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ゲームだと思ったら異世界転生だった! 〜人生をやり直したい男の異世界探索記〜  作者: 和三盆光吉


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 16話 ベラリケスバスマチスの正体



「マーガレットさん、ご心配をお掛けしました」

「おう。落ち着いたか」


 衝撃の事実を知った翌日の朝。ホープは冒険者ギルドを訪れた。盗賊団討伐時の醜態と暴言を謝罪するためだ。特にマーガレットをハゲ呼ばわりしたのは、恨まれて殺されるかもと戦々恐々している。


「ホープは良くやった。お陰で冒険者の犠牲は1人で済んだ。ありがとよ」

「いえ、とんでもない。犠牲者が出たのは残念です」

「まあな。これが冒険者の現実だ。仕方のない事だが、せめて体は遺族の元に帰す。相応の見舞金と一緒にな」

「そうですか」


 冒険者は自己責任。たとえギルドマスターの呼び掛けで参戦して死亡しても、誰かを責める理由はない。冒険者ギルドは相互扶助会であって、冒険者の命に責任を負うべき組織ではない。結局冒険者は個人傭兵、もしくは個人探検家と同じなのだから。


「ところで討伐参加の報酬だが」

「はい」

「ホープは首領を仕留めた戦功がある。特別褒賞が上乗せされるぞ。全部で3000ポリだ」

「大金ですね。ありがとうございます」

「それとだ」

「はい」

「その、なんだ、あれだ」


 言いづらそうにハゲ頭を掻くマッチョ。


「なんです。モジモジして気持ち悪いハゲ」

「あぁっ! ハゲだと!」

「ひっ! ヤバ!」


 真実を知って心の整理が追いつかないホープである。

 多少混乱しているので、思わず本音が漏れる。当然マーガレットはキレる。顔が怖い。


「まあいい。それよりホープよ。冒険者は続けるのか?」


 神妙な雰囲気で問われる。

 実のところ、若い冒険者が辞める理由の上位に『死を目の当たりにして怖くなった』がある。ダンジョンの魔物なら疑似生命なのでまだ良い。不謹慎だが軽い気持ちで挑戦できる。倒しても煙となって消えるし、何より実力に見合ったダンジョンを自分で選べる。


 しかし生の魔物や人間同士の殺し合いになると話は別だ。生々しい命のやり取りを経験すると、心的外傷後ストレス障害を発症する者も多く、そこで冒険者を引退する。

 ホープの場合も昨夜初めて人を殺した。共に戦った少年も無残に殺された。盗賊団討伐に参加した9人の少年少女達の中で、既に2名が冒険者引退を申告している。ホープも辞めてしまうのではないか。マーガレットはそう心配していた。


「冒険者は続けます。確かに人を殺して心の整理はすぐにはつきません。でもそれ以上に、平凡な人生は送りたくないんです」


 ベラに癒されて、背中を押されて、ホープはこの世界で生きる覚悟を完了していた。『ゲームオブフロンティア』の運営AIの思惑など知らない。関係ない。初心貫徹で新しい人生を悔いなく突っ走ると決めた。そして叶うなら、男の娘ではなく、女の子のお嫁さんが欲しい。


「そうか」


 マーガレットは胸をなで下ろして優しい表情を浮かべる。筋肉ハゲに似つかわしくない、柔らかい空気が辺りを包む。


「なら俺からの褒賞として、今レンタルしている装備品一式をやる。大事に使えよ」

「本当ですか! やった! ありがとうございます!」


 レンタル武具を金額に換算すると2000ポリは優に超える。中古品だが扱いやすく、体に馴染んできたところなので素直に嬉しい。


「ゲレタ婆さんが心配していぞ。顔を見せてやれ」

「はい。今夜も行きます」

「赤髪のミリアも心配していた。会ったら声をかけてやれ」

「はい。赤毛さんが無事で良かった」


 マーガレットに別れを告げて宿屋に帰る。

 実は昨夜、結婚願望の強いロリ天使から同居を打診されていた。曰く。


「僕の家で一緒に暮らそう? そうしたら宿代が浮くし、台所もお風呂もあるよ? 僕の為に料理しても良いんだよ?」


 一部引っ掛かる言い回しがあった。けれど同棲は前向きに検討する必要がある。男同士でも外見が美少女なのでギリセーフ。大切なのは相性と見た目だと思う。第一候補は可愛い女の子であるが、男の娘も嫌ではないので、まずは家の下見から。そう考えてベラの自宅のドアを叩く。


 トントン。トントン。


「来ましたよベラさん。開けて下さい」

「は〜い。ちょっと待ってお兄ちゃん」


 トテトテと妖精を連想させる足音がしてドアが開く。

 天使が満開の笑顔で出迎えてくれるのだ。胸がトキメかないわけがない。


「入って、さあ入って。早く早く!」

「えっ、ちょっと押さないでベラさん」


 背中を押され、靴を脱いで玄関に上がる。すると背後でガチャリと鍵の閉まる音がした。ホープは少し、嫌な予感がする。


「ベラさん?」

「どうぞお兄ちゃん。お邪魔しろ」


 廊下は一応綺麗に見えた。しかし実際に歩くとジャリジャリとした感触が足の裏を襲う。弱い照明の光。目を凝らしてよ〜く見れば、フローリングの廊下の端は埃だらけ、足下は微細な粒子だらけ。


「えっ? なんか汚くない?」

「ソンナコトナイヨ。早く行こ」


 リビングへの扉は閉じられている。手を繋がれて連行される。ベラの体からは相変わらず良い香りがする。けれどリビングの扉に近付くほど、酸っぱい異臭が鼻に付く。


「なんか臭くないか? 扉の向こうに何があるんだ?」

「…………………………」


 ベラは押し黙っている。ホープの背中にゾワリと悪寒が走った。この匂いは知っている。社畜時代に何度も嗅いだ事がある。間違いない。あれだ。腐敗臭だ。


「ベラさん、扉の向こうには何が?」

「……お兄ちゃん。私のこと好き?」

「可愛いとは思うけど、好きかはまだ分からない」

「そうなんだ。ならね、僕のお願いを聞いてくれたら良いことしてあげる。とっても気持ち良いことだよ?」


 そう言って舌で唇をペロリと舐める。とても扇情的で蠱惑的な仕草だ。それから口を半開きにして、口内で舌をレロレロ動かしている。これ以上ないほど卑猥である。


 ゴクリ。ホープの喉が鳴る。テント設営班もスタンバイして、誘惑に押されて逃げるタイミングを失う。もしこの時逃げていれば、あるいは別の人生もあったかもしれない。


「この扉は開けていいものかな? マズい物があるんじゃないかな? 例えば死体とか?」

「うふふ。馬鹿なお兄ちゃん。さあ、入って」


 ベラと繋がれた手がさらに硬くなる。まるで逃すまいという意志の強さに比例する如く。白魚の手がドアノブに触れ、静かに扉が開かれる。ダイニングの明かりが廊下に漏れた、同時に別のものも流出した。出てはいけない禁断の発酵臭が。


「うぐぁっ! 臭い臭い臭い! 目が染みる! 目がぁぁぁぁ〜〜〜!!!」


 命さえ奪いかねない激臭である。それが行き場を求めて廊下に雪崩込む。ホープは目も鼻も皮膚でさえ汚染されて、涙を浮かべながら見てしまう。


「おうぇ〜! なんだコレ! ナニコレ! 汚な! めっちゃ臭汚い! ゴミ屋敷じゃね〜か!」


 ダイニングのはず。なのに一面を覆うゴミゴミゴミ。

 紙やら袋やら瓶やら謎の物体まで。くるぶしの高さまで積もりに積もって異臭を放っている。さらにはテーブルの上もゴミの山。目を凝らせば食べかけの丸パンが乱雑に積み重なっているではないか。ホープは我が目を疑った。


「あ、あれはまさか。そんな、まさか」


 わなわなと体が震えて止まらない。見覚えのある丸パンだ。ホープの記憶が確かなら、ベラから貰って食べた丸パンに瓜二つ。


(虫が沸いている。黒いカサカサする悪魔と、ハエが飛び回っている)


「おい、ベラ。あの丸パンはまさか」

「ん? お兄ちゃんにあげた丸パンだよ。美味しかった?」


 殺意が起こった。生まれて初めてロリが憎いと思った。経験のない激しい感情。足の先から頭の天辺まで、突き抜けるように沸点に達する。


「ふざけんな! 美味しかった?じゃねぇよ! お前は汚ロリじゃねか! なんだコレ! どうすんだコレ! 俺にどうしろと!?」


 盗賊団の首領を殺した直後以来、人生2度目の激昂。


「どうって? これから2人の愛の巣になるんだから掃除して?」


 ブチン。たぶん堪忍袋の緒とかそんなのが切れた音。


「うがぁ〜! 愛の巣じゃね〜! 他も見せろ! 全部見せろ〜!」


 ホープは半狂乱で家の中を走り出した。


 キッチン。汚れた食器と腐った食べ残し。そして黒いカサカサ悪魔とゴミゴミゴミ。

 お風呂。見るに耐えない。ドブ川の匂いがする。妖怪垢舐めを助っ人に呼びたい。使用不可。

 寝室。ベッドの上だけ綺麗。犬のヌイグルミが枕元に一つ。ムカつく。不思議と良い香りがする。ムカつく。床は脱いだ服が散乱。パンツもある。可愛い柄のトランクスだ。ムカつく。


(パンツはトランクスか。ムカつく。果てしなくムカつく。まぁ、白ブリーフよりはマシだけどムカつく)


「ねぇお兄ちゃん。早く掃除してよ。お願い♡」

「うがぁぁぁ〜〜〜!!!」


 ホープはベラの肩に掴み掛かった。


「その喋り方をやめろ! 元に戻せ! もうお前を恋愛対象として見れないぞ!」


 ベラの顔が歪む。「ちっ」と舌打ちまでする。なまじ絶世の男の娘だから尚更ムカつく。完全体男の娘のメッキは1日保たずに剥がれ落ちた。


「うるさい子犬だな。つべこべ言わずに俺の為に掃除しろ。終わったらご褒美だぞ。ん?」

「ん? じゃねよ! お前の目的はなんだ? 俺を掃除奴隷にするのか?」


 ホープの怒りに対して、ベラは目を逸らして「あぁ〜あ」と溜息。


「奴隷ではないぞ。子犬が家事をして俺が稼ぐ。良くできたらご褒美に気持ち良いことをする。それが夫婦だろう」

「違うわ!」


 世の中には片付けられない病患者が一定数存在する。

 住む場所全てを汚染するゴミマスターである。

 ベラもそれであり、ホープの助けを必要としていた。


「とにかく掃除しろ。話はそれからだ」

「なんで上から目線ですか〜!?」

「鬱陶しいな〜。ほれ、ご褒美の前借り。これで良いのか」


 ベラがホープに抱き着く。背中に手を回して、背伸びをすると、ホッペタにチュッ♡チュッ♡チュッ♡シルクもかくやの金髪がこそばゆい。


「うわ〜! やめろ〜! 汚ロリのクセに良い香りがする〜! 男なのに柔らかい〜!」

「ほら、子犬のクセに下半身の成犬は正直だぞ。ウリウリ。ペロペロ。チュッ♡チュッ♡」

「くそ〜! やめろ、やめてくれ! 分かったから、掃除はするから〜!」


 完全敗北。ホープは汚ロリの可愛さの前に屈した。

 若返った肉体は本人の意思に反してテントを設営、抑えが効かない。テント張りすぎて10万人規模のビッグイベントでも大丈夫。これが悲しい男の性だ。男同士だけど。


 そして。


「はぁ、はぁ、はぁ。全然終わらん。ゴミが無限に沸いてくる。リビングだけで1日掛かるぞ」


 ゴミ袋にゴミを詰める。分別する余裕はない。とにかく詰めてアイテムボックスに入れていく。


「ゴミ袋は街の外で燃やすから心配いらないぞ。どんどんやれ子犬」

「畜生! お前もやれや!」

「俺は奥さんだぞ? 可愛い新妻に汚れ仕事をさせるのか?」

「だからベラとは結婚しない! お前は今日から汚ロリのベラだ!」

「はいはい。口より手を動かせ子犬。終わったら俺が口を動かしてやるぞ。ん?」

「いらんわ! いるけどいらん! 汚ロリは恋愛対象外なの!」


 ホープは前世の仕事で整理整頓清潔が身に付いている。

 効率的な掃除法も身に付いている。

 コツコツ作業も苦にならず、集中力も高い。

 嫌だ嫌だと口にしても、やればやるほど没頭していく。


「くそ! リビングだけで4時間掛かった。腹が減った」

「おぉ〜。床が見える。偉いぞ子犬。丸パン食べるか?」


 捨てる予定の丸パン。カピカピでカビも生えている。絶対にアカンそれを、食べろと渡して来るのだ。可愛い顔してエグい汚ロリ。一度萎えた殺意が沸々と蘇る。


「いらんわ! 捨てろよ、絶対に食うなよ!」

「なんで? 水で濡らして魔導オーブンでチンするとリベイクして美味いぞ?」

「うごぉぉ〜〜!! リベイクとか言うなし!」


 そこで「はっ」と気が付く。気づいてしまう。恐ろしい事実をだ。


「さっきキスしまくったな。もしかして、その丸パンを食べた口でキスしたのか?」

「は? そうだけど、何か?」

「のぉぉぉ〜〜〜!!! 神は消えた〜!」


 ゴミの片付いたリビングで泣き崩れるホープ。

 だがこれは序章に過ぎない。家全体では半分も終わっていないのだ。あまりにも長過ぎるゴールに気が遠くなる。そしてベラへの性欲が消滅する。


「もういいや。これは仕事だ。仕事なんだ。俺はやれる。大丈夫。俺はやれる男だ」

「ベッドでやっても良いぞ。子犬は可愛がってやる」

「もう黙れやお前〜!」


 余談だが、この作業によってホープはスキル『家事手伝い』が生えた。これは家事に補正が掛かる生活に役立つスキルである。

 さらに余談。スキルは成長する。『家事手伝い』を例に取ると。

 『家事手伝い』レベル10、進化して『家政夫』レベル10、最終進化で『伝説の家政夫シマ』レベル10。となる。

 全てのスキルが3段階進化する。最終進化スキルは伝説級である。ホープの場合、家事スキルが真っ先に最終進化カンストする事となる。その原因は言わずもがなベラであった。


「畜生。男の娘のトランクスを洗濯する日が来ようとは、畜生。トランクスなのに何故か気になる。畜生」




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