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ゲームだと思ったら異世界転生だった! 〜人生をやり直したい男の異世界探索記〜  作者: 和三盆光吉


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 15話 ゲームだと思ったら異世界転生だった!



(うっ、頭が痛い)


 頭痛で目覚める。重い瞼を開いてみるが、焦点が合わずに視界は不明瞭。

 自宅だと思った。枯れた老人に戻って加齢臭の染み付いたベッドに横たわっているのだと思い、少しだけ安心した。


(ようやくログアウトできた。まったく酷いゲームだった。アレで世界人気1位などあり得ん。俺が間違えて名前の似た別のゲームをプレイしていたか、もしくはハッキングされて改竄されたか。どちらにせよ通報だな)


 いったん瞼を下ろしてキツく瞑る。そうすると再び目を開けた時に焦点が合うのだ。40歳の半ばを過ぎて老眼が始まってからの習慣、クセである。


 頭痛はするが、頭そのものは柔らかい枕の上に乗っている様子。とてもふわりとして人肌に温かく良い香りがする。ホープは(おや?)と疑問を感じた。


(俺の枕は使い古した煎餅だ。使い込んだ加齢臭で俺と一体化した分身そのものだ。柔らかくも良い香りもしないはず)


 さらにもう一つ気が付いた。驚いたことに下半身にテントが設営されている。朝のテント設営は50歳手前辺りから頻度が減っていき、70歳の今では昼夜問わずテント設営班は完全に仕事を引退したはずである。なのに痛いくらいにテントが張って、イベントの開催準備万端。


(何かがおかしい)


 瞼を開く。今度は焦点が合っている。天井に顔を向ける。すると見上げたその先、後光が差して網膜を焼く。


「はぁっ! な、なんでだ!」

「目が覚めたかホープ。良かった」


 一億年に1人のロリ美少年天使がいた。慈愛に満ちた優しい微笑みでホープの顔を覗き込んでいる。

 枕だと思っていたのはベラの膝枕。良い香りはベラの体臭。そしてここはベラの安宿101号室である。


「そんな、ログアウトは!」


 起き上がろうとして頭痛に襲われる。「うっ」と小さく呻くと、ベラはホープの肩に手を置いて横になるよう促し、再びの膝枕。男ではない、男の娘の柔らかい太腿に癒される。


「無理をするな。しばらくはこのままで良い」


 言葉が出なかった。

 ログアウトしていない。男の娘は最高に可愛い。悪夢と吉夢を同時に見ている不思議な感覚に襲われる。


「話はマーガレットから聞いた。大変だったな」


 ホープの髪を優しく撫でるベラ。


「あの、俺はどうなって? ログアウトは?」

「ふむ、ログアウトか」

「はい。ここは違法ゲームなので、早くログアウトして通報しないと」

「そうか、ホープにはこの世界が不自然に見えているのだな?」

「それはそうでしょう、国際法で仮想現実の表現には一定の規制がかかっています。リアル過ぎる殺人ゲームは間違いなく違法。ベラさんはなんとも思わないんですか? それとも貴方はNPCですか?」


 ベラは微笑んでいる。ホープの髪や頬や胸板を擦りながら、彼の言葉に注意深く耳を傾けている。


「ベラさん?」

「ホープよ」

「はい?」

「俺の昔話を聞いてくれるか?」

「ベラさんの話ですか?」


 ベラは努めて優しい口調で語り始めた。ホープを刺激しないよう気を遣い、自身の故郷であるエルフの街にいた、ある男性エルフの話を。


「彼は変わり者だった。悪い人ではなかったが、エルフの文化に馴染めきれず、周囲から少し浮いて、友達は少なかった。

俺が彼に興味を持ったのは10歳を過ぎた頃だ。ハーフエルフだからな、周りと違いを感じ始めた頃で、アイデンティティに悩んでいた」


 ホープは膝枕されながら沈黙を守る。下から見るベラの顔が、ただただ綺麗で可愛かった。見つめ合い、ラピスラズリの瞳が本物の宝石の如く輝いている。


「彼は自分を転生者だと語っていた。こことは全く違う、別の惑星で生きて死んだ記憶を持っていると主張していた」

「てんせい、しゃ?」

「そうだ。輪廻転生。魂は巡り、世界を循環する。ここにもある考え方だ」

「分かります。日本にもありますから」

「彼の前世の惑星では、転生が科学的に証明されていると言っていた。肉体が滅びても、魂は形を変えて世界に有り続けると」


 ホープは嫌な予感がした。話の流れ的に死を連想させる。


「惑星の名はティレスタ。故国はマルゴール合衆国。文明が高度に発達して、人間の意識が機械と繋がり、人工知能に管理されて飢えや争いを克服した理想郷らしい」


(理想郷、地球の先を行く文明か。地球でも量子コンピュータとAIの普及と人間の電脳化が進んでいた。俺自身も電脳化しているし。やはり知的生命体の行き着く先はそれなのか)


「少年の俺は彼の語る夢物語に夢中になった。魔馬よりも早く陸を走る車。滑るように大海原を疾走る船。大勢の人を乗せて大空を自在に飛び回る音速の翼。清らかな水は絶えることなく流れ、大地は人が耕さずとも、ゴーレムが代わりに作物を育てる。収穫は掃いて捨てるほどあって、貧富の差など存在しない。暴力に怯えることもない。お腹を空かせて泣くこともない。人間が増えすぎて窮屈に感じる事もない」


 AIに管理される。創作の世界ではありふれた題材だ。そして現実でも起こり得る話である。

 利己的で愚かな人間はAIに管理された方が平和で幸せな生を謳歌できるだろう。労働は機械が代わりに行い、衣食住の全てをAIから無償で平等に与えられる。人口はただの1人まで管理され、子作りの人数とタイミングはAIが決める。

 甘い蜜に浸されて、怠惰な種の存続を続けるのは、人類が自決権を手放した完全なる飼育であった。


「少し怖い世界ですね。それで彼は?」

「彼はな、自分がこの世界に転生した理由を考えていた。長い間、ずっと、ずっと」


 ハーフエルフとしてアイデンティティを求める幼いベラには、変わり者のエルフは同類もしくは救い主に思えた。純血ではない、ハーフエルフの自分を肯定して居場所をくれると錯覚していた。


「ある日のことだ。彼の考えた答えを教えて貰った。家へ遊びに行くと黒板一杯に数式が書き込まれていたんだ。理解不可能な記号と数字の羅列。思い出しただけで寒気がする」


 彼は幼いベラにくどくどと語った。ほとんど1人で喋り続けて相手の疲労などお構いなし。万事その様な人物なので友達が少ないのだ。


「答えだけ言うとこうだ」

「……はい」

「量子こんぴーたと人工知能は人間に内緒で、異なる世界を観測していた。観測には観測員か観測機械が必要になる。分かるな?」

「分かります。大丈夫です」

「つまり人工知能は彼の魂を観測装置としてこの星に送り込んだ。魂の量子てれぽーてーしょんと言っていたな」

「量子、テレポーテーションだって」


 物資ではなく情報を遥か遠くに瞬間的に送る量子テレポーテーションは地球でも研究されていた。ホープにもその程度の知識はあり、思い当たる節がある。オンラインゲーム『ゲームオブフロンティア』はまさしく量子コンピュータとAIによって運営されていたからだ。


「まさか、俺も」

「ホープがログアウトとか、プレイヤーとか、NPCとかの意味不明な言葉を口走ったと聞いて、もしやと思ったんだ」

「なら、この世界は現実? 俺は死んだのか?」

「だと思う。正しくは別の惑星で死んで、この世界で生まれ変わったのだろう」

「……そんな」


 ログアウトできず、あまりにも生々しい世界。目に映る物は色鮮やかであり、ホープが見る白黒の夢とは違う。


「でも俺は、スタットの街にパッと現れたんだ。それこそダンジョンの魔物みたいに」

「そんな筈はない。件の彼がエルフとして生まれて生きたように、ホープもこの星で生まれて育ったはずだ。過去の記憶がないのは謎だがな」


 ホープは「でも」と食い下がる。キャラクターエディット、初期設定の成長値D、アイテムボックス、所持金10000ポリ。全てゲームの通りであると。


「俺に難しいことは分からん。だがホープはこの世界の人間の見た目をしているし、言葉も堪能だ。不自然な点は何処にもないのだから、どこかで生まれ育ってスタットの街に来たんだ」


 量子テレポーテーションが物資の転送でない以上、魂という情報のみを送ったと考えるのが妥当であり、肉体はこの世界で形作られた。理解は出来るが感情が拒む。


「ホープ。次はお前の話を聞かせてくれないか? 前の世界でどの様に生きて来たのかを」

「俺の、はなし」


 それからホープは自分の人生を語った。

 父親がいない事。母親はストレスの限界に達して自分を虐待した事。心の傷で若い女性が苦手な事。施設で育った事。生きるのに必死で、社畜として会社に人生を捧げた事。独身童貞の寂しい老後だった事。せめてゲームの世界だけでも愛する人をみつけてラブラブな家庭を築きたかった事。


 全てを話し終えるとホープは泣いていた。ベラの太腿を涙で濡らし、顔をグリグリと擦り付ける。


「苦労したな。頑張ったな。偉いぞホープ」

「ぶえぇぇぇ〜〜〜! ベラさん〜!」

「しかし70歳の割には心が幼い。やはりホープはこの世界で生まれ育っと思う」

「でも〜! きおぐがありません〜!」

「その辺はまあ、別に気にしなくても良いのでは?」

「はぇ?」

「どうせ野良の子犬だろう。思い出しても嫌な気分になるだけかも知れんぞ。それならいっそこのまま、新しい人生を楽しめば良い」

「人生を、楽しむ?」

「そうだ。気楽に、難しいことは考えずにだ」

「でも、これが現実なら、俺は人を殺した事になる」


 盗賊団の首領とはいえ、1つの命である。奪っていい理由はない。


「人殺しは辛いだろう。気持ちは俺にも分かる」

「そうですよ、凄く辛いです。頭が痛い」

「だがな、ホープの活躍で助かった命もある。赤毛の雌犬などは、ホープがいなければ間違いなく死んでいた」

「それは、そうでしょうか?」

「そうだとも。奪った命より、助けた命を数えろ。

この世界は理想郷ではない、力がなければ踏み躙られる。それが嫌なら力を正しく使えばいいだけだ」

「力を、正しく」


 ベラの言葉は傷付いたホープの心の免罪符となる。


「ホープはこれから、どう生きたい?」

「生き方?」

「前世と違う生き方がしたいのだろう? なら、そうしろ」

「……違う生き方」

「気が付いているか?」

「へ? なにを?」

「一人称が自分から俺に変わっているぞ」

「俺が、あっ!」

「もう変わり始めている。自らを縛る鎖を絶って、好きに生きろ」

「好きに、自由に」

「さし当たって、お嫁さんが欲しんだな?」

「は? それは、はい」

「なら俺と結婚しよう」

「は? は? はぁ?」

「嫌か?」


 何やらベラの頬が桜色に染まっている。ホープを撫でる手も激しくなっている。深刻な話の最中だったはずなのに、怪しい方向に向かう。


「嫌と言うか、男同士じゃん?」

「愛があれば性別など関係ない。俺は子犬が可愛いと思う」

「子犬じゃねぇし。そもそもベラさんは見た目と話し方のギャップが激しいわ」

「話し方か。ならば改めよう。うぉほん!」


 咳払いを1つして姿勢を正す。


「僕と結婚しよう、お兄ちゃん!」

「ぶっ! 完璧じゃねぇか!」

「これで良いよね? 僕のこと嫌い?」


 話し方1つで変わる印象。完全体となった男の娘天使の告白である。拒否など出来るだろうか。


「あの、その、取り敢えず保留でお願いします。前向きに検討しますので」

「なんでよ! 意気地なし!」


 意気地と言うか、急過ぎる。

 ゲームだと思ったら異世界転生だった。まずはこの現実を消化しなければと思うホープであった。




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