最終話 ホープの冒険はこれからだ
ホープは充実した日々を送りながら3ヶ月が過ぎた。
クズダスの悪行が無くなってからスタットの街は平穏そのもの。特別な事など何もなく、冒険者を志す少年少女達が日々、初級ダンジョン目当てにやって来ては攻略して去って行く。
街の雑用依頼はクズダス改めダストに押し付けて、ホープは空いた時間でダンジョンで鍛えたり、ゲレタとイチャラブしたり、ベラの家を掃除したり。やる事は沢山あるので忙しい事この上ない。
(今日のお昼は久し振りにポピーさんの定食屋で食べよう)
その日は土建屋の親方がホープへの指名依頼を出したので魔導ゴーレムと共に土方作業を行う。ゴーレムが掘り出した土をネコ車で所定の場所に運ぶ。その繰り返しの単純作業真面目なホープにはぴったりである。やがてお昼休憩となり、お腹ペコペコのホープは1人でポピーの定食屋に脚を運んだ。
「ポピーさんお久しぶりです。オーク肉丼定食をお願いします」
店の引き戸を開ける。目に飛び込むのはあいも変わらず不潔な店。お昼時とあって客は数人。この店は変わらない。そう思うが今日は一点、いつもと違うものが注意を引いた。
「ぶらびゃだかさばらるなんてね〜!」
「そうなんですねご店主。それでこのお店の売りは?」
「ざんぎえはらだいとうおんせんばらんだ〜!」
「なるほど。興味深いです」
(おや? ポピーさんが誰かと話しているぞ)
店に入るとポピーが若い2人組の男女と会話をしている。
女性の身なりは綺麗に整えられ、知的なキャリアウーマン風であり、メモを片手にポピーの言を必死にメモしている。
男性はヨレヨレのスーツをだらしなく着て、ポピーには興味がなさそうに店の中をキョロキョロと観察していた。
「あの〜、ポピーさん。お取り込み中ですか?」
昼食が駄目なら屋台で食べよう。そう考えてお伺いを立てるホープ。
「だぶじゃんかだらばかのさらばん〜!」
「あら? 常連さんですか?」
ポピーが大丈夫と返し、若い女性がホープに関心を持った。
「どうも。お邪魔じゃないですか?」
「じいぃよぉ〜!」
「こちらこそお邪魔をしてすいません。どうぞ」
「はぁ」
ホープが椅子に座る。すると女性が横に立って話しかける。
「あなたは冒険者かしら? このお店の常連さん?」
女性は近くでよく見ると美人である。茶色の髪と小柄な体。瞳に宿った知性が滲み出てホープは好感を持った。
「常連と言えるほどではないですけど、そうです」
女性は笑顔を作る。そして名刺を渡す。
「私はボンレス新聞社のクリ・クリタ。こっちのぐ〜たらは同僚のヤマオカダさん。私達は魅惑のメニューと言う記事を担当していて、ボンレス男爵領の隠れた名店を取材しているの。良かったお話を聞かせてくれない?」
(おぉ〜! 何やら知ってる気がする。これはスレスレのネタだぞ!)
名刺を受け取るとアイテムボックスにしまう。そしてクリ・クリタからの質問を受ける。
(とは言っても、当たり障りのない内容しか話せないけどね)
3つ4つ、適当に答える。すると店の引き戸がガラガラと音をあげて強めに開かれる。昼食の客かと視線を向けると、現れたのは貴族服をキメめて、長い髪をオールバックしたロマンスグレーのおっさんと、腰の低いお付きのおっさん数名である。
「ささ、どうぞオオウナバラ先生。ここがスタットの街で庶民に親しまれる定食屋でございます」
「うむ」
オオウナバラ先生と呼ばれたおっさんが店へ脚を入れたその瞬間、ぐ〜たら社員のヤマオカダとオオウナバラ先生の視線が交わった。そして飛び散る火花。
「貴様はサブロウ! 何故ここにいる!」
「それはこっちのセリフだね。あんたの方こそ不釣り合いな場所じゃないか」
「なにを生意気に抜かしおる」
「事実を言ったまでだ。有名芸術家で美食家のあんたはこんな汚い店に用などないだろう」
唐突に始める口論。周りは事情を飲み込めずに困惑してあたふたするばかりである。けれどホープには懐かしくて思い当たる部分が多分にあった。
(異世界に来て親子対決を見れるとは思わなんだ)
懐かしい昭和の名親子喧嘩。惑星が違えど収斂進化によって良く似た状況は産まれるのだ。
「ふん! 儂は王都新聞の顔を立てたに過ぎない。誰が好んでこんな汚い定食屋などに来るものか」
「なら早く帰ったらどうだい。ここは庶民の店だぜ」
「言われずとも帰ってやる。この店の汚さは食品を提供するのに相応しくない。料理の味も窺い知れると言うものだ」
オオウナバラ先生は間違った事は一つも言っていない。
ポピーの定食屋は本当に古くて汚く、定食の味も美味くはないが食べられる程度である。まともな客なら店内を見た瞬間に回れ右するだろうし、まともじゃない客だって好きで食べている訳ではない。ホープだって最初は「おえっ!」となったのだ。
けれどストレートに言われて店主のポピーは納得出来るだろうか? そもそもの話。ポピーが店の汚さに問題意識を持っていれば店はもっと清潔なはずだ。料理だって味の研究を怠らないはずだ。つまりポピーは定食屋の現状に満足しており、それを貶されれば頭に来て反論の一つもするのである。
「ぼしゅらんばだがざあまらん〜!」
おそらく翻訳すると
「食べもしないで偉そうに言うな〜!」
だと推測される。
怒気を孕んだポピーの言葉にオオウナバラ先生の眼が光る。
「ほほう。この私に汚い定食を食えと言うのか?」
「えぼりゅござひきだるまざんだら〜!」
「良かろう。ならば明日、同じ時間に再び来てやろう。その時に店が汚いままなら王都新聞を使って定食屋の悪評を広げてやる。覚悟しておけ」
「じゅびないる〜!」
腕を捲って
「目にもの見せてやる!」
とたぶん言っているポピー。
そしてオオウナバラ先生は腕を組んでヤマオカダ・サブロウに対峙する。
「ふふふ、サブロウ。貴様にこの店の掃除が出来るかな? 出来ぬのなら恥をかく前に尻尾を巻いて逃げるのだな。ははははははははは!」
高笑いして取り巻きと共に去って行くオオウナバラ先生である。
「ヤマオカダさん、大変な事になりましたね」
クリ・クリタが心配の顔でヤマオカダを見つめ、オオウナバラ先生とヤマオカダの関係に突っ込んだ。
「所でヤマオカダさんとオオウナバラ先生の関係は?」
(うわ〜! 来たぞ来たぞ!)
ホープはちょっと面白くなって来た。
「あんな奴は父親でも何でもない!」
「えっ! 芸術家で美食家のオオウナバラ先生がヤマオカダさんのお父様!」
(言っちゃたぞ! 速攻でネタばらしだ!)
「それよりも下町の定食屋を馬鹿にするオオウナバラに負ける訳にはいかない! 奴に底辺の味を思い知らせてやる!」
ぐ〜たらヤマオカダはヤル気を出した。意味不明な展開であるが、それなりに面白いと思うホープ。
「でも、ここまで汚いお店を明日までに綺麗にするなんて不可能です」
「それでもやるんだ。ボンレス新聞社魅惑のメニューの意地を見せてやるんだ!」
「ぶじょだがあからまし〜!」
ホープはワクワクした。理解不能の急展開だが、他ならぬポピーの定食屋の危機である。悪評を広げられてお店が潰れたら悲しいし、世話になっているマーガレットに申し訳ない。ここは力を貸してやろうと立ち上がった。
「ちょっと待ってもらおうか」
「冒険者さん?」
「ん? 君は?」
「ぶじょ〜!」
「俺はホープ。ポピーさんの弟のマーガレットさんに世話になっている者だ。そしてスキル『伝説の家政夫シマ』を持っている」
「なんですって!」「何だって!」「もじょらん〜!」
ベラの家の片付けで鍛えられたホープのスキルである。なんせベラと来たら、片付けた側から散らかして行くのでエンドレスお掃除なのだ。スキル成長のチートで家事系のスキルはガンガン上がってカンストしているのだ。
「そもそもポピーさんの定食屋は汚な過ぎて食中毒が起こっていない方が不思議なんだ。俺も前々から気になっていたし、オオウナバラ先生の言葉はもっともだと思う。むしろ反感を持って対抗心を燃やすあなた達の方が異常だ。良い機会だから徹底的に掃除をしよう」
それからホープはゲレタ、ベラ、ミリア、マーガレット、クズダス改めダストを呼び出すのである。
「と、言う訳で」
ポピーの定食屋に集まった面々にホープは胸を張って宣言する。
「明日までに定食屋を綺麗に生まれ変わらせるので、俺の指示に従って欲しいです」
腰を曲げてお願いした。弟のマーガレットと子分のダストは強制参加として、恋人のゲレタを巻き込んだのは少しだけ申し訳なく思うのだ。
「良いのよホープ。汚い定食屋を救うなんて素敵じゃないかしら。喜んでお手伝いさせてもらいます」
「ありがとうゲレタ。愛してる」
「もう、人前よ」
イチャラブ始める2人。若い肉体と羞恥心の薄れた老人の精神が所構わずラブラブを求めるのだ。
「うぉっほん! おい子犬。俺は掃除なんてしないぞ」
愛しい子犬をゲレタに取られて不機嫌なベラである。
呼び出されて、少し期待して浮かれて来てみれば、一番苦手な掃除をすると言う。ムカつきは3倍増しだ。
「わかってるよ。ベラには北の森で上等なオーク肉を取ってきて貰いたいんだ。頼めるかな?」
「オーク肉か? 上等だとハイオークになるな。それならひとっ走りで取って来れるが」
「それで良い。店を綺麗にするだけじゃなくて、オオウナバラ先生を唸らせる美食を用意したいと思うんだ」
「ふ〜ん。美味しいなら俺にも食わせろ」
「もちろん。だから頼むよ」
「分かった。他でもない子犬の頼みだ、やってやる」
ベラは新作料理の食材確保担当。どうせ掃除では戦力にならないのだから適材適所である。「任せろ」と言って疾風の如く北の森へ向かうベラ。
「ゲレタとミリアとクリ・クリタさんは、ポピーさんを散髪に連れて行ってバッサリとやって欲しい。それから風呂屋で皮膚が擦り切れるまで洗って欲しい」
汚物その物のポピーである。文明レベルが中世以上現代未満の異世界なら許されても、料理人が清潔にするのは必須の常識であり、前世で食品製造業をしていたホープならではの発想。
「分かりました。風呂場までは付いていけないけれど、汚れが落ちるまで監督して完全に綺麗にしてみせます」
「頼むよゲレタ」
「私もやるわよ。汚物を消毒してやる」
「期待してますミリアさん」
「私もボンレス新聞社の威信に掛けてポピーさんを清潔にしてみせます」
「はい。上手く行ったら記事にして下さいねクリさん」
「だだなやほわろねーじゅ〜!」
「はいはい。ポピーさんはとっとと行く。帰って来たら新作料理を伝授しますからね」
「まる〜!」
汚いポピーを連れて店を出る女性陣。残るは力仕事の掃除班だ。
「ではマーガレットさん、ダスト、ヤマオカダさん。やりましょう」
「おお〜! 遂にこの時が来たか!」
「ちくしょう。なんで俺様が……」
「しょうがない。やってやるか」
定食屋の汚れは数十年積み重なった頑固な汚れ。ちょっとやそっとでは綺麗になどならない。
天井や壁や床は積層構造の油。隙間という隙間にはゴキブリを筆頭に不快昆虫やネズミが王国を築いている。
「ネチョネチョするぜ。ポピーの野郎、よくぞここまで」
「いや、見ればわかるでしょう? これまで放置したマーガレットさんの責任問題ですよ」
「そうは言うがなホープ。ポピーは大人でこれは俺の管轄外だと思うぞ」
「言い訳は良いので手を動かして下さい」
「……うむ。ちくしょう」
いっそ全て燃やして建て直した方が早い。汚物は熱消毒するのが確実である。勝負の猶予が1ヶ月だったら、ホープは迷わず燃やしていた。とにかくムカつくほど汚い。
「ぎゃあああ! ゴキブリだ! ムカデだ! ネズミの家族もいるぞ〜!」
「うるさいダスト! お前の仲間だ、よろしく追っ払え!」
「ふざけんなちくしょう! ふざけんなちくしょう〜!」
大掃除をしてみて改めて思う。ここは食事を提供してよい場所ではない。それどころか人の居る場所ですらない。
(燃やしたい。全て燃やして無かった事にしたい。ここで食事を取った過去の自分をぶん殴りたい)
人生で初めて強烈な放火欲に囚われる。
「調理器具も酷いものだ。これは料理人失格だよ」
「ですよねヤマオカダさん。俺も激しく同意します。じゃ、ヤマオカダさんは調理器具を綺麗にして下さい」
「ちょっと待ってもらおうか。それは不可能だ、新しく買った方が良い」
「ならお前が金を出せや」
「ちょっと待ってもらおうか。割れた器だって使いようがある。そうだ、蕎麦がきを作ろう」
「いらねーよ。働けよぐ〜たら社員」
ヤマオカダは能書きばかりでぐ〜たらである。よくよく考えると、今起こっている全てはヤマオカダとオオウナバラ先生親子が原因だと思える。実際はポピーの定食屋がバチクソ汚いのが原因であるが、垂れ目でぐ〜たらで偉そうなヤマオカダの仕事ぶりを見ているとムカムカして来る。
「今夜は眠らせないからな! 腰が抜けるまで、奥の奥まで掃除してやる〜!」
そんなこんなで次の日の朝。
「いや〜。見違えた。本当にこれが俺の店かい?」
清潔になった店内を驚きの顔で見渡すマーガレットに似たおっさん。坊主頭、顔は全ての毛を深剃りしてツルツル、体臭は石鹸の香りで服もシミ一つない新品。誰あろう、生まれ変わったポピーであった。
「ありがとうなホープ。他の皆んなもありがとう」
ニカリと笑う顔は渋いイケオジ。それよりも。
「ポピーさんがまともに喋ってる……」
ホープはそっちの方が驚いた。
「俺はいつだってまともに喋っていたぞ。鼻毛と髭で少しだけくぐもっていただけだ」
アレで少しなら某プロレスラーは演説家になれるだろう。
「ゲレタ、ミリアさん、クリさん。お疲れ様でした」
「おほほ。ホープもお疲れ様でした。お店も人も見違えたわね」
「そうね! これならオオウナバラ先生も納得するわ」
「ボンレス新聞社の看板に傷を付けなくて済みそうです」
最低限の準備は整った。残るはオオウナバラ先生を唸らせる新作料理である。ベラに依頼したハイオークの肉が到着すればすぐに取り掛かれる。そろそろだろうと冒険者ギルドの方角に目を向ける。すると朝靄の中からベラが欠伸をしながら現れた。
「ふぁ〜。ハイオークの肉を冒険者ギルドで解体してもらってきた。これで良いのか?」
アイテムボックスから新鮮なロース肉の塊を取り出す。
「良い色の肉だ。これで人事は尽くしたな。後は天命に従うのみ」
この瞬間、全員の心が一つとなった。ポピーの定食屋を救い、オオウナバラ先生をぎゃふんと言わせるのだ。たぶんオオウナバラ先生は何も悪くない、だけどノリ的にオオウナバラ先生が悪いのだ。きっとそうだ。それで良いのだ。
◇◇◇◇◇
オオウナバラ先生は約束通りにお供を連れてやって来た。
お供リーダーは痩せてバーコードハゲのおっさん。
常に腰を曲げて手を揉んでいるので、ゴマすりと接待の達人であろう。他にも数人お供はいるが、モブなのでどうでもいい。彼らとは別に昨日はいなかった貴族服のおっさんが1人混じっていた。中年太りしたハゲだ。
「来てやったぞサブロウ! さあ店の中を見せてみろ!」
オオウナバラ先生は腕を組んで偉そうだ。悪者ではないのに悪者っぽくてとても良い雰囲気だ。
「ふん! 見て驚け! これが新時代の定食屋の在るべき姿だ!」
ヤマオカダがバーン! と引き戸を開ける。オオウナバラ先生とお供達が覗き込む。すると店内から眩しい光が漏れ出した気がした。
「「「いらっしゃいませ! オオウナバラ先生!!!」」」
「なんと!」
「オオウナバラはん! これはどえらいこっちゃで〜!」
オオウナバラ先生と謎の中年太りハゲは店内の様子に度肝を抜かれた。何故なら目の前に、天女か女神か、はたまた淫魔のお出迎えかという天国が広がっていたからだ。
「お席へどうぞ、オオウナバラ先生」
「う、うむ」
メイド服に身を包んだゲレタとミリアとベラが出迎えだ。
いずれも美女、美男の娘、そこそこの美少女。男なら鼻の下が伸びても、テントの設営が始まっても致し方ない。
「如何でございますか? オオウナバラ先生」
席に座ったオオウナバラ先生と中年太りハゲにお茶を出しながらゲレタは問う。
「見違えた。たった一晩で店内をここまで綺麗にしてメイド喫茶に作り変えるとは、このオオウナバラ不覚を取った。わははははははは」
素直に店を評価するオオウナバラ先生。やはり見た目と違って悪い人物ではない。メイド喫茶の良さが分かる人物に悪人などいないのだ。
「サブロウになど何も出来ぬと思ってな。友人で経済界の重鎮、ホッキョクさんを連れて来てしまった。失敗したわ」
「まあ、あのホッキョク様ですか?」
ゲレタはホッキョクさんを知っているらしく、口に手を当てて目を丸くする。彼女も名誉伯爵という貴族なので、経済界の重鎮なら多少の面識があるのかもしれない。ただし相手は若返ったゲレタが何者か知る由もない。
「そやで。でも、あんさんみたいな美女に会えたんや。ここまで脚を運んだのは無駄にはならんかった。どや、この後に儂とええ事せんか?」
「まあ、イケないお方。おほほ」
「儂は本気やで。一目惚れや。あんさんお名前は?」
手を取ろうとするスケべ親父ホッキョクを躱し、彼の耳元でゴニョゴニョと何かを告げるゲレタ。
「せ、聖っ!」
「し〜。それ以上は「めっ」ですよ」
「そやな。儂が浅はかやった。すんません」
ホッキョクさんはハゲ頭を擦りながら自らの性欲を反省した。オオウナバラ先生はその様子を黙って見守り訳知り顔で「ウンウン」と頷いている。本当は何も知らないクセに。
「オオウナバラ先生、お店は合格でしょうか?」
メイド服は胸元が強調される。オオウナバラ先生もホッキョクさんも、ゲレタとミリアの谷間をチ〜ラチラ。それからベラの胸を見てがっかり。
「もちろん合格だ。飲食店はこうでなければならん。今後も清潔を保つように精進せよ」
「お褒め頂きありがとうございます」
「では帰るとするか。王都新聞には良い記事を載せるとしよう。楽しみにしておけ」
オオウナバラ先生はお茶を飲み干して席を立とうとした。
「ちょっと待ってもらおうか」
「ぬっ! サブロウ!」
「勝負はまだ終わっちゃいない。まずはこれを食べてもらおう」
「なんだその丼ぶりは!」
「ほぉ〜う。なんや、食欲をそそるえぇ匂いや〜」
清潔になったポピーがホープの指導で作り上げた新作丼ぶり。それをさも自分の手柄の如く、オオウナバラ先生とホッキョクさんの前に置くヤマオカダさん。どうしょうもないクズである。
「ふ〜む。嗅いだことのない香りだ。ご店主、蓋を開けても良いかな?」
「おう、食ってくれやい」
厨房に立つポピーとマーガレットとホープ。
オオウナバラ先生は3人の自信に満ちた表情から感じるものがある様子。先程までのスケベ親父の顔を捨て、芸術家兼美食家として丼ぶりの蓋に手を掛けた。
もわぁぁ〜〜!
「ぬっ! これは?」
「なんや見たことのない食いもんや。せやけどたまらん匂いやで〜」
丼の中身はカツ丼。
厚めに切ったハイオークのロース肉に衣をつけてたっぷりのラードでカラッと揚げる。それを一口大に切り、麺つゆと玉ねぎで煮て、最後に溶き卵で閉じる。
できるなら揚げたてのトンカツも食べてもらいたかった。
しかしリュカオーン王国には中濃ソースがない。醤油と味醂と出汁はあるのでカツ丼にした訳だ。
「むっ! これは!」
「なんやて!」
オオウナバラ先生とホッキョクさんは一口食べて本能で理解した。美食家の舌が感じたのだ。カツ丼はこれまで世界になかった新しい料理であると。定食界に革新を起こす丼ぶりであると。
「美味い。このオオウナバラ不覚を取ったわ!」
このおっさん、不覚取りすぎ説。
「ほんまや、このカツ丼に比べたら今まで食べて来た丼物は全部カスや!」
すぐにカスとか言う奴がカスなんやで。
「「美味い! 美味い! 美味い!」」
ガツガツ、ガツガツ。2人はカツ丼を残さず平らげた。
「ご店主、良い物を食べさせてもらった。だが、これはサブロウが考えた物ではあるまい」
「なんだと!」
ズバリ指摘されて怒るヤマオカダ。筋違いだし鬱陶しい。彼はもう良いだろう。
「カツ丼の生みの親は誰だ?」
オオウナバラ先生が立ち上がって厨房を覗き込む。
ポピー、マーガレット、ホープ。そして端っこで玉ねぎの皮を剥くダスト。見た目的にはポピーかホープである。
「おや? オオウナバラはん、そっちの少年に見覚えがあらへんか?」
「なんですと?」
ホッキョクさんはカツ丼よりもホープに関心を持った。顔をジロジロと見て確かめると、衝撃的な言葉を発する。
「あんさん、もしかして」
「はぁ、俺が何か?」
「カルメ公爵家の長男やないかい?」
「「「えっ!!!」」」
驚きの声が被る中、ホッキョクさんは語り始めた。
リュカオーン王国唯一のカルメ公爵家には、本来跡継ぎとなるホープと言う名の長男がいた。彼は早くに母親を亡くした上に成長値がDであった。そのため自分の子を跡継ぎにしたい後妻から虐められ、父親の公爵も成長値の高い異母弟ばかりを可愛がる。故に公爵家で日陰者となり、社交の場にもほとんど姿を現す事がなく、最近は行方不明だと噂になっているらしい。
「歳の頃も同じくらいやし、儂に見覚えがあらへんか?」
「いや、その、初対面だと思いますけど?」
「そうかのう? 儂もパーティーで数回チラ見した程度やし、人違いかもしれんな〜」
「そうですよ。俺がカルメ公爵家の長男なんて、まさかですよ」
ホープの反応に納得いかないホッキョクさんとオオウナバラ先生である。しかし大人物2人はスケジュールも押しているので「またカツ丼を食べに来る」と言い残して帰って行った。
そして。
「子犬よ。お前はスタットの街に来る前の記憶がないんだったな」
暖簾を降ろした店内。ホープを中心にして椅子に座る面々。話題はホープの出自についてである。
(あると言えばある。ないと言えばない。ベラが言うには俺はこの星で産まれて育ったはずらしいけど……)
「カルメ公爵の最初の妻の実家と言えばな」
「なんです? マーガレットさん」
「レーゼック侯爵家なんだが、最近になって大盗賊団に攻められて大変らしいな」
「それって、ボンレス男爵領に現れた盗賊団の本隊ですか?」
「それだ」
マーガレットは冒険者ギルドで掴んでいる情報を話して聞かせる。
元々、カルメ公爵家とレーゼック侯爵家は良好な関係にあって、婚姻によってさらに強固になったはずだった。けれどレーゼック侯爵家の姫は長男を産んで早逝。その後フラメラ伯爵家の姫を後妻に迎えてから徐々におかしくなったと言う。
数年前からカルメ公爵家はレーゼック侯爵家を邪険に扱うようになり、跡継ぎであるはずの長男ホープとレーゼック侯爵家の祖父母との面会も拒否。大盗賊団の討伐にも協力していないと。
「フラメラ伯爵家が暗躍しているんじゃないかと俺は思う。レーゼック侯爵家を潰して領地を奪うつもりじゃないか」
マーガレットの話に相槌を打つクリさんとヤマオカダ。
「ボンレス新聞社でも同じ見解です。現カルメ公爵は後妻の言いなりになっていると思われます」
「よくある話だな。オオウナバラの奴だって、母さんを奴隷の様に扱ったんだ。俺は絶対に許さない」
「あら? オオウナバラ先生と奥様はとても仲が良くて、一人息子がぐ〜たらの不良だともっぱらの噂ですけど? そもそも奥様はお元気ですよね?」
「クリ君に何が分かる!」
「はいはい。ヤマオカダさんは黙ってくださいね」
ヤマオカダという邪魔は入ったものの、マーガレットの情報はクリさんによって肯定された。
「なぁ、子犬」
「なんだベラ?」
「レーゼック侯爵家に行ってみたらどうだ?」
「なぜ?」
「なぜって、レーゼック侯爵家は母親の実家で祖父母がいるんだぞ?」
「俺はカルメ公爵の長男ではないよ?」
「いや、しかし」
ホープにはこの世界で生きた記憶がない。家族は前世で自分を虐待した母親だけであり、それ以外は存在しない。そう思っている。
「ねぇ、ホープ」
「ゲレタ?」
隣に座るゲレタがホープに肩を寄せて瞳を重ね、優しい声で提案した。
「私、レーゼック侯爵家には若い頃にお世話になったのよ。今まではおばあちゃんで、満足に体が動かなかったけれど、今は元気ハツラツだから助けに行きたいわ」
ゲレタは自分一人でも大盗賊団に攻められたレーゼック侯爵家を助けに行くと言う。ホープが嫌ならスタットの街に残って良いと言う。
「ただし、向こうで素敵な男性に言い寄られたら心変わりしてしまうかも?」
「ゲレタ!」
ホープは勢い良く立ち上がった。
ゲレタの肉体に他の男が触れるなんて、絶対に許せない自分がいる。
「駄目駄目駄目駄目! 浮気は駄目!」
「なら一緒に行きましょう。レーゼック侯爵様と奥様にお会いすれば思い出す事もあるかもしれないわよ?」
「うぐぐ〜」
カルメ公爵家にレーゼック侯爵家。ホープには他人であり関係がない。果たして本当にそうだろうか。
「子犬が行くなら俺も行く。飼い主の務めだからな」
当然ベラは行くとして。
「私も行くわ。パパのネジが必要になるかもしれないものね」
言葉の意味は不明であるが、ミリアも行く気だ。
「俺様は行かないぞ! 盗賊団を相手にするなんて嫌だ!」
端からダストには誰も期待していない。
「ダストはスタットの街に残って雑用を真面目にやれ。親分としての命令だ」
「うぐぐ、歳下のクセしやがって〜」
相変わらずプライドだけ高いダストである。使い物にならない奴である。プライドなんて早い内にへし折らないと、歳を取ってから辛くなるだけである。ここらでボットン便所の汲み取りをさせようと決めるホープである。
「ホープ君。そのネタ、ボンレス新聞社で密着取材させて貰えないかしら?」
「クリさん?」
「行方不明だったカルメ公爵家の長男が祖父母を救う。これは売れるわよ」
「えっ? 不純な動機じゃね? 俺が公爵家のホープだと決まったわけでもないし?」
「なにを言っているの! 名前と年齢とホッキョクさんの証言。これは決まりよ!」
「ええ〜」
こうしてホープ達はレーゼック侯爵領に旅立つ事となった。
待ち受けるのは大盗賊団。それから祖父母との感動の再開。悪の継母との因縁の対決。さらにはカルメ公爵家の後継者争いに端を発する、国中を揺るがす大事件である。
波乱万丈の物語は始まったばかり。
ホープの冒険はこれからだ。
終わり。
最後までお付き合い下さりありがとうございました。




