19話 ムカつく奴を殴ったら逮捕された件
ホープはダンジョンボスから手に入れた謎の小瓶を持って冒険者ギルドに帰還した。
「あれ? マーガレットさんがいない」
いつもならカウンターでハゲを光らせ散らしているマーガレットが、今に限っていない。変わって眼鏡をかけた神経質そうな中年男性が受付けカウンターに座っていた。
「すいません、マーガレットさんはいませんか?」
尋ねる。すると中年は眼鏡を中指で持ち上げた。いかにもホワイトカラーで事務職的な仕草である。
「ギルドマスターは急用で外している。きみはホープ君だね、私は副ギルドマスターのレンズーだ。よろしく」
「あ、はい。はじめまして」
眼鏡神経質中年は副ギルドマスターであった。スタットの街に来て1ヶ月以上、初めて存在を知った。
「それで、用事は何かね?」
「ああ、そうです。つい先程ダンジョンを攻略しまして」
「それはおめでとう。ホープ君もこれで初心者卒業だ」
「ありがとうございます。それでボスからドロップした宝箱の中身が用途不明なので教えてもらいたくて」
「ほう、なるほど。スタットダンジョンボスから手に入る宝箱で最も多いのは最高級鹿肉生ハム(大) つまりそれ以外と言うことだね?」
「はい。宝箱は虹色でした」
虹色。それを聞いた途端、レンズーは勢い良く立ち上がる。そしてホープに顔を近付けると、小声で話し始めた。
「間違いなく虹色か? 金色ではなく?」
「間違いないです。めっちゃ光ってましたから」
レンズーは「う〜ん」と唸り、腕を組んで思案した後。
「奥の部屋に行こう。そこでアイテムを見せて欲しい」
ホープを多目的室へと誘った。
「座ってくれ」
「はい。失礼します」
多目的室には長テーブルと椅子。壁際には資料を収める本棚。ホープが椅子に座ると、レンズーは棚から『ダンジョンアイテム大全』と銘打たれた分厚い本を取り、テーブルに置いて開く。
「ではアイテムを見せてくれ」
「これです」
アイテムボックスから小瓶を取り出してテーブルの上へ。
レンズーは眼鏡をずらして小瓶に顔を近付ける。老眼が始まると、この方が良く見えるからだ。
「ポーション類の小瓶に似ている。だがエリクサーとは違う。え〜と、虹色宝箱の項目はと。これは違う。これは小瓶は似ているが中身の色が違う。これも違う。これも。それも。……あっ!」
数ページめくった所でそっくりなイラストを発見。
イラストは細部まで詳細で色付き。とても分かりやすく、間違いなく同一アイテムであり、ホープが説明文を覗き込むとこう書かれていた。
若返りの秘薬。
経口摂取して使う。
人生で最も生命力の溢れる年齢まで若返る。
人生で一度だけ使用可能。
最低価格1千万ポリ。
(ひぇ〜! 最低価格が日本円で10億! どえらい物を手に入れてしまった〜!)
驚きが天元突破して理解が追いつかない。レンズーも似たようなもので、しばらく震えた後、突然我に返ってこう呟いた。
「スタットダンジョンから虹色宝箱が出現したのは初めてだ。アイテムもとても貴重で高価。私の手には余る案件だ。上に報告しなければ……」
「あの? レンズーさん?」
「ホープ君、ここで待っていて欲しい。お茶とお菓子を用意させるから、絶対に何処へも行かず、秘薬も紛失しないように。絶対だぞ」
相当に慌てたのだろう、多目的室を出る時に足の小指をドアの角にぶつけていた。
「アウチッ! ホープ君絶対に動かないように!」
大事な事なので3回念を押す。
レンズーが去ると少しして、職員の女性がお茶とクッキーのクリームサンドを運んで来た。
「どうぞ召し上がれ。レンズーさんから絶対にギルドから出すなと、キツく言われているの。お代わりが欲しかったら遠慮なく言って、トイレに行きたくなったら私もついて行くからね」
「はぁ、物々しいですね」
「大事件らしいわよ。事情は聞いていないけど、ホープ君がやらかしたんでしょう? あなた逮捕されるかも」
「ちょっ、逮捕はないです! 俺は悪い事をしていませんからね!」
「そうなの? でもレンズーさんの表情は凄かったけどな〜」
女性職員が部屋から去る。ホープは「はふぅ」と息を漏らして肩の力を抜いた。お茶を一口飲んで口内を湿らせ、クッキーのクリームサンドをサクッと頂く。
「美味い! クッキーはしっとり系でクリームはバター風味だ。北海道のアレに似ているな。きっとレーズンを入れたら合うぞ!」
モグモグと小腹を満たし、喉を潤す。そうして幸運にも手に入れた若返りの秘薬の処遇に思いを巡らす。
選択肢1。売る。最低価格は1千万ポリ。おそらくオークションに賭けられるので、更に数倍の値になるだろう。一生遊んで暮らせる大金だ。
(若くして大金を手に入れて、人生を狂わせたハリウッドの子役スターは沢山いる。お金は止めておこう)
人間万事塞翁が馬。過ぎたるわ猶及ばざるが如し。である。
選択肢2。自分が使う。いずれ年老いて、3度目の人生リスタートの為に、その時までアイテムボックスで保管する。
(有りは有りだけど、3度目の人生とか想像がつかない。今は今の人生を全力でやり直したい)
若返り転生直後に老後の心配は不毛過ぎる。
それに人間の心は逃げ場があると甘えが生まれる。甘えは手抜きになり、やがて堕落となって、時間をドブに捨てて怠惰な日々を過ごす事となる。常に背水の陣で挑んだ先に、納得いく人生が待っているとホープは考える。
選択肢3。ゲレタに譲渡する。
(これかな。いつもお世話になっているし、秘薬で若返ったら結婚も現実味を帯びて来る。やっぱり一番の好みはゲレタさんだわ。落ち着いて上品な物腰。一緒にいても不快感や圧迫感を感じないから運命かもしれない)
虹色宝箱の出現は超低確率であり、初心者ダンジョンから出現したとなれば、輪をかけてあり得ない。ホープの転生と、老女ゲレタとの出会いと、若返りの秘薬の入手はもはや天命であり、運命だと言って過言ではない。
(たとえ飲んで貰えなくても、薬草研究の試料にするとか、売って研究費に充てるとか。無駄ではない。喜んで貰えるだろう)
そう決断を下して、すっかり冷めたお茶の残りをいっきに飲み干す。カップを置いて、壁に掛けられた魔導時計を見ると1時間以上経過していた。
(長い! どんだけ待たせるんだ! そろそろ夕暮れだから帰りたいぞ。腹が減った……)
お腹がぐっぐぅ〜となる。すると同じタイミングでドアが開かれる。副ギルドマスターのレンズーが、2人の見知らぬ男を連れて戻ってきた。
「いたかホープ君。待たせたね」
レンズーはホープの姿を見て胸をなで下ろす。
「はあ、そりゃ、待ってますよ。待ってろといわれましたから」
「うん。真面目でよろしい。ではお二方どうぞ」
レンズーは後ろにいた政治家っぽいおっさんと、ムカつく雰囲気のイケメンを部屋の中へ通す。態度は上役にするそれであり、おそらくレンズーより立場が上の存在。
「紹介しよう。こちらの政治家っぽい男性はスタットの街の市長、ロドリゲスさんだ」
市長ロドリゲスは白髪の混ざった髪をポマードで七三に分けた、胡散臭い笑顔のおっさん。選挙の時に腰が引くくなるタイプに思える。
「そしてこちらは」
もう一人。金髪の若いイケメンには見覚えがあった。
(あっ! スタットの街に来た初日に見たぞ! 魔導車で煽り運転をしていた男爵の馬鹿息子だ!)
「ボンレス男爵様の3男、クズダス様だ」
ムカつくクズダスは「ふん」と鼻を鳴らしてホープを蔑んだ。性格の悪さが滲み出て分かりすぎる。
「まずはお祝いを言わせて欲しいホープ君。大変な偉業だよ、よくやってくれた」
ロドリゲス市長が握手の手を差し出す。ホープは
「はぁ、どうも」
と言って手を握り返した。
「さて、君の手に入れた秘薬だが、ボンレス男爵様が買い取る事が決定した。1万ポリだ、受け取りたまえ」
ロドリゲス市長はテーブルに1万ポリ分の金貨を並べる。そして秘薬を寄越せと、能面の様な笑顔で詰め寄った。
「待って下さい。若返りの秘薬は最低1千万ポリですよね? 1万ポリは安すぎます。それにこれは売れません」
ホープは抗議した。これではまるで押し買いであり、十歩譲って最低価格の1千万ポリを提示すれば交渉の余地もあるが、とても受け入れられない。それに譲渡先は決めてあるので諦めて下さいと。
するとロドリゲス市長の顔が不快感で歪む。
レンズーは焦った顔をする。
そしてクズダスがおもむろに進み出て、拳を振り上げた。
ガンッ!
「アウチッ!」
グーで頬を殴られる。手加減のない本気のグーである。
ホープはテーブルに突っ伏して頭を激しくぶつけた。
ティーカップとお菓子の皿と金貨が床に落ちてガチャガチャと音を鳴らす。
「平民風情がつべこべ言うな。早く秘薬を出せ」
「な、なんで?」
頬の内側が切れている。口から血を流して体を起こすと再度殴られる。
ガンッ!
「げはあっ!」
床に倒れるホープ。頭を守ろうと左手をついた先。割れたティーカップの破片が鋭利な断面で出迎えるのだ。
「痛っ! 刺さった!」
かなりザックリ切れて、引くほど流血する。ホープは手を押さえて即席の止血をすると、クズダスを睨みつけた。
「いきなりなんだこの野郎!」
「黙れ平民! 俺は忙しんだ、早く秘薬を出せ!」
言葉はクズダスに通じない。代わりに蹴りが飛んでホープを打つ。何度も何度も何度も。
「ぐっ! あはぁ! うぐっ! おぇっ! ぶおっ!」
「貴族相手に値を吊り上げようとは不埒な奴だ! 体で分からせてやる!」
体を丸めて急所を守るしか出来ない。床は血の海となり、多目的室は無残に散乱している。
「ク、クズダス様、不味いですよ、その辺で」
レンズーが止めようと割って入る。
「うるさい! 貴族に命令するな!」
突き飛ばされてよろめくレンズー。
一瞬隙が生まれ、ホープは素早く立ち上がると、無事な右手を硬く握った。
「喰らえクズ野郎!」
血に塗れた拳が油断したクズダスの顔にクリーンヒット。
「あぶっ、さん!」
謎の悲鳴を上げて尻もちをついた。
鼻血が流れ、キョトンと放心して、やがて悪魔の形相に変化するクズダス。
「きょぉぉぉ〜〜〜!!! 貴族に手を出した! 貴族の俺様を殴った! し、死刑だ! こいつを捕まえろ! 縛り首だ!」
狂乱して喚き散らすクズダス。その騒ぎを聞いて、護衛であろう屈強な男が駆けつける。部屋に飛び込むや否や、ホープの腹を情け容赦なく蹴り上げた。
「うごぉぉ〜! おぇぇ〜!」
(やば、息が出来ない。これは死ぬかも)
血と吐瀉物が床に舞い散る。
「思い知ったか平民が! こいつを縛って警備所に連行しろ! 秘薬を出させてから嬲り殺す!」
このままでは殺される。確信したホープは最後の抵抗を試みた。
(武器はマズイな、洒落にならん。なんとか素手で応戦しなければ。剣術スキル仕事しろ!)
気合を全開にして、無理矢理立ち上がりファイティングポーズ。その闘志を受けた護衛の男はニヤリと笑う。
「小僧にしてはいい目だ。その意気や良し」
前蹴り。まったく反応できない。鳩尾に直撃。
「あべしっ!」
交通事故の如く飛んで、壁に背中を打ちつける。
そのまま壊れた人形のようにグニャリと脱力。床に崩れ落ちて横たわり、意識を失うホープである。
「生意気な平民が! 楽には死なせないぞ!」
まるで歯が立たなかったホープ。タネを明かせばこうだ。
スキルとは、対応した動きにのみ効果を発揮する。
剣術スキルなら剣を装備して、盾術スキルなら盾を装備して。つまり素手のホープは、成長値Dでレベル6のモヤシなのである。勝てるわけがない。
滅茶苦茶になった多目的室。事態の大きさに震えるレンズー。ロドリゲス市長は瀕死のホープを一瞥すると、レンズーにこう言った。
「小僧に身内はいるのかね? 何処か強い後ろ盾はあるのかな?」
なければ闇に葬る。そういう意味だ。
「は、いえ、最近スタットの街に現れた浮浪民の子供らしいです。ギルドマスターが目を掛けていますが、そのくらいかと」
「ならば良い。しかし生まれながらのアイテムボックス持ちは貴重だ。よい活用法もあっただろうに、とても残念だ。未来ある若者が、犯罪を犯して処刑されるなんて悲しい世の中だ。そうは思わないかレンズー」
悪いのはあくまでホープ。コチラ側の善意ある買い取り交渉を渋り、貴族に手を出した。
悪意ある言葉の凶器で事実を歪めるのは、政治家らしいやり方である。
レンズーは黙して語らない。一言でも発すれば共犯にされてしまう。ただ沈黙して連れ去られるホープを見送るだけ。
(ギルドマスターになんと言おう。これはただでは済まないぞ)
マーガレットが黙っているはずがない。絶対に一悶着ある。レンズーは人生の経験値を総動員して、言い訳を考えるのだ。
こうしてホープは逮捕? されてしまった。




