17話 明日に向かって説明回
「行ってくるからな。家を散らかすんじゃないぞ」
こじんまりとした一軒家の玄関先から、リビングへ向かって声をかけるホープ。中からは気の抜けた「ほぁ〜」と謎の返事が返る。自称新妻。仮定夫の出勤に姿をみせない汚ロリである。
そこは数日前まで見るも無残なゴミ屋敷であり、今は真っ当に生まれ戻ったベラの家。ホープは遂にやりきった。ゴミと言う名の汚物が詰まったスイートホームを掃除して元の姿に戻したのだ。
筆舌に尽くしがたい重労働。長く苦しい戦いだった。冒険者の雑用依頼もダンジョン行きも休んで没頭。たった1人で成し遂げた偉業だ。
お陰で家は人が居住するのに必要な機能を取り戻した。ホープは前世で食品製造業をしていた関係で料理が堪能であり、ベラに軽い朝食を作って家を出る。
「聞いてるのかベラ! 帰って来て散らかってたらゲレタさんに言って夕飯抜きにするからな!」
ベラへの敬意は数日間で消え失せた。同時に恋愛的好意も霧散した。一時でも(男の娘と結婚しても良いかも)などと錯乱した自分が恥ずかしい。
口調は完全に対等な男に対するそれであり、ヒステリックな怒声で苛立ちをぶつける。当のベラといえば、恐れもせず家の奥から再び「ほぇ〜」と繰り返すのみ。
「寝ぼけてやがる。ロリは朝が弱い説は実証されたな」
ホープはドアを閉めると朝日の昇りきらない薄暗い街を走り出した。今は払暁、ベラに限らず大多数の者はベッドの中で惰眠を貪っている。ベラが朝に弱いのではなく、ホープが早いのだ。
「数日ぶりの冒険者ギルドだ。街の雑用依頼が溜まっているだろうし、ダンジョンも本腰入れて攻略したい。やるぞ」
やる気が体中に漲る。当面の目標としてスタットダンジョンを攻略すると決めたからだ。
(この世界は地球の文明で言えば中世と近代の境。一部不自然に発達した部分もあるけど、全体ではまともな法治世界とは程遠い。魔物も盗賊団も貴族もいる。ここで自由に生きるには力が必要だ)
盗賊団との戦い以降、ゲレタには変わらず夕飯を御馳走になっている。しかし赤髪のミリアには会えていない。マーガレットからは「心配しているから会ってやれ」と言われているが、生活時間が噛み合わないので仕方がない。
(ず〜と、ベラの家を掃除してたからな。まあ、あえて会いに行く関係でもないけど)
人がまばらな道を走り、冒険者ギルドの鍛錬場で剣術スキルと盾術スキルを鍛える。ひとしきり汗を流すと街へ繰り出し、ハーリャクレープの屋台で腹拵え。毎日屋台を変えているのに飽きは来ない。
「美味い! このお店のハーリャも美味いよおばさん!」
「そりゃ良かった。ありがとうね。うちはソースにタマネギを使ってんのさ。製法は秘密だけど、手間を掛けると甘くて旨みが出るからね」
「タマネギか〜。もしかして、弱火でじっくりキツネ色のトロトロになるまで?」
「まぁ! 何故それを?」
「別に。料理には一過言あるんだよ」
「舌が肥えてるんだね。恐ろしい坊やだよ。ライバルが増えたら困るんだから」
「はいはい。おばさんの不利益になることはしないよ。ごちそうさま」
「またおいで」
食べ終わると冒険者ギルドに戻る。朝一番なので冒険者は少なく、マーガレットの受付に直行する。
「おはようございますマーガレットさん」
「ホープか。ようやく仕事復帰か」
「はい。ベラの家は綺麗になりました。今日から仕事とダンジョンを頑張ります」
迷いのないホープの言葉に好相を崩すマーガレット。人を殺してどうなるかと案じたが、もう心配ないとハゲ頭で頷く。
「今朝の仕事は南側外壁補修工事の手伝いだ。終わり次第ダンジョンに行っていいぞ」
「外壁補修ですか。スタットの街の壁は丸太を組んでますよね。石とかレンガは使わないんですか?」
ホープのイメージする城壁は石である。木材では強度、腐食耐久性、火への耐性が不十分だと質問する。
「もっともだがな、石やレンガは高価なんだ。対して木材は北の森から潤沢に手にはいる。もろもろの耐久性は白スライムから作るペンキを塗れば解決する。定期的に補修もしているから問題ない」
もっと大きな都市や要塞や国の首都なら石材が普通。
地方の小都市や村なら木材と白スライムペンキが普通。
「なるほど。場所場所に合ったやり方でやると」
「そういう事だ。それとなホープ」
「はい?」
「スタットダンジョンの全階層地図をやる。お前はスキルレベルが異常に高いからソロでも大丈夫だろう。思うようにやって、油断だけはするなよ」
「ありがとうございますサー!」
本来ダンジョンの地図は1階層以降は有料。高額でもないが、貰えるなら嬉しい。地図を受け取りアイテムボックスにしまう。冒険者ギルドを後にして南門を出ると、思いもよらない物体がホープを驚かせた。
「なっ! なんじゃありゃぁー!」
南門を出て左手。工事の作業員が十数人集まっていた。近くには資材を満載した魔馬車も数台。親方らしきおっさんが書類片手に壁を見上げている。その隣である。
「ロボットじゃねーか! 不格好なでっかいロボットだ!」
ホープの視線の先には酒樽状の胴体に手脚を生やした、5メートル超の巨人が大地に立っていた。素材は金属。色は黄色を基調として赤色の線が横に走っている。頭部は無く、樽の上部に目であろう突起が付いていた。
「うわぁお! 文明的にどうなってんだ? ロボットだぞ、ロボット!」
騒ぐホープに気付く親方。
「おい小僧、うるせーぞ! お前は何処のドイツだ!」
「あ、すいません。俺は冒険者のホープです!」
「手伝いの小僧か! こっち来い!」
「はい!」
親方というより、隣に立つ巨大ロボットの下へ駆け寄る。近くで見ると泥で汚れている。細かい擦り傷で塗装も剥がれている。使い込まれた証拠だ。
「俺は現場監督だ。親方と呼べ」
「はい親方!」
「ゴーレムが珍しいのか」
「ゴーレム、ですか?」
「おう。土木作業用ゴーレムだ。人が乗り込んで動かす。高価な物だから、所有している土建屋はこの辺りではうちだけだ。思い切って借金して買ったが、100人力だぜ」
「すげ〜! マジすげぇ〜!」
「国軍には軍用ゴーレムもある。ドラゴンや巨人族と戦うんだ。コイツだって、パワーだけなら軍用に負けねぇんだぞ」
「むほぉ〜! 巨大獣と戦う巨大ロボットかよ! 胸熱だな!」
「話の分かる小僧だな。気に入った」
ゴーレムを自慢したい親方の話では、ゴーレム含む魔導機械の急速な発達は半世紀と少し前から始まったと言う。当初は地球の産業革命に似た賑わいと混乱が起こり、多少の衝突も起こった。しかし最近ようやく、魔導機械が広く認知されて一段落の兆しを見せ始めている。
産業革命には変わり者のエルフが関わっているようであり、ホープが暮らすリュカオーン王国と周辺国では魔導機械がかなり普及しているらしかった。
(あ。そのエルフはベラが言っていた異世界転生者かもしれない。叶うなら会って話をしてみたいな)
「話はこれぐらいで仕事だ。お前は魔馬車から資材を降ろして所定の場所に運べ。終わったら帰っていいぞ」
「了解です親方!」
仕事が始まればゴーレムも動く。
重低音の駆動音を唸らせながら、緩慢に作業するゴーレム。親方の話通り、速度は遅いがパワーは凄まじく、人間とほぼ同じ動作で古くなった壁の丸太を両腕で引っこ抜いて、空きスペースに並べていく。求められる役割はショベルカーやブルドーザーそのものだ。
「すげ〜! 地球の重機は効率重視で人型をしていなかったからな〜。性能は向こうが上だけど、ロマンはこっちが上だわ」
ホープは作業しながらゴーレムから目が離せない。
金属の巨人。唸るエンジン音。ゴーレムが人と同じ武装をして、ドラゴンと対決する場面を夢想してしまう。自分も乗って動かしてみたい。そんな少年心が擽られた。
「作業終了しました親方!」
「ご苦労。帰っていいぞ。あ、待て」
親方よりゴーレム。後ろ髪を引かれる思いで現場を去ろうとすると、呼び止められる。
「なんですか?」
「力はモヤシだが、真面目に良く働いた。これをやる」
「はぁ?」
手渡されたのは新聞紙で包まれた何か。受け取って新聞紙を開く。すると中身はお菓子であった。
「役所からの差し入れだ。お前の取り分だぞ」
「良いんですか?」
「舐めたガキだったら渡さん。お前は次の作業も来い。いいな」
「ありがとうございます!」
お菓子はカステラ的な甘いスポンジ菓子だった。アイテムボックスにしまって親方に頭を下げる。ゴーレムに手を振ると街に走り出した。次はダンジョンだ。
スタットの街を走る。これはこれで長距離走のスキル鍛錬になる。ダンジョン探索前に丁度適したウォーミングアップになる。
「こんにちは受付さん。今日も夕方には戻ります」
「ホープか、盗賊団討伐で活躍したらしいな」
ダンジョン入り口のギルド職員とはすっかり顔馴染み。会話も気安いものとなる。
「活躍と呼べるかどうか。犠牲者は出ましたから」
「それはお前が気に病む事ではない。冒険者は戦力であり、あの時求められたのはド田舎村の防衛と盗賊団の壊滅だ。どちらも達成して、お前は首領を討った。それが全てだ」
「ですかね。そう思える様に頑張ります」
「頑張る必要はない。その内慣れる」
人間同士の争いは慣れたくない。そう思いながらダンジョンへ入った。
「今日中に3階層に降りるぞ」
1階層は攻略済み、走って抜ける。2階層は初見だが地図がある。魔物も豆鹿レベル2なので敵ではない。走って抜ける。長く螺旋する階段を降りて3階層に到達すると、流石に夕方である。
「帰るか。遂に階層転移を使う時が来たか」
ホープは今日まで1階層しか探索していない。なので階層転移とは無縁であった。皆んなが当たり前に使うダンジョンの謎装置、階層転移。ワクワクが止まらない。
「階段の側で唱えれば良いんだな。やるぞ、俺はやる。良し! 階層転移!」
ホープの体がグニャリと歪む。これは周囲の空間が歪んで、視覚的にそう見えるだけだ。エレベーターに似た浮遊感に襲われるが問題はない。瞬き数回の間にホープは糸のように細くなり、やがて3階層階段前からパッと消えた。
「んぉ? ここは?」
一瞬目眩を覚えが振らつく程でもない。周囲を見回すとダンジョン1階層のスタートホールであった。
「こうなるのか。これは便利だ」
出現、帰還共に階段周辺限定だが、瞬間移動は助かる。これなら高深度のダンジョンでも探索は容易になるだろう。
(帰ろう。ベラを連れてゲレタさんの家に行こう)
夕飯はゲレタの家へ行く。1日3食、夜はベラと一緒にゲレタの手作り料理を堪能する。当たり前として定着したルールだ。
ゲレタの家へ向かう道すがら、ホープはベラと並んで今日の出来事を話して聞かせるのだ。
「ゴーレムを見たんだよ。太い丸太を引き抜いて、整地して、新しい丸太を地面に挿して。大迫力だった」
「ゴーレムか。民間用は力が制限された劣化版だ。軍用は見た目も戦闘力も段違いだぞ」
「カッコいいんだろうな軍用。見てみたいな戦闘用。ベラとどっちが強い?」
成長値Sのレベルカンスト。軍用ゴーレムと戦ったら勝つのはどっちか。男の子なら気になる。
「俺が勝つ。だが楽な勝利ではないな。これから先、ゴーレムがもっと進化すれば、人間の力では太刀打ち出来なくなるだろう」
「一応ゴーレムに勝つんだな。ベラはいろんな意味で見た目詐欺だよな」
「まあな。褒められるのは慣れてる。結婚しても良いんだぞ?」
「褒めてない。結婚しない」
冒険者ギルドの前を通り過ぎる。もうすぐ営業終了である。きっとマーガレットは、仕事終わりに隣にあるポピーの定食屋に行くだろう。兄弟で軽く呑んで仕事の疲れを癒すだろう。
「ダンジョンは3階層まで降りた。明日は5階層まで降りて、しばらくは魔物の巣でレベル上げするつもり」
「ほう。まあ、頑張れ」
「素っ気ないな」
「スタットダンジョンなど低レベル過ぎて、話す事などない。俺が初めて別の街の同ランクダンジョンに挑戦した時はな、5日で攻略した」
冒険者の先輩としてのアドバイスや気遣いなど微塵もない。上から目線の自分自慢。友達がいない訳である。
「はいはい。凄い凄い。ベラは外見以外は赤点だな。ご馳走様」
「子犬よ。俺の美貌に惹かれて求婚を申し込む者は男女問わず山程いるんだぞ。後で後悔するぞ?」
「現在独身なのが全てです。本当にお疲れ様でした」
美しい花を咲かせる汚臭食虫植物。それがベラ。
くだらない会話を交わして歩くと西1区のゲレタの家に到着する。こじんまりとした古い家だが手入れが行き届いて清潔。誰かさんとは大違いだ。ホープは軽くドアを叩く。
「ただいまゲレタさん。ホープです」
「俺もいるぞ」
中から「は〜い」と返事が返る。いつもの出迎えだが、2人は顔を見合わせた。
「知らない声だぞ子犬よ」
「若い女の子の声だな」
ホープには聞き覚えのある声だ。もしやと思ったが、扉が開かれて想像通りの正解を知る。
「お帰りなさいホープ、あとベラリケスバスマチスさん?」
「赤毛さん」
「む。赤毛の雌犬」
赤髪のミリアがエプロンを着けて2人を出迎える。
「なんで赤毛さんがここに?」
「ミリアよ、ミ、リ、ア。全然ホープに会えないからギルマスに教えて貰ったの。貴方が聖女ゲレタ様の知り合いだなんて驚いたわ」
「聖女、ゲレタ?」
「知らないの? 知らないでゲレタ様のお世話になってたの? 信じられない」
腰に手を当てて呆れるミリア。するとベラが前に出て、ミリアを押す。
「邪魔だ雌犬。俺は腹が減っている。家に入れろ」
「まあ! 行儀の悪いショタロリね」
睨み合う2人は龍虎の如し。玄関先は一瞬で修羅場になり掛けた。
(はわわ。血の雨が降りそうだ。誰か助けて〜)
「やんのか雌犬。やってやんぞ」
「あら〜。女の子のフリしたロリが何か言ってるわ。やだ〜、栗の花臭い」
「殺す。オーガの嫁にくれてやる」
「パパに言い付けるわよ」
開戦間近。世界平和は泡と消えた。そう思われたその時である。
「ホープさんお帰りなさい。今日はミートボールスパゲッティですよ。早くいらっしゃいな」
ゲレタの落ち着いた声で救われたのである。やはり老女。我らの老女。それ行け老女。
「あ、お邪魔しま〜す! わ〜、いい匂い!」
ダイニングへ逃げるホープ。いつもと変わらぬゲレタが出迎えて、九死に一生を得る。
「今日も1日お疲れ様でした。先にお風呂に入ってね」
「ありがとうございます。頂きます。あ、ベラは一緒に入りませんから」
「あら? そうなの? どうして?」
「家のお風呂を綺麗にしたのでそっちを使わせました。そもそも男同士とはいえ、ベラとお風呂に入るのはマズいですよ。ゲレタさんも止めて下さいよ。ははは」
「あらあら、まあまあ。確かにそうね。ベラがクズ過ぎて失念していたわ。おほほ。だって本性を知ったら、恋愛対象にはならないでしょう?」
「確かに。あはは」
ほんわかと温まる時間。ホープは久しぶりに1人でゆっくりと湯船に浸かって疲れを溶かし、ホカホカになった体でテーブルに着く。メニューは大粒の肉団子が入ったミートソーススパゲッティとマンドラゴラのサラダである。
「どうぞ召し上がれ」
「頂きます。モグモグ。美味い!」
「ほほほ。相変わらず良い食べっぷりだこと。おほほ」
ホープは頬を膨らませながら、先程ミリアの言った聖女の意味を尋ねた。
「それはね。若い頃に薬樹の研究をしていたら、先代の国王陛下が聖女の称号を下さったのよ。本当は大した事なくて、大袈裟なのよ」
口を手で隠し、「おほほ」と謙遜するゲレタ。そこへミリアが割って入る。
「とんでもない。聖女様の功績はリュカオーン王国のみならず、近隣諸国にまで轟く大偉業です。私は尊敬します」
「まあ、ありがとう。それよりもミリアさん」
「はい」
「ホープさんにお話があるんじゃなくて」
「そうでした」
テーブルの向かい側に座っていたミリア。ゲレタに言われ、フォークを置くと、ホープと目を合わせた。
「盗賊団討伐の時はありがとう。ホープが助けてくれなかったら、私は死んでたかもしれない。お礼と言ってはなんだけど、明日からホープとパーティーを組んであげる。喜びなさい」
言い方は上から目線である。しかしミリアは成長値Aである。パーティーを組めば心強い。ホープは即答した。
「せっかくの申し出ですが、またの機会とさせて頂きます。本当にお疲れ様でした」
「なんでよ!」
ミリアの唾が飛ぶ。汚い。否。ある種の者にはご褒美だ。
「いえ、前にも言いましたかね? 俺は若い女性が苦手でして、二人きりとか息が詰まるので、ごめんなさい」
「ばっかじゃないの! 失礼よあんた!」
断るにしても言い方が悪い。この時ミリアの恋心は20%ダウンした。そしてゲレタとベラは心の中で「ザマァ〜」と安堵していたのであった。




