」
「やだ」
「何故」
「ムカつくからだ」
「ほう」
「暴力で理不尽に奪われる。それを許したら、俺は俺を超えられない。新しい自分になりたいのに、初手で躓くなんてムカつくだろう?」
「若いな。命あっての物種て言葉を知らんのか?」
「馬鹿にすんな。お前の方こそ知らないだろう」
「あん?」
「妥協して諦めて、辿り着いた老後は空虚なんだ」
「へっ! 知った風な減らず口を」
ビアンゴは広角を上げて皮肉げに笑う。
ホープは水筒に口をつけて喉を濡らす。
「水筒の中身はなんだ? クセェ〜ぞ」
「これは薬草茶。疲労が取れるんだ」
「薬草茶だと? 薬樹の葉か?」
「そうだ」
「アレは殺人的に不味いだろう。人の食うものじゃねぇ」
「確かに。でもこれは、ゲレタさんが研究して少しだけ飲みやすいんだ」
「ゲレタ?」
名を聞いた途端、ビアンゴの雰囲気と表情が変わる。ずいっと半歩分ホープに寄る。
「スタットの街でゲレタと言えば、聖女ゲレタ様か?」
「らしいな。詳しくは知らない」
ビアンゴが「がはは!」と笑う。腹の底から本心の笑い声だ。
「お前は聖女様と交流があるのか?」
「まあ、良くしてもらってる。本当は今夜も夕食を御馳走になるはずだった。それに若返りの秘薬もゲレタさんにプレゼントするんだ」
「それほどの関係か! それで必死に秘薬を守っていたのか!」
ビアンゴが目を見開いて驚いた。膝を叩いて
「そうか、そうか」
と愉快そうに笑う。
「俺達荒事に生きる者にとって、聖女様は恩人だ。たとえ面識がなくてもな」
「おん?」
「そうなると話は違って来る。聖女様の庇護を受けた小僧を死なす訳にはいかん。見返り無しで逃がしてやるよ」
ホープは急に変化したビアンゴの瞳を見つめる。真意を探ろうと、奥の奥まで深く深く。
「嘘じゃなさそうだな。だが俺は逃げない」
「なんでだ? 相手は権力者だぞ。この場を乗り切っても、逆恨みされて街には居られなくなる」
「なら尚更逃げない。馬鹿三男をぶん殴ってから街を出る」
「ぶっ! がはははははははははははははは!!!」
「な、なんだよ?」
ホープはおかしな奴だと思った。容赦なく蹴り飛ばしたり、助けると言ったり。イマイチ信用ならないが、話していて悪い気はしない。
「それで、小僧はこれからどうするね?」
ビアンゴは楽しそうな顔だ。新しい遊びを見つけた少年のようだ。ホープも少し、楽しくなった。
「あんたの蹴り、凄かったな」
「おう! スキル徒手空拳のレベルは9だ!」
「徒手空拳。そんなスキルもあるのか」
「知らんのか? 素手で戦うスキルだ」
(そのスキルがあれば馬鹿三男をぶん殴れる!)
「教えてくれ! 人間のぶん殴り方を!」
「良いだろう! まずは服を着ろ!」
2人は立ち上がった。硬く手を握り、闘志を漲らせて。
◇◇◇◇◇
その頃。隊長室のソファーに座ったロドリゲス市長とクズダスと隊長はお茶を飲んでいた。
クズダスはイライラと貧乏揺すりをしている。ロドリゲス市長は終始落ち着いて、隊長の一挙手一投足を観察している。やがて市長が切り出す。
「実はね隊長。あの少年は今日、スタットダンジョンボスから若返りの秘薬を手に入れたのだ」
「若返りの秘薬ですって、まさか!」
「まさかもまさか。私も信じられないが、レンズーの話では本当らしい」
「真実なら大変な偉業ですな。ボンレス男爵領の良い宣伝になる」
「さよう。だから私とクズダス様は秘薬を譲るように、誠心誠意、心を込めて少年を説得した。なのに奴は値の吊り上げを要求して、挙句にクズダス様に暴力を働いたのだ」
「なるほど」
何処まで真実で何処から嘘なのか。隊長は慎重に耳を傾ける。長年、警備隊として培った嘘を見抜く経験を全開に働かせて。
「聞けば浮浪民の子供らしいではないか。若返りの秘薬は分不相応だと思わんかね? オークションに掛ければ最低価格の十倍の値が付く可能性もある。どうだろう隊長。我々の味方にならんか?」
隊長は(来た!)と思った。ロドリゲス市長が馬鹿三男を抱き込んで、小さな悪事を繰り返しているのは知っている。可能なら逮捕したいのだが、市長は男爵の遠縁であり、彼を逮捕すれば男爵家の名に傷が付く。馬鹿三男の不祥事を金で揉み消すように、市長にも簡単には手が出せない。だが今回は。
「今一つ意味が分かりかねます。少年が罪を犯した証拠は? クズダス様は無傷のようですが?」
「黙れ隊長! 傷はポーションで治した! 俺がヤラれたと言ったらヤラれたんだ! 早く対処しろ!」
唾を飛ばして喚くクズダス。だが隊長の心は冷めている。チラリと見て、再び市長に視線を向ける。
「市長はホープ少年が値を吊り上げたと仰るが、要求額は? 若返りの秘薬は最低でも1千万ポリ、十倍なら一億ポリ。それ以上を要求したのですか?」
「隊長、利口になり給え。仲間になれば売却金の半分を渡しても良い。頭を働かせて考えるんだ」
「それは買収でしょうか? 私に犯罪の片棒を担げと?」
「ふぅ〜。無駄に硬い男だな」
ロドリゲス市長がヤレヤレと頭を振る。
隊長もまた、ヤレヤレと頭を振った。
「ロドリゲス市長、貴方は男爵様の遠縁として2年前にスタットの街に来た。市長選挙は対抗馬のいない形だけのもの。苦労せず権力の座について、上辺だけの笑顔で日々を過ごして来た。だから知らんのですな」
「なにをだ?」
「男爵様は無気力で政に無関心な方だが、悪ではないし馬鹿でもない。今の時代、不祥事を起こせばお家取り潰しも有り得るのです。男爵様はお家の未来の為にクズダス様の悪行に目を瞑っているに過ぎない」
「そんな事は分かっておる。だからこそ、稼げるうちに稼ぐのだ。これはチャンスなのだ。隊長だって良い思いをしたいだろう」
隊長は「ふはぁ〜」と深く溜息を漏らし、聞くに耐えないと項垂れる。その様子にクズダスの貧乏揺すりが加速した。
「市長はこれまで、そうやって生きて来たのでしょう。今まではそれで上手くいっていた。だがスタットの街には聖女ゲレタ様がおられる」
「聖女様には常に最大限の敬意を払っている。今回の件とは関係ない」
隊長は俯いていた顔を上げた。厳しい顔で、両膝をバン! と叩いて口調を強めた。
「それを知らないと言っている! ホープ少年は『聖女』ゲレタ様と『厄災』ベラリケスバスマチスの2人が庇護を与えているのだ! 冤罪でどうにか出来る相手ではない!」
「なん、だと?」
ロドリゲス市長の顔が一瞬で強張った。
レンズーの話と違う。聖女と厄災。敵に回してはならない負のビッグネーム。組み立てた計画が音を立てて崩れていく。
「おがぁぁ〜! いい加減に黙れ、たいちょ……」
痺れを切らしたクズダスがソファーから立ち上がった。
自分の思い通りにならない事柄、理解の及ばない会話。我慢の限界に達して張り上げた怒声は、しかし外からのもっと大きな怒声に遮られる。
「「「うおぉ〜〜〜!!! 出て来い馬鹿三男!!! ホープをかえしやがれ〜〜〜!!!」」」
「な! なんだ!?」
クズダスは窓に走り寄った。夜のスタット。魔導灯に照らされた警備所前。そこには彼の貧相な想像力を遥かに超える光景が広がっていた。
「俺は冒険者ギルドマスター、マーガレットだ! うちの冒険者、ホープを返してもらいに来たぞ! 出て来いロドリゲス市長! そして馬鹿三男!」
警備所を包囲する数千人の市民達。
冒険者がいる。警備隊員もいる。ゴーレムもいる。バチクソ汚いおっさんもいた。鼻毛と口髭が合体して、人相が分からないほどモジャモジャしている。
先頭に立つのはマーガレット、ゲレタ、ベラ、ミリア。
市長と隊長も窓からその光景を見た。
暴動と言って差し支えない、怒気を孕んだ人の塊。
「こういう事です、ロドリゲス市長。あなた方はドラゴンの尾を踏んだ」
「ば、何を呑気に言っている隊長! これは暴動だ! 男爵様への反乱だ! 今すぐに鎮圧しろ!」
「そうだ隊長! 全員逮捕して縛り首にしろ!」
2人が喚く。恐怖に対して救いを求め、権力で隊長を利用しようと足掻くのだ。
「では参りましょう。どうぞお二方」
隊長は2人を促して、決着の場へと足を踏み出した。
人型のカワウソが、ヤットコを持って辻に立ち、男子中学生を恐怖のどん底に突き落とす。そのためのヤットコ。




