20話 壁を超える。そしてステーキを食べる㊤
ステーキとは何であろう。
一般的には厚みのある肉に、塩と香辛料をまぶして焼けばステーキだ。
けれどそれだけだろうか。ステーキはそれだけでない。そのはずだ。
牛肉、豚肉、鶏肉、ラム肉。タマネギだって、大根だって、コンニャクでも豆腐でも。一切合切、厚く切って塩コショウして焼けばステーキだ。
だからこそ奥が深い。肉の厚み。塩の産地、製法。香辛料のブレンド。
フライパンで焼くか、網で焼くか、オーブンで焼くか、ガスで焼くか、炭火で焼くか。
料理人の創意工夫が味を大きく変えて、無量大数の可能性と言う名の夢を人々に見せてくれる。
だからステーキなのだ。素敵だからステーキなのである。
おお。素敵なステーキを讃えよ。神が人に与えし素敵。
ナイフを入れると肉汁が溢れ出す素敵。
表面は火が通って茶色。中心は乙女のほっぺを思わせるピンク色。豚肉でも鶏肉でも、厚生労働省が定めた温度と時間で加熱すればオーケーなので、ミディアムも可能。素敵。
一口大より一回り大きくカットして口内へ誘えば、本能が求めるタンパク質の旨味と、塩香辛料の絶妙なハーモニー。噛めば噛むほど味が増して顎が疲れる。素敵。
更に素材が肉以外ならサッパリとした味わい。顎も疲れない。これは肉ではない、野菜だ。これこそベジタブルシンフォニーだ。素敵。
ステーキ素敵。ステーキ素敵。ステーキ素敵。
◇◇◇◇◇
「ホープさん、遅いわね」
その日の夕食。ゲレタはホープのダンジョン攻略を祝うために、槍牛のステーキを用意していた。すでに副菜類の準備は万全に終えて、厚切りのヒレ肉は食べる直前に焼くので常温で待機させている。香辛料はまぶしてあるが、塩は浸透圧現象で旨味が染み出してしまうので焼く直前に振り掛ける。その際、高い位置から指を巧みに使ってサラサラと落とし、自分の肘に当てて跳ね返った塩が周囲に散乱すると、塩の力が引き出されてなお良い。
「ギルマスに捕まっているかも。ポピーさんの定食屋に連行されてるかも」
エプロン姿のミリアもいる。夕食の支度を手伝って、ホープの帰りを今か今かと待ちわびている。
「腹減った。ゲレタ、俺の分を焼いてくれ。子犬を待っていられない」
ベラは相変わらず。見た目だけ美少女のロリ男の娘はホープのお祝いなのに、先に食べるとのたまう。ミリアが睨み「ちっ」と舌打ち。
「お? やんのか雌犬。軽く捻ってやるぞ?」
「はぁ? 女の子のフリしてホープを誘惑するロリとかいらないんですけど? お腹が減ってるなら外で食べてくれば? どうぞ、その方が落ち着くし」
「不通女が歌いやがる」
「あら、ベラさんは経験済み? お相手は女の子? それとも男の人? 穢らわしい」
「おおぉっ?」
Sランク冒険者『パーティークラッシャー』ベラにはもう一つの異名がある。『厄災』ベラである。常軌を逸した強さと、空気を読まない暴れっぷりから自然とついた二つ名。彼を相手にして好きに言えるのはミリアくらいなもの。命知らずも甚だしいが、いつもの事だ。
「2人ともやめて」
ゲレタがピシャリと口論を止める。ヒートアップすると必ずゲレタが止めるのもいつもの事だが、今夜は少しピリピリとしていた。
「なんだか胸騒ぎがするの。私、冒険者ギルドへ行ってきます」
椅子から立ち、自室に戻って緑色のケープコートを羽織る。
「私も行きますゲレタ様」
ミリアも慌ててエプロンを脱いで後を追う。
「俺も行く。子犬を迎えに行くのは飼い主の務めだからな」
ロリは飢えた体に鞭打って2人の間に割って入った。
陽の沈んだ夜のスタット。美女(?)3人が肩で風を切って歩くさまは、祖母、娘、孫娘の様である。はたから見れば微笑ましい。
◇◇◇◇◇
時間は少し遡る。
盗賊団討伐の残務処理の為に、ド田舎村へ行っていたマーガレットがスタットの街に帰って来た。黒光りする革鎧を着て、愛魔馬『ガーベラテトラ』に跨がった姿は、威風堂々として世紀末に覇王してそう。
「マーガレットさん! 大変だ!」
南門に近付いた。すると門番の無精ひげおっさんゲオが血相変えて『ガーベラテトラ』に駆け寄る。マーガレットは手綱を引いて馬脚を緩めると、ゲオのただならぬ表情に不安を覚えた。
「帰りを待ってたんだよ! 大変なんだ!」
「確かに大変な顔だな。何があった?」
「ホープの小僧がよ!」
「ホープだと?」
「男爵の馬鹿3男に捕まっちまったんだよ!」
「なんだとぅ〜!」
マーガレットは下馬してゲオの肩を掴む。肉と骨がミチミチと軋みをあげる。
「痛い! 痛い! 痛い! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ!」
「むっ! すまんな。つい興奮して」
「つい。じゃねぇよ、このハゲ! 死ぬ所だぞ!」
「誰がハゲじゃごらぁぁ〜!」
「ひいっ!」
他愛ないスキンシップが終わり。ゲオは警備隊仲間と冒険者ギルドの女性職員から聞いた話を聞かせる。
ホープはスタットダンジョンを攻略すると、報告の為に冒険者ギルドへ入った。そこで副ギルドマスターのレンズーと何らかの会話を交わし、多目的室に籠った。ほどなくして、ロドリゲス市長と馬鹿三男が冒険者ギルドに現れる。
直後。馬鹿三男の怒号と、争う音が多目的室から響いて、それが収まると血塗れのホープが冒険者ギルドから連れ出された。今は警備所の牢屋に収監されている。逮捕の名目は詐欺罪と貴族への暴行らしい。
「そんなはずあるかぁぁぁ〜〜〜!!!」
「ひぃぃぃ〜〜〜!!!」
怒髪天を衝くとはこれだろう。ハゲのはずなのに闘気が頭頂部から噴出して、見給えオーラが髪の毛のようだ。
「ホープが無実なのは皆んな分かってる! でも市長と馬鹿三男が相手じゃ、俺達にはどうにもならない。だからマーガレットさんの帰りを待ってたんだよ!」
「ちくしょう〜〜〜!!! 馬鹿三男の阿呆! 今度と言う今度は許さん!」
マーガレットはガーベラテトラに跨ると冒険者ギルドに向かって駆けた。いるであろう当事者。副ギルドマスターのレンズーを締め上げて詳しい事情を聞き出すためだ。
(堪忍袋の緒が切れた。ホープに万が一の事があれば、三男と市長は冥界の王に捧げてやる)
馬鹿三男クズダスはこれまでも、ボンレス男爵領内の街や村で幾度も無体を働いていた。悪い取り巻きを連れて魔導車での暴走行為と煽り運転。見知らぬ他人の態度が気に入らないと言って殴り。未熟な少女を権力で無理矢理手籠めにして、妊娠したら捨てる。被害者は分かっているだけで100人を超え、父親のボンレス男爵はその都度、金銭で強引に示談して阿呆息子の罪を揉み消してきた。
半世紀前。リュカオーン王国に産業革命的なものが起こった。すると商業的成功によって貴族に勝る財力を手に入れる平民が現れる。資本主義が浸透した世界において、お金は狂信と並んで最も強い力だ。軍隊すらお金なしでは動かない。力を手に入れた平民は欲を持つ。一つを手に入れたら二つ目を欲するのが人間なのだ。彼らが望んだのは権利。王族や貴族と言った、世襲権力に踏み躙られない権利を求めて戦い、紆余曲折を経て、遂に欲しいものを手に入れた。
従って現在のリュカオーン王国では、貴族の権限は絶対ではない。一部特権はあるものの、法と人権を守る義務を負っている。馬鹿三男も例外ではなく、示談が成立しなければ国法によって逮捕され裁かれる立場。
であるのに、彼はそれを理解しない。
これには理由があった。
父親のボンレス男爵は時代の変革期に生まれた育った世代だ。先代男爵は絶対権力が崩れ去るさまを目の当たりにした世代だ。
ボンレス男爵は毎日のように「昔は良かった」と嘆く父親を見て来た。弱い背中である。受け入れたくない父親の姿である。凡庸なボンレス男爵は変わる時代に抗えず、諦め、やがて世界に無関心となった。どうせ領運営は家臣がする。自分はハンコを押すだけでいい。空虚な生活は次第に子供達への関心も失わせていく。
跡継ぎの長男はいい。未来を憂いた家臣達がまともな教育を施す。予備品である次男もそうだ。しかし三男は捨て置かれた。すると甘い汁を求める者達が三男に群がり悪い遊びを教える。行動はどんどんエスカレートするが、男爵は変わらず無関心。ただ風聞を恐れて不祥事を金の力で揉み消すのみ。三男は際限なく腐りゆく。いずれ取り返しのつかない事態になるなど想像もせずに。
◇◇◇◇◇
マーガレットが冒険者ギルドに到着すると、中から悲鳴が聞こえる。レンズーのものだ。事態はすでに動いていた。
慌てて冒険者ギルドに飛び込むマーガレット。そこで目にしたのは、レベルカンストの怪力でレンズーを締め上げるベラであった。
「痛い! 痛い! 許して下さいベラさん〜!」
「許せるか馬鹿! 多目的室の惨状はなんだ! 俺の子犬になにをした!」
人集りが出来ていた。ギルド職員や冒険者達が輪になってレンズーを取り囲んでいる。そこにはゲレタもミリアもいた。
瞬間、マーガレットは肝を冷やす。屈強で歴戦のハゲは、しばらく感じなかった命の危険に体を撃ち抜かれる。
それはゲレタがとても冷たい目をしていたからだ。元Sランク冒険者。聖女ゲレタの本当の恐ろしさを知る者は少ない。彼女が本気で怒った時、国が震えかねないのだ。
「あら、マーガレットさん。お帰りなさい」
ゲレタがマーガレットに気付く。とても静かな声である。
「ゲレタ婆さん。話はゲオから聞いた」
「あらそう。ならまず、多目的室をご覧になったら? 話はそれからにしましょう」
女性職員に促さて多目的室を見分する。室内は散乱して、床にも壁にも血と吐瀉物が撒き散らされている。これが全てホープの物だとすれば、命が危ない。
「あの、ギルドマスター?」
「あぁっ! なんだ!」
「ひっ!」
全身から殺気が漏れるマーガレット。女性職員は少し漏らしたが、保身の為に必死に弁明するのだ。
「わ、私は知らないんです。全部レンズーさんがやったんです。ホープ君は連れ去られた時には意識がなくて、もしかしたら……」
「おう。それをこれからレンズーに聞こうじゃねーか」
女性職員の曖昧で中途半端な言い訳など聞きたくない。
マーガレットはホールに戻ると半死半生で項垂れるレンズーに顔を近づけた。
「全部話します。殺さないで……」
「はよ話せや」
ホープが若返りの秘薬を手に入れた事。それを市長に報告すると、偶然にも馬鹿三男もいた事。秘薬を1万ポリで取り上げようとしてホープが抗議。馬鹿三男が問答無用で暴行を加え、最後は護衛も参加してホープを半殺しにして連れ去った事。
「レンズーよ」
「はひっ」
「冒険者ギルドは冒険者あっての相互扶助会だ。信頼なくして成り立たない」
「はひ」
「冒険者ギルドは国家権力に縛られない独立組織。所属する冒険者の個人情報の取り扱いは、ギルドマスターに一任されている。知っているな?」
「はひぃ〜」
「お前がした事はギルド規約に反する背信行為だ。冒険者ギルド総本部に報告する」
「ぐふぅ〜」
「前々から怪しいとは感じていた。お前、市長から賄賂を貰っているな?」
「そ、それは! ぐはっ!」
立ち上がろうとしたレンズーをベラが押さえつける。
周囲の目が冷めていた。レンズーは全ての冒険者を敵に回したのだ。
「正しい対応はな、俺に報告した後に買い取り交渉をする事だ。冒険者がダンジョンで手に入れた物は、ダンジョンを出た時に所持していた個人またはパーティーに全権利がある。長い冒険者ギルドの歴史の中でアイテムの最低買い取り価格が設定されて、それを下回る買い取り額の提示は冒険者の信頼を損なう行為だ。なのにお前は、まず市長に報告した。結果として不当な押し買いが行われ、正当に抗議したホープが命の危険に晒されている。副ギルドマスターのするこったねぇ」
「はいぃ〜」
マーガレットは「ふん!」と気合を入れて、ゲレタ、ベラ、ミリア、そしてこの場にいる全員に声を張り上げた。
「これからホープを助けに行くぞ! 警備隊隊長はまともな男だ! 今なら間に合うかもしれん!」
すると「俺も行くぞ!」「私も行く!」「馬鹿三男に思い知らせてやる!」と参加の意思表示の波が広がって、冒険者ギルドのホールを熱く燃え上がらせた。
「早く行きましょうマーガレットさん」
「ゲレタ婆さん。すまん」
「謝罪は後。ホープさんが先よ」
「もしも子犬が死んでいたら、三男一派を皆殺しにして男爵に責任を取らせる」
「ベラさん、洒落にならんので抑えてつかぁ〜さい」
「抑えされるか! 俺の可愛い子犬だぞ! 子犬がいないと家がゴミ屋敷に戻ってしまう!」
「ギルマス、ベラさんは基本無視で。急いで!」
「ミリア。ホープはお前の相棒だから心配だろう。悪い事をした」
「ホープは絶対に助ける! パパに言いつけてやるんだから!」
数十人が一つの塊となって冒険者ギルドを出る。
馬鹿三男に対する積もりに積もった鬱憤を、今こそ解放する時。そしてその想いは彼らだけの物ではなかった。マーガレット達は驚愕の光景を目の当たりにする。
「俺達も行くぞ! ホープを助けろ! 馬鹿三男と市長の横暴を許すな〜!」
「「「おおお〜〜〜!!!」」」
冒険者ギルド前には門番のゲオがいた。
汚い定食屋の主、マーガレットの兄ポピーもいる。
農家のトーヤ、妻のカヤ、おじさんとおばさん。アンダーソン一家だ。
土建屋の親方と従業員とゴーレム。
ハーリャクレープ屋台の店主達。
ホープがスタットの街に来て、関わりを持った人々と、話を聞いた数千人の市民達が集まっていたのである。
「お前らぁ〜〜〜!!! 最高だ〜〜〜!!!」
「「「うおおおぉぉぉ〜〜〜!!!」」」
巨大な津波となって警備所へと進撃する。




